第39話 転送屋


 非常事態だって?


「なんだよそれ……。穏やかじゃないな。でもさ、カミラがそんな危なそうな場所にわざわざ行くか?」

「カミラ王女は竜骨迷宮の現状を知らない可能性が高い。非常事態の知らせが入ったのはここ数日のことだからな。ならばなにも知らない王女が向かっていてもおかしくはないだろう?」

「ふうん。ま、よくわかんないけど俺は止めないから、頑張って探してきてくれたまえ、お二人さん!」


 俺は王の密命を受けたご苦労な二人へ心からの笑顔を送った。


「なあラグノ。俺たちと一緒に竜骨迷宮へ行ってみないか?」

「えっ!? 俺ぇ? なんで俺まで?」

「うん? 何か予定でもあったか?」

「めちゃくちゃヒマだよ! 暇すぎてそろそろ旅立とうかなーなんて思ってたところだよ!」

「竜骨迷宮は現在、非常事態に陥っている。やばいことに巻き込まれる可能性もあるんだ。もしかしたら俺やグレンだけじゃ手に負えない可能性だってある。戦力は多いほうがいいだろ? なんたってラグノの強さは相当なものだしさ」


 そう言われたら悪い気はしないが。

 まあ二人より三人のほうが安全なのも事実だろう。

 それにしても、そんな危険な王の頼みを、この二人はよく引き受ける気になったな。

 ルィンの場合は、どうせ王様直々の頼みを断れなかったってオチだろうけど。

 そんでもってルィンの横でさっきから黙ってるグレンは、ルィンがオッケーを出したもんだから、しぶしぶ承諾したって感じか。にしてもぜんぜん喋んねえなグレンの奴。こいつ機嫌悪いとちょっと無口になるところあるんだよな。


 俺はちらりとアリアの顔を見る。

 なにを思っているかはわからないが、アリアは真剣なまなざしで俺を見つめている。……おそらくカミラの身を案じているんだろう。騎士にとって主君がいないってのもなかなかつらいもんだろうな。……しゃあない。


「わかった。いいぜ。俺もその迷宮とやらについていくよ。なんたって暇してたしな」


 アリアに免じて俺はルィンの誘いを承諾した。

 ……それにカミラのことも気になるからな。あいつのことだから案外、国の外でも暴れてたりして。


「恩に着るぞラグノ! じゃあさっそく三人で竜骨迷宮へ向かおう。グレンもそれでいいよな?」

「ああ」


 短く答えたグレンがおもむろにアリアを見て、


「ここは任せるぜ。やかましいガキ共が来るだろうが、悪いが面倒見てやってくれ」


 そうか。グレンは不機嫌なんじゃなくて子供たちのことが心配だったのかも。ここ数日一緒に暮らしててわかったけど、こう見えてグレンは案外面倒見のいいところもあるしな。かなり意外な一面だけど。


「お任せください。私が責任をもってお世話させていただきます。……皆さん、どうか姫様をお願いします」


 姿勢を正したアリアが、神妙な顔つきで深々と頭を下げる。

 顔にこそ出さないが、きっと内心ではカミラのことが心配でたまらないだろう。アリアはカミラとは幼いころからの付き合いだしな。アリアのためにも早いとこあのおてんばを連れ戻してやらないと。


「任せとけって! ちゃちゃっと行って、ささっと帰ってくるからさ!」


 俺はニカっと笑いながらアリアへ向けて親指を立てた。

 ……あれ。ちょっと待てよ……。

 アリアに景気よく言ったはいいものの、俺はふと重大なことに気づいてしまった。


「おいおいちょっと待てよ! その竜骨迷宮ってのは馬車で十日もかかるんだろ? じゃあいまさら出発しても間に合わないじゃん!」


 そうだよ。ルィンの話だとカミラはすでにその迷宮に到着していてもおかしくないみたいだし。今から追いかけたところで、とても追いつけるわけがない。徒労に終わるのが目に見えてる。


「ふっ……」


 突然キザな笑いを漏らしたルィンが、なぜか自信ありげに赤い前髪をかき上げる。


「なんだよ。その様子だとなにかありそうだな」

「ほう。察しがいいな? ラグノ、よく考えてみろ。ここはどこだ?」

「ここ? そりゃあ教会の前だけど……」

「そういうことじゃない。いいかラグノ。ここは魔法の国だ。魔法使いたちの住まう国! とういことはつまり?」


 つまり? いや、わかんねえよ! ヒント少なすぎんだろ。


「その態度からすると、なにか追いつく方法があるんだろ? もったいぶらずに教えろよ」

「ふふふ……。そう。今からでもカミラ王女に追いつく方法がこの国にはある! たった一つだけ存在する奇跡のような方法だ。……知りたいか?」


 やたら力の入ったルィンが、やや上空を見ながら視線だけを俺へ向ける。なにを無駄にかっこつけてるんだ、こいつは……。

 ルィンがやたらと結論をもったいぶっていると、隣に立つグレンが一つため息をつき。


「転送屋だよ」

「ああーーーー! 言うなよグレン! ラグノを驚かせようと思ったのにぃ!」

「うるせえな。んなことしてたら日が暮れちまう」

「ほんとお前はせっかちなんだからさー。もうちょっとサービス精神というものをだな……」


 横でぶつぶつと文句を垂れているルィンを無視して、グレンは続ける。


「そんな悠長なことしてたら姫に追いつけなくなるぞ」

「む……。まあそれもそうか……」

「ラグノ。この町には転送屋っていう便利な店があるんだ。そこに行きゃあ竜骨迷宮までひとっ飛びだぜ。わざわざ十日も馬車に揺られる必要もねえ。転送屋は町の北だ。行こうぜ」

「ああっ! ば、場所までっ! せめて場所くらいは俺が説明したかったのにぃ!」

「だー、もう! トロくせえんだよお前は! そんなんじゃ追いつくもんも追いつかねえぞ! いいからさっさと行くぞ。じゃあ後のことは任せたぜ」


 グレンがアリアへ、ニっと笑いかける。


「じゃあアリアさん行ってくる! 子供たちのことお願いします!」

「ま、大船に乗った気で気楽に待っててくれよ」

「ふふ。では期待して待っています。こちらのことはお任せください。皆さん、どうかご無理をなさらないでくださいね」


 教会前で微笑を浮かべるアリアと別れた俺たちは、町の北にある転送屋とやらを目指した。



「着いたぜ。ここが転送屋だ」


 建物の前で足を止めたグレンが言った。

 そこには周りの建物よりも数倍は大きい、存在感のある建物がそびえ建っていた。というか無駄にでかい。建物はでかいけど扉のサイズは割と普通だ。サイズ感のアンバランスな扉をグレンが開けると。


「朝でーす! おはようございますぅ~。転送屋へようこそ! 私は転送のお姉さんことシレジーでーす!」


 扉を開けた瞬間、無駄に元気なお姉さんに無駄にでかい声をぶつけられた。

 シレジーと名乗った女性は、ピンク色の派手な長髪に、クリっとしたエメラルド色の瞳をして、入り口のすぐ横に立っている。目鼻立ちは美しく、黙っていれば普通にきれいなお姉さんだ。黙ってさえいれば。


「本日はどのようなご用件でしょうー? って、ここに来たからには転送ですよね~! わかりますぅ」

「竜骨迷宮へ行きたいんだ」


 グレンの言葉を聞いたシレジーは、驚いたように目を見開き、両手でバッと口を隠すと、


「はええっ!? りゅ、竜骨迷宮ですかぁ!? それってギルドの存在するあの場所ですよね?」

「ああそうだ。なにか問題があったか?」

「それはもう大ありです~! 大ありですとも! 現在竜骨迷宮は非常事態なんですよ。あの周囲はパニック状態! 治安に深刻な問題ありですよ、ええ! 行ったら殺されるかもしれませんよ? なのであの地域への転送はおすすめできませんねぇ、けっして! 悪いことは言いません。やめておいたほうが身のためですよ、ええ!」


 竜骨迷宮へ行くと言った途端、ものすごい剣幕で反対してくるシレジー。無駄に声がでかい。

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