第27話 祝賀会へ向けて


「ごめんね、アリア」


 カミラがアリアをそっと抱きしめる。


「ひ、姫様? いえ、私の方こそお力になれず……」

「いいのよ。もう終わったんだから」


 どういうことだ。

 ガーゴイルを倒したのはカミラだ。

 なぜカミラは嘘を……。


「なあ――」


 カミラにそのことを聞こうとした時。


「すっげえじゃねえかラグノ! またおめえかよ! いったいどうなってんだよ!」


 グレンが勢いよく俺の肩に腕を回す。


「昨日のホブゴブリンの時といい、やっぱりお前ただ者じゃないんだな」

「ルィン! 怪我はいいのか?」

「ああ。あの雫のおかげですっかり良くなった」


 ひん死の重傷を負っていたルィンは、すでにケガも完治したようでピンピンしていた。

 そんな俺たちのそばで精霊サーティナがぼんやりと光を放ちながらおろおろしている。


「え、あの、え……? ガーゴイルを倒したのはラグノさんじゃなくて……」


 言いかけたところで姫様が精霊の肩に手を回し、耳元に口を近づけ、


「ラグノすごかったわねえ。ね、精霊さん?」


 どことなく圧のかかったその口調に、精霊がビクリと体を震わせ、「は……はいぃぃぃぃ……」とか細い語尾で答える。


「それで精霊さん。洗礼ってどうすればいいのかしら?」

「えっと……洗礼の儀式では私の召喚した魔物と戦うことになってるんですけど……。でも私の召喚する魔物はガーゴイルよりも、うんと弱いんです。だからガーゴイルを倒したあなたたちは、もはや洗礼をクリアしたも同然。ですので洗礼をクリアしたものとみなします」

「わあ。話が早くてたっすかるぅ!」

「は、はいぃぃぃ……。……では姫様、手を出してください」

「こう?」


 カミラが差し出した手に精霊が触れると、カミラの中指になにかが現れていく。ぼんやりと形どられたそれは、次第にその形を鮮明にさせていき、指輪の形へと変形した。カミラの中指には、暗みのある青い宝石が埋まった指輪がはまっている。


「それが洗礼の証です。あなたは無事儀式を突破されました。おめでとうございますぅ」

「へー、きれい! こんな素敵な指輪くれるなんて気前がいいわね精霊さん」

「よく似合ってますよ、カミラ様」

「うれしい! ありがとうアリア」


 指に昏く輝く指輪をカミラが見つめる。なにを考えているかわからない顔で。


「結果オーライでよかったね。さ、指輪ももらったし、お城へ帰りましょ! 大臣にほえ面かかせなきゃ!」

「あぁ……皆さん、たまにでいいので遊びに来てくださいね。一人は退屈なので……」

「今度お城からおいしい茶葉とお菓子を持ってくるわ。みんなでお茶会しましょ」

「わあぁぁ、楽しみですぅぅぅぅ」


 期待にあふれる目を浮かべる精霊に別れを告げ、俺たちは王家の塔を後にした。



「はっはっは! 素晴らしい! まさかこんなに早く洗礼を終わらせるとは」


 イシュメリア城の玉座で、王様は愉快そうに笑った。


「大臣よ。これで文句はあるまい」

「もちろんでございます」

「ああら? この程度のことでよかったの? ずいぶん簡単なお使いだこと」


 優越感に浸る顔を浮かべながら、カミラは精霊にもらった中指の指輪を執拗に大臣の目の前でちらつかせる。大臣の顔に触れるか触れないかの位置を宝石が縦横無尽に移動する。


「これが洗礼の証~。王たる資質を持つものの印~。もとよりそんなものは持ち合わせてる~。間抜けは形にしなきゃわからない~」


 宝石を見せびらかしつつ、たまに大臣の鼻先を意図的にこすりながら、ちくちくちくちく嫌味な歌詞を披露するカミラ。

 大臣が次第に苦い顔を浮かべる。


「ぐ……。ははは、しかしよくぞ儀式をクリアなさいましたな。世間知らずなカミラ様のこと。私はてっきりすぐに泣いて帰ってくるものとばかり思っておりましたぞ。はっはっは!」

「洗礼ぱーんち!」

「ぐああああああああっ!」


 カミラが指輪をした拳で、大臣の眉間へきれいなストレートを放った。無防備な顔面にクリティカルを食らった大臣が「ぐおお……」と苦悶の声を漏らしながら眉間をさすり、うずくまる。


「眉間は人体の急所! むやみに殴ってはいけませぬ! しかもそのような鈍器で!」

「おめでとう大臣さん。あなたはたった今、精霊の指輪で洗礼されました」

「そのように大切な指輪を雑に扱わないでくだされ! あと、わしが洗礼を受けても意味はありませんぞ! 王族ではないですからな」

「だって精霊さんがこんないいものくれたんだもの。これはもう大臣に一発くれてやれって言ってるようなものでしょ? でも今気づいたけどこの宝石すごく硬いわ。人を殴るのは危険ね。今後は武器として使おうっと! いいものもらっちゃった」


 指輪をさすりながら、なにやら企むような笑みを浮かべるカミラ。

 悪いやつだ。


「神聖なる指輪をそのようなことに……。先代の王族が知ったらなんということか……」

「あら? そう言えば大臣さんからはまだ祝辞の一つも頂いてないのだけれど? こんなおめでたい日なんだから、一言くらいくれてもいいんじゃない?」


 薄目でじっとりと見下すような視線を大臣へ送るカミラ。


「……おめでとうございます姫様」


 不満を噛み殺した顔の大臣がしぶしぶと祝辞を送る。


「あーら! この程度のこと、なあーんてことございませんわあ! こんなことでよろしいのでしたら毎日でもこなしてみせますわよ?」


 手の甲を口元に当て、機嫌よさそうに高笑いするカミラ。

 そのしぐさが無駄に似合ってる。


「はっはっは! 今夜は祝賀会じゃ。ラグノ殿たちもぜひ出席してほしい」

「祝賀会ってことはごちそうが出たりするんですか?」

「うむ。期待しててくれ」


 俺の問いに王様はニカっと笑った。


「やったぜ! まさかほんとにうまいもん食えるとは!」

「あら? ラグノってばそんなにお城のご飯、食べたかったの? 言ってくれればいつでも食べに来ていいのに」

「まじかよ!? これからは飢えるたびにここにくるか!」

「お、お前厚かましいぞ! 町の飯で我慢しろよ! うまいだろ町の飯も!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺をたしなめてくるルィン。その横で、諭すようにグレンが。


「まあまあルィン。こいつは平民の育ちだからこんなもんなのよ。勘弁してやれよ。卑しいのが平民の性ってね」


 ルィンはおでこに手を当てて、「まったく……」と言いながら呆れたような恥ずかしがったような顔をする。


「しかしこれでカミラ様も晴れて王位継承者。今後はおてんばも大概になさって、王族としてますます気を引き締めて――」

「ぷちん!」

「ぎゃあああああああああ! わしの毛がああああああああああ!」


 カミラに盛大に毛を抜かれた大臣の絶叫が、玉座の間にこだまする。


「なぜ抜いたのです!?」

「枝毛だよ? ほら」

「本当ですじゃ! ……じゃない! 毛をそのように軽々しく抜いてはいかんのです! カミラ様には頭皮への慈悲が無いのですか!?」

「そんな親を殺されたみたいに怒らなくても」

「枝毛であっても髪は髪! むやみに抜いてはなりません! そう、枝毛であっても抜く必要はないのです! 枝毛は抜くものだという常識を、まずは疑ってくだされ! 王族こそ常識にとらわれてはいけませんぞ!」

「その割には『しきたりだから洗礼受けて来い』って言ってたわよね?」


 痛いところを突かれたのか大臣が言葉に詰まる。


「うぐっ……! え、枝毛も家族! ファミリーなのです! そのことお忘れなきよう!」


 ごまかすようにまくし立てた大臣が、胸を押さえながらハアハアと息を切らせる。


「け、血圧が上がってしまったようですじゃ」

「あらあらぁ、お大事に。ご無理は禁物よぉ? もう、お若くないんだからさ~!」


 大臣の目の前で枝毛をふよふよと動かすカミラ。


「えー……コホン」


 王が咳払いすると全員の視線が玉座に集まる。


「さて、皆この度はまことにご苦労であった。夕方ごろには晩餐会の準備も整うだろう。そのころになったら、また城へ来てくれ」

「はーい! わかったわパパ。じゃあ私も準備したいから、もう行くね」


 そう言い残すと、カミラは駆け足で部屋から出ていった。

 実に忙しいお姫様だ。

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