第38話 竜骨迷宮


 晩餐会から、早数日。

 再興を目指して活気にあふれるイシュメリアの城下町は平和そのものだった。

 早朝だというのに、トンカチを叩きつける音があちこちで響いている。ゴブリンに破壊された町は再建までにはしばらくかかりそうだ。


 あの晩消えたカミラが戻ってくる気配は、今のところ全くない。

 一緒に旅をした仲だ。心配ないと言えば嘘になる。

 今頃どこで何をしているのやら。

 残念ながら俺にそれを知るすべはなかった。

 ま、あいつのことだからどこへ行ったってそうそう簡単にくたばるようなことはないはずだ。


 そういえばカミラが消えたことは国民には伏せられるらしい。

 ゴブリン襲撃の傷跡も癒えぬ今、国民感情を考慮して公表は控えたほうが良いと判断したようだ。

 後から聞いたが、ああ見えても国民人気の高いプリンセスなんだとか。ずいぶん意外だ。


 そして俺はというと相も変わらずイシュメリアの城下町でフラフラとしていた。

 やることもないので教会の入り口に座りながらボーッと道行く人々を眺めて過ごす、というなんとも贅沢な人生の浪費に耽っていた。

 この教会は町の中心にあることもあって、朝だというのに人通りはそこそこある。そうは言っても精霊祭の時とは比べ物にならないくらいに少ないけど。ま、あの時はちょっと異常だったからな。


 朝と言うこともあって、ひんやりとした空気がすがすがしい。

 しかしそんなすがすがしい空気とは裏腹に俺の気分はあまり良くなかった。

 なぜか?

 それはあの二人のせいだ。そう。あの仲良し魔法使いコンビ、ルィンとグレンだ。

 この町に逗留しているうちにすっかり打ち解けた俺たちは、割と何でも話せるような関係にまでなっていた。少なくとも俺はそう思っていた。ゴブリンの集団、ホブゴブリン、ガーゴイル。数々の魔物たちによる襲撃。その死線を共に潜り抜けたことで、俺たちの絆は海よりも深く強固なものになったに違いない。そう俺は思っていた。でも違った。それは俺の思い込みだったのだ……。


 現在、教会内には二人の姿は見当たらない。

 よくわからないが早朝から二人してそそくさとどこかへ出かけて行ったようだ。

 思い起こせば、やけに朝早くからガタガタと物音を立ててうるさかったんだよな。眠かった俺は無視してずっと布団にくるまってた。そしたら二人は俺のことを置いてなにも告げずに出ていきやがった。もしもこれで二人だけで愉しく遊んできたとか無神経なこと言ったら、絶対文句言ってやる。俺の繊細な心を傷つけた罪は重い。

 それにしても何も言わずに出ていくとは薄情なやつらめ。魔法使いと言うのはなんと冷血な生き物なんだろうか。


「ふあ……」


 はー暇だ。暇すぎてあくびが出る。まだ朝方だというのに。

 王家の塔へ行ったり、いきなりガーゴイルに襲われたり、パーティーに出て踊ったり、カミラと戦ったり……。やたらと忙しかったと思ったら、今度は一転して何にもやることがない。正直言って退屈だ。これはそろそろ旅立てという天からの導きなんだろうか。それとも忙しすぎてちょっと燃え尽き気味なだけなんだろうか。そういやここ数日やたらと戦ってばかりいたし体が疲れてるのかもしれない。しかも相手はどいつもこいつも、やばいやつばかりだったし。

 そんなことを考えていると、ふいに目の前が薄暗くなった。


「うん?」


 不思議に思いながら見上げると、そこに並ぶ三つの影。


「ようラグノ。起きたのか」


 毛並みのいい赤髪をそよ風に揺らしながら、朝に似つかわしいさわやかな笑顔のルィンと目が合った。


「ルィン! どこ行ってたんだよ! ずっと一人で退屈だったんだぞ!」

「ちょっと王宮までな」

「だったらついでに肩揉めよ!」

「小間使い!? 俺は小間使いなの!?」


 俺の理不尽な要求に顔を歪めるルィンの隣には、グレンとアリアの姿が。


「お、アリアまでいるのか。ひさびさー。元気だったか?」

「ふふ。数日前にあったばかりですよ」


 微笑を携えたアリアは、おかしそうに答えた。


「へへ。そうだったな」


 カミラがいなくなったことで、もしかしたら落ち込んでるかもと心配していたが案外平気そうで拍子抜けする。にしてもルィンとグレンはともかく、なんでアリアまでいるんだ? なにかあったんだろうか。

 ……そういやアリアはカミラ専属の騎士だったっけ。カミラはすでにこの国にいない。あれ? てことは今のアリアは守るべき主がいないのか。もしかして騎士の職を首になった……とかじゃないよな。……確認してみるか?


「えーと……。……めずらしいな、アリアがこんなところへ来るなんて」


 聞くかどうか迷った末、遠巻きに攻めてみる作戦を取ることにした。

 さすがにストレートに「仕事クビになったぁ?」なんて聞くほど、俺はデリカシーに欠ける人間でもない。


「そういえば初めて会ったのもこの場所でしたね。私が今日ここへ来たのは……。少し事情がありまして……」


 伏し目がちなアリアは、少し言いにくそうにしながら口を濁した。

 お、やっぱりそうなのか……?

 仕事がなくなったから、「あたしぃ今日からこの教会で働きまーす! よろしくね☆」とか言い出すのかな……。いや言わないか。そんなふうには。でもなんとなく、この教会で働かせてくれっていう雰囲気を醸し出してるような気がするぞ。

 ……そうか。だからルィンとグレンは朝早くから城に呼ばれたのか。

 そんで王様から「アリアの面倒はそなたたちに任せるう♪」とでも言われたんだろう。いや、言わないか。そんなふうには。

 でもたぶんそんなところだろう。てことは今日からアリアは同じ教会に居候する仲間ってことだ。


「わかってるって! 皆まで言う必要ないぜ。今後ともよろしくな♪」


 俺は語尾に音符マークをつけて、少し柔らかい感じのニュアンスで伝えた。このほうがアリアも緊張しなくて済むだろう。さりげない配慮。できる男ラグノ。


「はい?」


 俺の言葉にきょとんとした顔を浮かべるアリア。

 予想外の反応。どうやら俺の予想は違ったようだ。語尾に音符マークまでつけたってのに……。


「え? 今日から教会に居候するんじゃないの?」

「いえ、そういった予定はありませんが……」

「ラグノ。アリアさんにはしばらくの間、教会で子供たちの面倒を見てもらうことになった」

「うん? どういうことだよ」


 ルィンがよくわからないことを言う。


「今後は俺たち四人体制で教会を運営していくってことか?」

「いや、そういうことじゃないんだ。単刀直入に言う。俺とグレンはこれから竜骨迷宮へ行く」

「竜骨迷宮……?」


 聞いたことない名前だな。名前からして竜の骨でも埋まってる場所なんだろうか。

 俺がよくわからなそうにしているとルィンが説明を続ける。


「竜骨迷宮はここイシュメリアから南へ馬車で十日ほどの距離にあるんだ」

「へえ、結構遠いんだな。なんでまた急にそんなところへ?」

「それは……」


 俺が尋ねると、一瞬言いよどむルィン。

 その様子から、なんとなく言いにくいことなんだろうということは伝わった。


「話してもいいがこれは口外しないでほしい。王の密命なんだ」


 密命……。なにかを頼まれたってことか。


「話がよくわからない。なんでお前たちが王に頼まれごとなんてするんだ?」

「カミラ王女だ。晩さん会のあった日、彼女は城から飛び去っただろう?」

「そうだな」

「その方角は南。俺たちは秘密裏にカミラ王女を連れ戻すよう、王に命じられたんだ。カミラ王女は召喚獣に乗って飛び去った。それもかなりのスピードで。あの速さならそろそろ竜骨迷宮にたどり着いていてもおかしくない頃合いだ」

「ふーむ……。でもカミラがあのまま一直線に南へ飛び続けたとも限らないだろ? もし途中でどこか別の方角へ舵を切っていたら無駄足になるんじゃないか?」

「たしかにそうかもしれない。しかしそれ以外に手掛かりがないのも事実。それに竜骨迷宮は現在、非常事態に陥っているらしい」

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