第3話 魔力測定

 翌日、俺の追放の是非を賭けた試験が行われる。

 俺がエスターク家に留まるに相応しいか、それを確認する作業が行われるのだ。


 簡単に説明をすれば、俺に魔力があればエスターク家に留まり、扶養を続ける。魔力がなければ金を渡して厄介払いをする、ということである。


 この方法はエスターク家のものが連綿と繰り返してきた伝統なのだそうな。


 名門エスターク家であるが、稀に不出来な子供が生まれるらしく、そのたびにこのような催し物を開いて、追放の是非を決めていたのだという。


 この試験で追放されたものは過去、五人ほどいるそうだが、さて、俺は六番目になれるのだろうか、そんな感想を抱きながらエスターク城にある練兵場に向かう。


 そこには見知った顔が集っていた。


 長兄であるフロド。相変わらず冷たい目をしている。氷細工で作ったかのような顔だった。


 次兄であるマークスは相変わらずアホそうだ。特権意識丸出しで貴賓席に座っていた。


 義母であるミネルバは相変わらず虫でも見るかのような目で俺を見ていた。ちなみに父親は欠席だ。父親は国王に呼び出され、王都に滞在中だった。


 以上が麗しの家族であるが、その他、エスターク家の親族や重臣といったお歴々が集まっていた。伝統的な行事ゆえに出席の義務があるのと、好奇心もあるのだろう。


 能なしリヒトがどのように追放されるか、興味津々のようだ。


 彼らの期待に添うのは腹立たしいことではあるが、「追放」は俺の意に沿っていることでもあるので、手っ取り早く済ませることにする。


 練兵所の中央に向かうと、そこにいた魔術師になにをすればいいのか尋ねる。

 彼は練兵所の中央にある的を指さすと、そこに《火球》の魔法を放て、と命じる。


「火球の魔法か……」


 初歩中の初歩だ。エスターク家のものならば幼児でも使える。


 しかし、俺は能なしリヒト、炎を放つことはできない。そのことを説明すると、魔術師は困ったものだな、と的に近寄り、なんなら《着火》でもいいという。


 着火とは簡易魔法のことで、種火のような小さな火を放つ魔法だ。初歩中の初歩の魔法で、下手をすればそこらの農夫でも習得できる。焚き火をするときなどに便利な魔法だった。


 俺は的に触れられる位置まで近づくと、そこで《着火》魔法を放った。

 ひょろひょろとした火はなんとか的までたどり着く。


 無論、この程度の火力では的に引火しなかったが、それでも魔力の測定はできるようだ。


 古代魔法文明のアーティファクトに繋がっている的は、俺の魔力値を叩き出す。



「リヒト・エスターク 魔力値 11」



 その数字が公開された途端、失笑が漏れ出る。11という数字はそれほど低い。「うちの家の馬小屋の倅のほうがまし」というものもいるほどであった。

 まあ、仕方ない。

 俺は諦めるときびすを返そうとするが、それを止めるものがいる。


「おい、待て、なにもいわずに逃げ帰るのか? 負け犬の遠吠えはどうした? 観衆が期待しているぞ」


 その嫌みたらしい声には聞き覚えがある。次兄のマークスだった。


「……マークス兄上、お久しぶりでございます」


「おまえの兄になった覚えはないわ。マークス様と言え」


「……マークス様、なにか御用でしょうか?」


「いや、おまえは11などというとんでもない数字を出したのに、恥じ入るところがなさそうなので注意しようと思っただけだ」


「11は少ないのでしょうか?」


「少なすぎるわ。エスタークの面汚しだ」


「それは申し訳ありません」


 あまり申し訳なくなさそうに言ったためだろうか、マークスはイラッときたようだ。


俺が手本を見せてやる! とマークスは俺の横に立つと、呪文を詠唱し始めた。


「紅蓮に燃えさかる炎よ! 自然界の摂理をねじ曲げろ!」


 マークスの右手の先から大きな火球が現れると、それはまっすぐに的に向かった。

 燃え上がる的。

 次いで測定機器のカウンターが目まぐるしく動き回り、数値を叩き出す。


 マークスの魔力値は、

「332」

 だった。


 その数値に観衆は、

「おお! すごい! さすがはエスターク家のもの」

 と盛り上がる。


 たしかに332という数字はすごい。


 並の魔術師の魔力値は200あればいいほうだから、マークスは優秀な魔術師と言えるかもしれない。もっとも、そんなことはどうでもいいのだけど。


 俺の目的はさっさと追放をされることなのだ。次兄に媚びを売ったり、慈悲を願うことではない。それは他の家族にもいえる。このまま静かに退場させてほしかった。


 そのように思って嫌みたらしく自慢をしてくるマークスを無視する。彼は反応がないのがつまらないと思ったのだろう。俺を開放すると、


「ふん、つまらないやつ。どこだろうが、好きな場所へ行け、この落とし子め」


 と言い放った。


 そうさせて貰おうと、背中を見せ、歩き始めると、それを止める人物が現れる。


「お待ちください!」


 華麗にして流麗な声。その勇ましい声は練兵場に響き渡る。


 我が妹の声は特筆に値するな。戦場でよく響き渡りそうだ。女に生まれたのが惜しい、と思いながら妹エレンのほうを見ると、彼女は古めかしい本を掲げていた。

 彼女はそれを開くと言った。


「会場の皆様、我が兄リヒトの追放、しばしお待ちください」


「なんだ、エレン、またこの能なしの肩を持つのか」


 マークスは呆れながら言った。


「マークス兄上様、たしかにリヒト兄上様の魔力値は低いですが、その代わり、リヒト兄上様は古今無双の剣士でございます。剣士としての技量も考慮しなければ、不平等でしょう」


「なんだと? こいつが古今無双の剣士だと?」


 有り得ない、そんな表情で俺を見つめる。


「はい、マークス兄上様。リヒト兄上様の剣術はまさに神域。魔術など使わなくても立派な剣士としてエスターク家の力となってくれるでしょう。――その武力はマークス兄上様の比ではありませんわ」


 エレンはわざとらしく後半を付け足す。


 そのようにいえば気位が高いマークスが激高すると計算したのだ。案の定、彼は顔を真っ赤にしながら言い放つ。


「エレン! 貴様、この俺を愚弄するか!」


「愚弄などとはとんでもない。ただ、事実を言ったまで」


「まだいうか。このお転婆め! 父上が帰ってきたら言いつけるぞ」


「まあ、それは怖い。しかし、父上が帰ってきたとき、リヒト兄上様が正式な試験を経ずに追放されたと知ったらどう思うでしょうか?」


「正式な試験だと?」


 掛かった! そう思ったエレンは持っていた古書を開く。


「エスターク家家訓集、第二二条 修正三項 聖歴六八一年著述。エスターク家の追放裁判は魔力の測定を以って行うが、追放者が望んだ場合は〝決闘〟を選択することができる。その際、見届け人は決闘者を選出する権利を有す」


 マークスは妹から古文書を取り上げると、「くそっ」と、つぶやき、本を地面に叩き付ける。ミネルバは「本当ですか、マークス」と尋ねるが、マークスは「本当です。母上」と返す。ミネルバは眉をしかめたが、マークスは母親を安心させるためにこう宣言する。


「まあ、いいではないですか、我々は伝統を重んじる王国貴族だ。先祖の教えには従う。要はこの小生意気な落とし子を決闘で倒せば、追放が正当になるのだろう?」


 俺のほうを睨み付けるマークス。


 俺としては決闘などせず追放されたいのだが、と反論しようとしたが、それはエレンが止める。俺のとこに寄り添うと、代わりに宣言する。


「リヒト兄上様はこうおっしゃっています。俺が怖くなければ決闘を受けよ! もしも受けたらその勇気に免じて命だけは助けてやる」


「な、なんだと貴様ー!」


 煽り耐性ゼロ、猪以下の知能しかない次兄マークスは激高する。

 俺はエレンに苦情を言おうとするが、彼女は悲しげな表情でぼそっと漏らす。


「……リヒト兄上様と離ればなれになったら、寂しくて死んでしまいますわ」


 そのような表情でそのような台詞を漏らされたら、兄としては反論できない。それに俺はともかく、会場の雰囲気は決闘一色に染まっていた。もはや決闘をしなければ収まりがつきそうにない。


「……はあ、仕方ない」


 渋々決闘を申し込むと、マークスはいきり立ちながらそれを受ける。

 こうして俺と次兄マークスとの決闘が成立する。

 午後、昼食のあとにこの場所で行われることになった。

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