第2話 神剣の目覚め

 妹のエレンに武器庫に連れて行かれると、彼女は開口一番に、

「お母様なんてだいっきらい!」

 と言い切った。


「自分の母親を悪く言うものじゃない」


 一般論で諭すが、彼女の心には響かないようで。


「リヒト兄上様、なにを言っているのです。お母様はリヒト兄上様を追放しようとしているのですよ?」


「追放とは人聞き悪い。ただの独り立ちだよ。いつかは家を出ないといけないんだ」


 まあ、俺としては早く家を出て独り立ちをしたほうが精神的に楽だった。


「なにを言っているのです。リヒト兄上様はこのエスターク家を継ぐ存在なのですよ」


「そんな話、初めて聞いた」


「私は何度も言ってきました」


「そのたびに聞き流してきたよ」


「もう……」


 エレンは吐息を漏らすと、武器庫の壁に掛けられた一際立派な剣に近寄る。

 武器庫にはいくつかの武器が転がっていたが、その剣は異彩を放っていた。


 常人が見てもなにかある。特別な力が宿っていると分かるほどのオーラを放っているのだ。


 この剣は神剣「ティルフィング」と呼ばれるものだった。


 神話の時代より伝わる魔法の剣で、「錆びも刃こぼれもせず」「石や鉄を布のように裂き」「狙った得物は逃さない」などの力を持っている。


 一言でいうととてもすごい魔法の剣なのだが、この剣は選ばれしものしか装備することはできなかった。


 エレンは剣に近づくと、鞘に手を触れ、剣を持ち上げる。細身の彼女であるが、剣を持つ様が堂に入っているのは、幼き頃から剣の鍛錬を受けてきたからだろう。エスターク家は魔術師の家柄であるが、剣術にも力を入れており、魔法剣士を輩出することを誇りにしているのだ。


 神剣ティルフィングを持ったエレンは、鞘から剣を抜こうとするが、「バチっ!」と電気のようなものが走る。その衝撃でエレンは神剣を床に落としてしまう。


「やれやれ」


 と吐息を漏らす俺、神剣を拾おうと手を伸ばす。

 その動作は途中で止まる――、エレンがこんな提案をしてきたからだ。


「お待ちください。元に戻す前に、リヒト兄上様も剣を抜いてみてください」


「それは断る」


「なぜですか?」


「バチッとするのは嫌だ」


「ですがリヒト兄上様ならば抜けるかもしれません」


「それは無理だ。この剣は選ばれしものしか抜けない。エスタークの血を引くもの、それでいて尋常ならざる魔力を持つものしか抜けないんだ」


「リヒト兄上様が選ばれしもののはず」


「俺が? まさか」


 乾いた笑いを漏らす。


「おまえも知っているだろう。俺は落とし子、しかも魔力なしの無能だ」


「嘘です。リヒト兄上様は昔、自由自在に魔法を使っていたではないですか。折り紙の鶴に命を吹き込んで飛ばしたり、怪我をした私を治療してくださいました」


「……それはエレンの記憶違いだ。きっと夢を見ていたんだろう。俺は魔力のない無能だよ」


「嘘です!」


「嘘じゃない。というか、いい加減にしてくれないか」


「え……、いい加減ってどういうことですか」


「今日のこと全部だよ。エレンは善意のつもりなのだろうが、正直迷惑だ。ミネルバ様が俺を無能とそしるたびに庇われても空しいだけだ。俺は無能なのだから。追放の件も同じだ。俺はこの家に留まりたくないんだ。つまり渡りに舟なんだよ、今回のことは」


「……で、でも、追放されたらもう会うことはできません」


「永遠の別れじゃないさ。それにいつかはエレンも嫁に行く。別れが少し早まっただけさ」


 嫁に行く、その言葉を聞いた瞬間、エレンの目に涙が溜まる。顔を歪める。


 そのまま泣き崩れそうになるが、彼女は名門エスターク家の娘、人前で泣き崩れるなど、プライドが許さなかったのだろう。そのまま両手で顔を隠すと、武器庫から走り去っていった。


「リヒト兄上様の意地悪……」


 最後に小さな声でそう漏らしたのが印象的だった。

 彼女の後ろ姿を見送ると、俺は床に落ちた神剣を拾う。


 この剣はエスターク家のものでなければ触れることさえできない魔力が込められている。これに触れることができるだけでもエスターク家の血脈である証拠なのだろうけど、そのことに誇りはおろか、なんら感慨も湧かない。


 俺は軽くと息を漏らすと、床に落ちた剣を元の場所に戻す。


 ――途中、その動作が止まる。


 エスターク家の血脈になんら興味のない俺だったが、神剣自体には興味があったからだ。


 〝幼き頃〟神剣を抜いたときに見た光景が蘇る。あの白刃の美しさは名状しがたい。


 この世界のどんな宝石よりも美しかった。


 〝魔が差してしまった〟俺は神剣の鞘を左手に、柄を右手に持つと、そのまま剣を抜いた。


 するり、なんの抵抗もなく抜かれる神剣。


 この神剣は〝尋常ならざる魔力〟を持つものしか抜けないもの。エスタークの血筋で抜けるものは誰もいなかった。


 エスタークの麒麟児と呼ばれた父親も、優秀だとされているふたりの兄も抜くことはできないのだ。


 俺はそんな剣をいとも簡単に抜く。

 神剣の白刃はそんな俺の顔を映し出す。

 その表情は無表情で無味乾燥だった。


「――まあ、可愛げはないよな。一族中から疎外されるわけだ」


 そんな感想を漏らすと、剣を鞘に収め、元の位置に置いた。



 リヒトが自室に戻ると剣が輝き出す。

 数百年に渡る眠りから目覚めようとする神剣。

 〝彼女は〟まどろみの中で予言めいたことを口にする。



『忌み嫌われし、落とし子の少年、神剣の継承者にして、千の聖剣と魔剣を使いこなす勇者。やがて彼はこの世界に調和をもたらす――』



 寝言のように神剣はつぶやくと、再び眠りに付く。

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