第31話 闇の中へ


 背後の暗闇へ大臣が呼びかける。

 しかし反応は無い。


「なにをしておるガーゴイル! 早く出てきてこの小娘を始末するのだ」


 急かすように再度呼びかける大臣。やはり反応は無い。


「ど、どうした!? なぜ出てこぬのだ!」

「ガーゴイルはもういないよ。さよならしたからね」

「なんだと! 貴様なにを――」


 そこまで言って大臣の言葉が急に止まる。

 そして目を見開くと突然怯え出した。


「な、な、なんで……。ば、馬鹿な……。こんなことが……」


 震える声を漏らしながら後ずさるようにカミラから離れる大臣。数歩後退したところで腰を抜かして尻もちをつく。その顔は恐怖一色に染まっていた。

 対するカミラは一歩も動かず無表情に大臣の様子を見下ろしていた。


「ひ、ひいいいいいい! た、頼むっ! 助けてくれ……命だけは……」


 な、なにをしてるんだ?

 くそ、こっからじゃ陰になってよく見えない。

 草木の陰からは部分的にしかカミラたちの様子がうかがえず、全体像を知ることができない。しかしさっきまで勢いづいていた大臣が明らかに取り乱し、なにかとてつもないことが起こっているのは伝わってきた。


「助けてくれですって? あなたは自らの欲のためにいったい何人の命を犠牲にしたと思ってるの? わけもわからぬまま命を落とした者たちの気持ちを考えたことがある? 自分の時だけは都合よく命乞いするんだね。そんなに長生きしたいのなら分不相応な欲などかかずに、つつましく生きてればよかったのに。そんなことだから早死にしてしまうのですよ」

「や、やめ――」


 その一言を残して大臣の姿がこつ然と消えた。一瞬の出来事だった。

 途端に辺りが静寂で包まれる。

 な、なにが起こったんだ?

 大臣の体が巨大な何かにつかまれたようにも見えたが……。

 見通しが悪くてはっきりとは見えなかった。

 や、やっべぇ。なんか見ちゃいけないもの見ちゃった気がする。

 王宮怖ぇ。


「裏でこそこそとしてるからそうなるのよ」


 カミラは誰もいなくなった中庭でひとり呟いた。そして。


「ねえ、ラグノもそう思うでしょ?」


 げえっ、バレてる!? な、なんでわかったんだ?

 突然話しかけられ、心臓が高鳴る。

 いや、でもよく考えれば別に悪いことはしてないよな? ただ覗いてただけだし。それもたまたま通りかかっただけだし。それとも内容が内容だけにマズイか……?

 ……ま、どちらにせよバレてるなら仕方ないか。

 意を決して草木の陰からカミラの前に出る。


「よお。こんな時間に奇遇だな」


 とりあえず気さくに話しかけて様子をうかがってみる。

 目の前にはいつも通りのカミラがいる。

 別に怒ってるってわけではない……と思う。


「夜のお散歩でもしてたの?」

「まあそんなところだ」

「あなたにそんな趣味があったなんて意外ね」

「案外いいもんだぜ。この時間なら人もいなくて静かだしな。特にこんなにきれいな月の夜は。で、なんで俺がいるってわかったんだよ」


 俺は一言も発しなかったはずなのに。よく気づけたな。


「あなたって気配の消し方すら知らないからね。バレバレだったよ。それだけ強いくせになんでそんなこともできないのか不思議。その異様な力をどうやって手に入れたのか興味あるな」

「なんだと?」

「ああ、そんなに警戒しないで。ふふふ。でもあなたは不思議ね」

「不思議? 俺が?」

「だって強さと技術がまるで釣り合ってないんだもの。恐ろしくアンバランス」

「へえ。カミラの目には俺はそんなふうに映ってたのか」

「ラグノっていつも隙だらけだよね。それは自分の強さに自信があるから? それとも単純に心得がないだけ? なんとなく後者な気がするけど」

「さー。どっちだろうな」

「……まるである日、突然力だけを手にしてしまったかのような。そんな不自然さ」


 いやに鋭いな。

 まるでこっちの心でも読んでるんじゃないかってくらい当ててくる。不気味だ。

 カミラは一切ぶれることのない赤い瞳で俺を射貫く。


「あなたはいったい何者なの?」

「さあ? 俺にもよくわかんないんだよな」


 これは本音。

 俺自身にもこの力のことはよくわからない。とんでもない力が出せること以外は。


「そういう自分はどうなんだよ? ガーゴイルをあっさり倒したあの強さ。どう考えてもただ者じゃないだろ」

「さあね?」


 カミラは身体の後ろで手首を組んで、いたずらっ子みたいな顔でシラを切る。


「でも大臣を消したのはさすがにまずかったんじゃないか?」

「あの大臣を放っておけば、さらなる被害が出るのは明白だからね。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。民を守るのも王族の仕事ってね」

「だから力づくで止めたってわけか」

「そ。それにあの大臣、証拠を残さないことに関してだけは才能があるみたいでね。正攻法で対処するのが正直言って難しかった」

「証拠を残さないか。まるで完全犯罪だな」

「ふふ。そうだね。ところでラグノ。完全犯罪ってどうすればできると思う?」


 カミラが唐突にそんなことを聞いてくる。


「なんだよ急に」


 ……何の話だ?


「証拠を残さない。これが一つ目。今あなたが言ったよね」


 俺はカミラの話を黙って聞いていた。


「目撃者を出さない。これが二つ目」

「残念ながら俺は見ちまったぜ」


 そう。俺はカミラが大臣を消すところを見てしまった。この事実はもはや変えようがない。


「そうなのよ。それが問題。ベストは目撃者を出さないこと。じゃあそれができなかったら?」

「完全犯罪失敗ってことだろ?」

「目撃者がいなくなれば目撃者はいないんだよ」


 じり、とカミラが俺ににじり寄る。


「お、おいおい! ずいぶん怖いこと言うじゃないか。一緒に冒険した仲だろ?」

「ごめんねラグノ。これも国のため。あきらめてちょうだい」


 ほ、本気で言ってるのか?

 カミラは一見平静を装ってはいるが普段よりも鋭い眼光を向けてくる。冗談めいた雰囲気も一切ない。

 ……本気だなこいつ。


 ガーゴイル戦のあの強さを見る感じ、今まで戦ってきた魔物とは比較にならないくらい強いだろう。

 どうする。

 逃げるか?

 いや、こいつはとんでもないスピードでガーゴイルに攻撃していた。

 逃げるのもたぶん難しいだろう。


「さようならラグノ」


 カミラが構える。

 く……やるしかないか。

 ――と。

 がさ、と俺の背後で物音がした。

 即座に反応したカミラがそちらに目を向ける。


「ひ、姫様……」


 草むらの陰から現れる見覚えのある姿へ俺は、


「ア、アリア! なんでここに」


 姿を見せたアリアはなぜか鎧を着ており、帯剣していた。ただし剣は王家の塔で使っていたものとは違った。

 アリアは俺の後ろで気まずそうに顔をうつむけながら、


「物音が聞こえたので何事かと思い来てみたのです」

「あら。みんな夜の散歩が好きなのね。ふふ。でもアリアはラグノと違って気配を消すのがうまいわね。気づかなかったわ。さすがは私の騎士」


 アリアは言いにくそうにしながら口を開く。


「姫様……」

「なあに? せっかくだから一緒に散歩でもする?」

「見てしまったのです、私も」

「……なにを?」


 ひどく静かな声でカミラが返す。


「姫様が、その……」


 アリアは言いにくそうにしながら、しばらく口ごもった後。


「姫様が大臣を……」


 アリアの言葉を聞いた途端、カミラがいたずらのバレた子供のような顔になる。


「……あーあ。アリアにだけは見られたくなかったな」


 カミラの奴、まさかアリアまで消す気だろうか。

 アリアは体の前で手を組み、罰が悪そうに顔を背けている。

 カミラは俺たちの顔を見たまましばらく逡巡すると、無言のまま指をちょいちょいと動かし、突然、中庭の奥へ向かって駆けだした。

 来いってことらしいな。

 どうする。今のうちにアリアを抱いて逃げちまうか?

 ……いや、まずいか。

 大臣を倒した方法がわからない。あれがもし魔法の類だったら俺には対処できない可能性もある。だったら下手に刺激するのは危険だ。

 アリアの顔を静かに確認すると、彼女は黙ってうなずいた。

 深夜の中庭。二人でカミラの後を追いかけた。

 月明りがやけに眩しい気がした。

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