第30話 魔法王国の闇と影


「すっげー! こんな広い部屋、俺たちだけで使っていいのかよ」


 あてがわれたのは三人で使うにはもったいないくらいの立派な部屋。石造りの床の上に大きなベッドがゆったりとした間隔で三つ並ぶ。えらく贅沢に空間を使ってる。それでも部屋のスペースにはまだ余裕があるからすごい。備え付けられている調度品も見るからに高級そうだ。例えばベッドとは反対側の壁に置かれた丸テーブルは分厚い一枚板で表面には光沢のある塗装が丁寧に施されている。テーブルの角は均一に滑らかなカーブに加工され、一切のムラがない。一目で腕のいい職人が作ったのだとわかる。それ以外にも燭台やこまごまとした調度品なんかも立派なもので固められている。


「部屋の物、壊すなよ? たぶん相当高価だからな」


 さっそくルィンに釘を刺される。


「ま、たまにはこういうのも悪くねえな」


 まんざらでもない笑みを浮かべたグレンが、さっそくベッドへ背中からダイブ。

 部屋についたばかりだというのにもう眠るつもりなんだろうか。睡眠までせっかちな奴だ。

 俺は部屋の奥の窓から、外の様子を覗き見る。

 手入れの行き届いた城の中庭が見える。そして空に浮かぶ巨大な月も。


「暗いな」

「そりゃあ夜だからな」


 隣にやって来たルィンも外を眺めた。


「なんか夜の城って不気味だな。お化けでも出そうな雰囲気だ。それにしても異様に静かじゃないか?」


 晩さん会の騒がしさはすでに露ほどもなく、しんと静まり返る中庭が眼下に広がる。


「ま、こんな夜更けに騒がしかったらそれこそおかしいからな」

「そりゃそうか」


 俺たちが窓際で話していると部屋の中からスースーと寝息が聞こえてくる。

 ベッドに寝転がったグレンがすでに眠りに落ちたようだ。


「もう寝てる」

「グレンは昔から寝つきだけはいいんだよ」


 俺はグレンが眠るベッドまで行くと、グレンのわき腹をつんつんとつつきながら、


「おいグレン」

「のわぁ!?」


 声を掛けた途端、驚いてビクンッとベッドの上で飛び上がるグレン。

 普段は見られないマヌケな様子に俺とルィンが吹き出す。


「せっかくこんないい部屋借りたんだから、もうちょっと遊ぼうぜ」

「月がきれいだぞ。来てみろよ」

「……お前らな」


 眠そうな目をこすりながらしぶしぶと窓際へ歩いてくるグレン。そしてあくびをしながら夜空を見上げ、


「やけに明るいな」

「そりゃ満月だからな」


 月の大きな空に視線を向け、ルィンが答える。


「お前ら昼間あんだけ動いたってのに、えらい元気だな。眠くねえのか?」

「なに年寄りみたいなこと言ってんだよ。なんか遊ぶもんないかな」


 俺が言うとルィンが嬉々として部屋の物色を始める。


「おいラグノ、カードが見つかったぞ!」


 ルィンがベッドとベッドの間に置かれた棚の中からカードを見つける。


「よっし。負けたら明日の昼飯おごりな!」


 あきれながらもグレンはなんだかんだ俺たちに付き合ってくれた。

 三人でカードゲームで遊んだり適当に雑談したりしていたら、いい時間になったので俺たちは就寝した。

 ちなみにカードゲームの敗者は俺に決まったので今から明日のお昼が憂鬱だ。


 夜中、俺は尿意を催して目を覚ました。

 横ではルィンとグレンがぐっすり寝ている。

 ベッドから降りて部屋を出ようとすると。


「ううん? どこ行くんだよ」


 俺に気づいたルィンが、眠そうな声で話しかけてきた。


「おしっこ」


 同じくぼんやりした口調で返すと。


「転ぶなよ」

「うん」


 部屋を出て廊下を抜け、城の外へ出ると月明りが柔らかく顔を照らす。

 中庭では虫たちが静かな鳴き声を奏でている。


「あーん。おしっこー」


 俺はおあつらえ向きな場所を探して中庭をさまよっていた。こういう時に限っていい場所が見つからない。

 うろうろとしている俺の耳に、虫たちの鳴き声にまじって、なにかが聞こえた。違和感。明らかに虫の鳴き声とは違う物音。俺は足を止めた。

 これは……声?

 誰だ。こんな時間に。

 声の元へ静かに足を進めていくと、それはだんだんと鮮明に聞こ出した。

 俺は草木の陰から声のするほうを覗き込んだ。


「でも驚いたよ。まさかあなただったなんてね」


 女の声だ。……この声は。


「おや? なんのことですかな」


 もう一方は男。


「とぼけなくても大丈夫よ、大臣さん」


 透き通るような声。周りが静かなこともあって普段以上に声が通る。

 金色の長髪に白いドレスの少女。

 なんでカミラがこんなところに……。


「とぼける? なにをとぼけると言うのですかな。姫様がおっしゃいたいことが理解できませんな。しかしこのような非常識な時間に人を呼び出すとは。いくら姫様と言えどいささか失礼ではないですかな」


 カミラの前には人相の悪い男が立っている。この国の大臣だ。

 こんな時間になにやってんだ?

 まっすぐに大臣を見据えるカミラの紅い瞳が、月明りに照らされて輝く。


「四年前の大災害に始まる数々の災禍。すべてあなたの企みだったのね。先日のゴブリン襲撃も。そして王家の塔のガーゴイルも」

「言っていることが理解できないのですが」

「ふふ。とぼけなくても大丈夫よ。あなたが企んだことだってのはわかってるから。ある方から教えてもらったの。あなたが時々城を抜け出していろんな人と密会してるって。いや、人じゃないか。……あなたいろんな魔物と仲がいいのね」

「ほう。ずいぶんとわしのことを嗅ぎまわっておるようですな」

「べつにあなたのことを嗅ぎまわってたわけじゃないよ。犯人捜しをしていたら、あなたにたどり着いたってだけで」


 何の話かよくわからないけど、あの悪人面の大臣が何か悪事を働いてるってことか?

 面が悪いならせめて心くらい清くあれよ。


「なるほど。"協力者"が時折姿を消していたのはあなたの仕業だったのですな。実に恐ろしいことですな。邪魔者を裏で始末するなど、やってることは暗殺者と変わらんではないですか」

「ふふ。国家転覆を狙っておいてよく言う」

「はっはっは! では仮に姫様のおっしゃったことが事実だとしましょう。しかしあなたのしたこともまた罪なのです。このことが明るみになったらただでは済まんでしょうな」

「でしょうね」


 カミラは表情一つ変えずに言った。


「しかし姫様。あなたのような立場の人間がお供もつけずに夜道を歩くなど、いささか危険だとは思いませんか?」

「なんの話?」

「洗礼の儀式をこなせたのもお供の騎士たちがいたからこそ。あなた一人ではなにもできなかったでしょう。違いますかな?」

「べつに。一人でも大丈夫だったよ」

「はっ、抜かせ! 大方アリアの手柄であろうが。あやつの剣技は本物だ。貴様など騎士がいなければなにもできんただの小娘! ふん。正に騎士様々だな。貴様は安全な位置でふんぞり返っておれば手柄だけが手に入る。うらやましいかぎりだ」

「あら? 生き残ったほうのガーゴイルから何も聞いてないの? まあアリア達に助けてもらったのは事実だけどさ。でも直接倒したのは彼女達じゃないよ」

「であればヴァンフォウのせがれか。どのみち貴様はなにもしておらんではないか」

「ぶー! 全然ちがいまーす!」


 口を尖らせたカミラが不正解を告げる。


「ならば誰がやったというのだ。それ以外にあのガーゴイルを倒せるほどのものはいないはず」

「ガーゴイルを倒したのは私だよ」

「抜かせっ! 貴様ごとき小娘にそのような力があるはずなかろう。……まあよい。たしかにこれまでの件、わしの仕組んだことだ。よくわかったな」

「あら? 認めちゃってよかったの? 国家転覆は極刑を免れないけど」

「くっくっく。かまわんさ」

「意外ね。素直に認めるなんて。あれだけ尻尾を出さなかった周到なあなたが」

「……なぜ認めたかわかるか?」

「悪人の考えることはよくわからないの」

「はっ! 簡単なことだ。貴様を始末する算段がついておるからだ! 邪魔なものは消せばよい!」

「へえ、珍しく気が合ったね。でも残念。こんなところでお別れだなんて。あなたとはいろいろあったけど、なんだかんだいい関係だと思ってたのに。じゃあさようなら大臣。今まで多少は国に尽くしてくれたこと、感謝します」

「馬鹿め、終わるのは貴様だ! 出てこいガーゴイル!」

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