第32話 王宮の戦い
カミラの背中を追いかけていると、よく見知った場所にたどり着いた。
ここは祝賀会の会場じゃないか。なんでまたこんなところへ。
フロア内は今はすっかり片づけられている。フロアの横にいくつかのテーブルが寄せられているものの、ほとんどの物はどこか別の場所へ片づけられたようだ。そのため、夕飯時よりもうんと広く感じる。
フロアの中ほどでカミラが足を止め、おもむろにこちらに振り返った。俺とアリアはその少し手前で止まり、並んで立つ。
「アリア、下がっていてくれ。ここは俺一人でやる」
「――な! しかしラグノ殿!」
俺の言葉が意外だったのかアリアが微かに動揺する。
アリアは強い。並の相手になら負けはしないだろう。
しかし今回は相手が悪すぎる。
目の前に立つ純白のドレスに身を包むこの少女は、こんな華奢な外見にもかかわらずあのガーゴイルをたった一撃で倒すほどの力を持っている。そんなとてつもない攻撃を食らったらいくらアリアでもひとたまりもないだろう。
無駄な犠牲を出さないためにもここは俺一人でやるしかない。
まあ、俺にも勝てるかわからないけど。
「大丈夫だ。俺に任せてくれ」
もう一度言う。今度は少し強めに。
アリアは心配そうな顔をしながらも、俺の意思が強いとみたのか引き下がってくれた。
「あ、そうだ。戦う前に聞いときたいことがあったんだ」
「あら、なあに? 私にわかることなら冥土の土産に教えてあげる」
なんてことを言いのけるカミラ。ずいぶんと余裕じゃないか。
「あの時なんで嘘ついだんだよ」
「嘘? なんのこと?」
「王家の塔だよ。俺がガーゴイルを倒したって言ったろ? 俺は何もしてないのにさ」
「ああ。あれね」
カミラが一呼吸置くように髪をかき上げる。
「力を知られると動きにくくなるからね。無力な小娘を演じたほうが、都合のいいことも多いのよ」
「それだけのことなのか?」
「あら? 大事なことよ。力があるとわかれば相手に警戒されるじゃない。そうなると情報も掴みにくくなる。油断してる相手ほどベラベラ喋るから」
カミラは裏でいろいろと嗅ぎまわってたみたいだからな。そうなると重要になってくるのは正に情報。であれば情報がつかめなくなるのは致命的か。だからこそ力を隠した。たしかに一理あるな。
「わかった。聞きたいのはそれだけだ。じゃあ、はじめようか。いつでもいいぜ」
俺がそう投げかけた途端、カミラが不思議そうに首を傾げる。
「あら、構えなくていいの? こう見えて私、結構強いんだけど」
「構えとかは特にないんだ」
というか構えたくてもどうやればいいかわからない。素人だからな。
そんな俺を見て、目の前の少女は微かに警戒の色を強める。
「それだけの強さがあれば並のモンスターには負けないでしょうね。わかるよ」
カミラは身体の前でゆったりと両腕を構える。
まるで達人を思わせる力みのないごく自然な構え。一目で戦闘スキルに天と地ほどの差があることを察してしまう。王家の塔で見たカミラの格闘センスは、俺とは別次元だ。まともにやりあったところで勝ち目はない。
戦ってもいないのに気おくれして足がすくみそうになる。雰囲気に飲まれちゃダメだ。せめて気持ちだけは強く持たないと。
「来いよ」
「じゃあ遠慮なく」
どこを見ているかわからない瞳でカミラが足を踏み込む。
その瞬間、少なくとも七~八歩分はあった俺たちの間合いが一気に殺され、姫は俺の目の前にいた。
――速い!
油断していたわけじゃない。こいつが強いことは知ってる。心構えはできていたはずだ。なのに何もできないまま、あっさりと接近を許してしまった。この距離は完全に奴の間合い。なんてことだ。想像の遥か上を行くカミラの身のこなしに、俺は度肝を抜かれた。
すかさず、か細い右腕が俺の頬へ向かって伸びた。
俺の左頬へまっすぐに迫る拳。拳は俺の顔にぶつかる寸前、突然ぴたりと止まる。
かと思うと次の瞬間には、その拳は引かれていく。
なんだ?
カミラは、右腕を後方へ引く反動を利用して、今度は反対の腕を低く放つ。
ボディブローだ。
とてつもない速さの拳が俺のみぞおちへ迫ってくる。
頭をフル回転させて、飛び退いてかわすかガードで受け止めるかを考えていると、その攻撃も俺にぶつかる直前でピタリと止まった。カミラの拳が俺に触れることはなかった。
なぜ攻撃してこない。
と、カミラは後方へ軽やかにステップを踏み、なぜか俺から距離を取った。
ふわり。ドレスが前方へなびく。
まるで体重を感じさせない、流れるような動きの連続。
その所作は美しくさえあった。
「すごいね。攻撃に反応して視線が動いてた。並の人間には見ることすらできないはずなのに」
だらりと全身を弛緩させながら、ひどく感心するカミラ。
あのスピードで動きながらそんなことまで見てたのかよ。なんて器用な。
だが今の動きを見て確信した。やはりこいつと俺じゃ格闘センスが違いすぎる。
「ま、いいか。次は当てるよ。私のパンチを受ける自信はある? それとも怖い?」
「打ってみろよ」
こんなセリフはただの強がりだ。打たれたところで俺には対処のしようがない。だが内心ビビってるのを見透かされるよりはマシ。
にやりと笑みを浮かべたカミラが嬉々として構える。
間違いない。今度は本気で打ってくる。
ともに視線が合ったまま、静止する。
カミラにはまるで隙がない。踏み込もうにも踏み込めない。
反対に俺が一瞬でも気を抜けば簡単に攻め入ってきそうな、そんな迫力を感じる。
こうやって対峙しているだけで、なにをされたわけでもないってのに無駄に気力を削られていく。カミラはまだ動かない。にらみ合うこの時間が永遠のように長い。気力がそがれていく。むしろそれが狙いなのかも。そう思わせるほどにカミラはなかなか攻撃してこない。
しびれを切らせた俺は、一歩踏み込んだ。その瞬間、カミラの姿が俺の視界から消えた。
ど、どこだ――!
視線を四方へ動かす。微かな違和感。右。視界の端に影。カミラはすでに俺の真横まで迫っていた。
接近から逃げるように、俺は身を引く。
しかし向こうの攻撃のほうが俺の体捌きよりも早い。
力の込められた拳が俺の顔面目掛けて接近してくる。近くで見ると小石のように小さな拳。そして枝のように細い腕。
華奢な体だ。あんな威力で殴ったら逆にポッキリいっちゃうんじゃないか?
そんなしなくてもいい心配をしていると、カミラの拳は俺の顔面をきれいに捉えた。ぶつかった拳が頬へめり込むのがわかった。タイミングをほぼ同じくして、上半身を中心に全身へ衝撃が駆け抜けていく。想像をはるかに超える威力。あの小柄な体のどこにこんな力があるというのか。
気付いたら俺は衝撃で一歩後ずさっていた。
「「なにっ!?」」
俺とカミラが同時に驚く。
すぐにカミラが離脱して俺から離れた。
嘘だろ!? なんだ今の攻撃。オーガの攻撃ですら一歩も動かされなかったってのに。……あのパンチ、オーガの数倍は強い。体感的には三倍くらいはある。3オーガのパンチ力。どうなってる。何で人間のカミラにここまでの力が……。
というよりなんでカミラまで驚いてんだ?
正面の少し離れた位置に立つカミラは、解せないといった面持ちで沈黙する。いかにも何か言いたそうな顔なのに一向に話し出そうとしない。
黙ったままのカミラの視線に耐え兼ね、俺は口を開いた。
「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「その感じだと大して効いてないみたいだね。声の変調もなく、視線もしっかり定まってる。動きに不自然なところもない。つまりダメージはほぼない」
「……驚いてんだよ。お前のパンチ、オーガより強いぞ」
「モロに入ったはずだけど。あなた受け身すら取れてなかったでしょう。その割にはずいぶん元気そうね」
「俺は人より丈夫なんだ」
「丈夫ってレベルをだいぶ超えちゃってると思うけど」
警戒した様子のカミラは訝し気なまなざしを俺へ向けながら、
「来なくていいの? 攻撃しなきゃいつまで経っても勝てないよ」
「まあ焦るなって。今行こうと思ってたところだ」
なんて強がってみたものの、やはりこいつにはまるで隙が無い。
俺の放つ素人同然の攻撃じゃまともに当たらないのが目に見えてる。
どんなに力があっても当たらなきゃダメージゼロだ。
ま、そんなこと考えても仕方ないか。とにかく攻めながら突破口を見つけるしかない。
そのためには、まずは間合いを詰めないと。
そうと決めた俺は両足に力を込め、カミラへ向かってまっすぐに駆ける。すると予想外にもあっさりとカミラを間合いにとらえることができた。この距離なら俺の攻撃が届く。
カミラは俺が目前に迫ったというのに、正面に構えたまま、なにかを仕掛けるような素振りは一切見せない。それどころかガードすらしようとしない。舐めてるのか? 上等だ。
微動だにしないカミラへ、俺は渾身の右ストレートを放った。
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