第28話 午後のひととき


 祝賀会まではまだしばらくかかるとのことなので、俺とルィンとグレンの三人は城の外で休息を取ることにした。

 ここイシュメリア城の周囲には広く広く芝生が生い茂り、のどかな雰囲気を演出している。昼寝には持って来いだ。さっそく寝っ転がってだらだらとする。しかも夜はごちそうだ。そう思うとワクワクが止まらない。少し先に魅力的なイベントがあるだけで人生はなんでこうも幸せになるんだろう。

 いったいどんな食事が並ぶんだろう。俺が普段食べてるものよりはよっぽどいいもんなんだろうけど。だって俺が普段食べてるものなんて、表面のちょっと固くなったパンとか豆のスープとか町の外で適当に取ってきた果実とかだもんな。


「いい天気だなあ」


 頭の後ろで両手を組んで見上げる空は、雲一つない快晴だ。

 穏やかな風が緑のさわやかな匂いを鼻へと運んでくる。

 あんまりのどかなんでついついあくびが出る。


「おいおい変な時間に寝ると夜眠れなくなるぞ」


 横に座るルィンがめずらしく俺のことを心配している。いや、呆れてるだけかも。


「まあ大仕事の後だから眠くなるのも無理はねえさ」


 寝転がりながらウンディーネの雫を眺めるグレン。器の中で透明に近い薄青色の液体がキラキラと揺れる。残量は半分くらい。ガーゴイル戦でかなり使ったようだ。というか、よく考えるとこのアイテムがなきゃ結構危ない状況だったよな。回復魔法が使えるグレンまでやられたわけだから。

 すると遠くから聞き覚えのある声が届く。


「グレンちゅあーーーーーん!」

「うわあああああああ!? マリぃー!?」


 グレンが顔を歪ませて飛び起きると、間髪入れず飛びつくマリーさん。突進してきた巨体を見事に空中でキャッチするグレン。じたばたともがき突進力を維持し続けるマリーさん。


「お、おめえなんでここに居るんだよ!」


 巨体を受け止め続けるグレンの息はすでに若干上がっている。


「聞いたわよおっ!」


 マリーさんはグレンの質問をまるで聞かずに手をかき、足をバタつかせながら喋りだした。


「なんだよっ! なにを聞いたってんだよ!」

「王女様のことよ! さすがグレンちゃんだわぁ!」

「わかったから降りろ! 重い!」


 しばらくして冷静さを取り戻したマリーさんがストンと地に足をつく。

 どこで聞いたのかはわからないがマリーさんはすでにカミラ姫が洗礼を終えたことを知っていた。


「話の早いこったな」

「こう見えても地獄耳のマリーとして有名なんだからっ!」

「……初耳だぞ。んで何しに来たんだよ?」


 腕を組んだグレンが不思議そうな顔で尋ねる。


「お城でお食事会があるんでしょう? 私も出席しようと思って!」

「いや、なんでお前が……」

「だって私も関係者なんだもーん! グレンちゃんのね! だからお友達枠でお呼ばれしちゃったの」

「しちゃったって……もう決まってるのかよ? ちゃっかりしてるな」


 なぜか自分の友人枠に入り込んでいるマリーさんにあきれ顔を向けるグレン。

 見つめられて顔を赤らめるマリーさんが、まぶたをパチパチとウインクさせて目から星を飛ばす。

 グレンは素早く回避した!


「じゃあ、おめかししてくるから! 頑張って時間までには間に合わせるわ」


 手を振りながら笑顔でそう言い残すと、マリーさんはどたどたと丘を下って町へと帰っていく。

 忙しい人だ。やたらバイタリティにあふれてる。人生楽しそうー。

 ルィンがニヤニヤしながらグレンの背中を叩く。


「やったじゃねえかグレン! マリーさんと一緒に食事出来て!」


 グレンは何も言わず憂鬱そうに眉毛をピクピクさせた。

 ――と。


「楽しそうですね、みなさん」


 マリーさんと入れ替わるように城の中からアリアがやってきた。

 肩口までの金の髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。


「おいおいサボリかー? 意外だな。まじめそうに見えて案外俺たちと似た者同士とか? チーム組もうぜ」

「お前と一緒にするな」

「おめえと一緒にするな」


 即刻否定してくるルィン・グレンの両名。

 なんて冷たいやつらだ。


「ふふ。今日はもう休んでいいとのことだったので来てみました」


 アリアは私服姿だった。

 鎧を脱ぐと普通に年頃の女の子って感じだ。だいぶ雰囲気が変わる。


「でも騎士の仕事ってのは大変なんだな。あんな戦いに駆り出されて」

「そうでもありませんよ。実戦に赴くことはあまり多くないんです。普段は訓練ばかりです」

「へえ? そういうもんなんだ。騎士ってのはもっと戦ってばかりいるものだと思ってた」

「戦争中であればそうかもしれませんが今は平和な世の中ですからね。と言っても昨日あんな事があったばかりでは説得力はないですが」


 ルィンが解せないといった顔で、


「でもさ。結局何だったんだろうな。昨日のは」

「まあ考えてもわかんねえさ。考えてもわかんねえこと考えるのは時間の無駄ってやつだ。それなら昼寝でもしてたほうがマシだぜ」


 グレンはそう言うと寝っ転がり、頭の後ろで腕を組んだ。マイペースだなグレンは。


「アリアはずっとこの国で育ったのか?」


 なんとなく疑問に思ってたことを聞いてみた。

 カミラと仲がよさそうだしちょっと気になったからだ。


「はい。幼いころはよくここでカミラ様と遊んだものです。懐かしいですよ」

「でもすごいな。その年で騎士にまでなっちゃうなんて。しかも騎士になってからもカミラを守ってるなんて」


 冷静に考えると俺と大して歳の違わない子が一国の王女を守ってるんだ。それって驚くべきことだと思う。しかも王家の塔での戦いぶりから見るに、アリアはかなりの使い手みたいだし。


「王が特別に配慮してくださったのです。そのおかげでカミラ様の専属近衛騎士になれました。まあ裏でカミラ様がそのようにねだったという話も聞きますが」

「あいつらしいな。カミラって自分の思い通りにいかないと気が済まないタイプっぽいし」

「おお、なぜわかったのです?」

「庶民はそういうとこ鋭いんだよ」

「ふふ。しかしトラブルはありましたが全員無事に帰ってこられてよかったです。それにしてもまさかラグノ殿がガーゴイルを倒してしまうとは驚きました」


 そういやそういうことになってたっけ。

 実際に倒したのはカミラなんだけどな。

 でもなんでカミラはあんな嘘をついたんだろう。なにか嘘をつかなきゃいけない理由でもあったのか? いや、それよりも気になるのはカミラのあの強さだ。ただのお姫様になんであれほど力があるんだ。あのとんでもない強さのガーゴイルをたった一発の蹴りで倒しちまうなんて。あの異様な身のこなしも明らかに常軌を逸したレベルのものだった。

 あいつのあの自信満々な態度はあの強さからくるものなんだろうか。

 カミラ王女。いったい何者なんだ。


「そういやカミラってどんな子供だったんだ?」


 なにげに聞いたけど結構気になるんだよな。ああいうタイプって幼いころはどんな感じなんだろう。


「今と変わりませんよ。幼いころからあんな感じです」

「勝ち気に大臣の髪抜いてたってことか」

「ふふ」

「アリアも変わらないのか?」

「私はもっとおてんばでした」

「へえ? 意外だな。ぜんぜん見えないけど」

「そういうものですよ。歳を取れば。幼いころはよく姫様と一緒にいたずらして叱られたものです」

「なあなあ聞いたかお前ら! アリアにもそんな時期があったんだって! なんか親近感湧くな。俺も子供の頃はよくイタズラしたもんだぜ」

「いや、お前は今もやってるから! 今朝、俺の飲み物にでっかい唐辛子大量に入れたの覚えてるからな!」

「お前あんなんでマジギレするんだもん。ウケたわ」

「怒るに決まってるだろ!? 辛さで一気に目が覚めたわ!」

「良かったじゃん刺激的な目覚めで。というかその後こっそりグレンのコップに唐辛子移してたじゃん」

「グレンは辛いもの平気だからな」

「割と平気だがあれは限度を超えてたぞ。口の中がえっれえヒリヒリしたし。つーかお前らは朝っぱらからなにやってんだよ。ガキじゃねえんだから」


 豪快に寝っ転がっていたグレンが、横向きに寝返りを打つと頬杖をついて呆れた顔をする。


「ふふ。みなさんも楽しそうですね」

「馬鹿なことばっかりやってんだよな」

「馬鹿はお前だぞ」

「そうだおめえだ」


 辛辣に突っ込んでくる二人組。こういうときだけ息ピッタリなんだよな、こいつら。

 その後も俺たちはたわいもない話をして時間をつぶした。

 時はあっという間に過ぎ去り、気が付けば晩餐会の開始が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る