第26話 決着?


「あの二体、かなりのダメージを負った様子。しかしそれでもまだ相当な魔力を持っています」

「どうすればいい?」

「上空にいる以上私の魔法剣を使うしかありません。ルィン殿の容体が心配です。一刻も早く決着をつけなくては」


 アリアの全身を包む魔力がほとばしる光の柱のように立ち昇る。その魔力はこの塔へ入ってから見せた中で最も力強く脈打っている。光り輝く膨大な魔力が彼女の手に握られる剣へ流れていく。


「この一撃に私のすべての魔力を込めます。もしもこれでダメだった場合は……」


 打つ手なしってことか。

 俺は天井に羽ばたく二体のガーゴイルへ視線を向けた。

 俺のジャンプ力ならあの高さくらいなら届くだろう。しかしあいつらのあの素早さじゃ、かわされるのは目に見えてる。もうアリアの魔法剣に頼るしか手が残っていない。


「弟者! 騎士の魔力がすべてあの剣に集まっていく! 次の攻撃がラストだ! あの騎士はそれ以上は戦えまい。残りは姫と小僧と精霊だけ。奴らはまともに戦うことすらできまい! これを打ち破れば俺たちの勝利だ! 行くぞ!」

「おうともさ!」


 塔の中央に立つアリアが顔の前に剣を構え、集中する。そして再びその名を叫んだ。


「ティルムクイーーーーーーン!」


 剣に集まった膨大な魔力がさっきまでとは比較にならない巨大な銀の光となって剣先から発射される。

 同時、上空では金色のトサカをしたガーゴイルたちが二体一緒に滑空する。

 巨大な銀の光と二体のガーゴイルが塔の中央で衝突する。

 二つの巨大なパワーが衝突しあい、雷のような電撃が巻き起こる。

 二つの力はほぼ互角。


「グアアアアアアアア!」

「ムオオオオオオオオ!」


 絶叫と共にガーゴイルたちの体を覆う魔力が増していく。ティルムクインの光が徐々に押されだす。


「がああああああっ!」

「うおおおおおおっ!」


 ツインガーゴイルの絶叫。ティルムクインの光が、空中ではじけ飛ぶ。


「なんだと!?」


 固まるアリアに二体のガーゴイルは休むことなく急降下。

 ぶつかる直前、アリアは後ろへ飛び退き、ギリギリのところでガーゴイルたちとの衝突を回避した。


「時間を稼ぎます! お逃げください」


 アリアが俺たちを守るようにガーゴイルの前に立ちはだかる。


「無茶よ! 今ので力を使い果たしたんでしょう」

「私はあなたの騎士。覚悟はできております。さあ急いで」


 その言葉は背中越しに穏やかな口調で投げられた。


「でも……」


 ためらうカミラの手をサーティナが引っ張る。

 すかさず反対の手で俺の手を握り、サーティナは俺たちを引いて塔の入口へ駆け出した。アリアを気にするカミラを強引に引き連れて走る。塔の入り口が近づいてきた。


「だから逃がさねーって」


 一瞬で入口をふさぎ、弟ガーゴイルが俺たちの前に立ちはだかる。


「伏せて!」


 背後からアリアの声。

 即座に反応したカミラが屈みながら、同時に、俺とサーティナの体を下へ引っ張る。

 床に伏せた俺たちの頭上を、銀の光が通過する。光は弟ガーゴイルに直撃した。


「ぐおおおおっ!?」


 胸の前で両腕をクロスさせて攻撃を防ぐ弟ガーゴイル。

 しかしその威力に押され、足元から砂埃を上げながら徐々に後退していく。

 入口の手前で踏みとどまったガーゴイルが。


「ぬがあああああっ!」


 気合と共にクロスさせた腕を勢いよく開く。

 アリアの放った光が粉々にはじけ飛んだ。

 この致命的な隙を兄ガーゴイルは逃がさなかった。

 目の前で背中を向けるアリアへ兄ガーゴイルの巨大な爪が薙ぎ払われる。


「くっ!」


 とっさに振り返ったアリアが剣で爪の攻撃を受け止めた。

 しかしそんなアリアの抵抗もお構いなしに、巨大な爪は剣ごとアリアを薙ぎ飛ばす。

 壁に背中から激突したアリアが「がっ……」と短くうめき、その場に力なく倒れこむ。

 アリアの手から剣が零れた。


「アリア!」


 表情を乱して叫ぶカミラ。


「は……はは……! さあ残るは三人……!」


 兄ガーゴイルが俺たちの状況を見て口角を吊り上げる。

 しかし声の感じから言って相当なダメージを負っているようだ。


「しかしあの騎士、魔力を使い果たしたはずなのになぜ打てたのだ」

「あの魔剣は魔力の代わりに使用者の生命力でも使うことができる」


 兄ガーゴイルへ答えると、カミラが倒れたアリアに駆け寄ろうとする。


「だから、行かせねえって言ってるだろ?」


 すかさず弟ガーゴイルが行く手を阻む。


「てか残ったやつらどれもすっげえ弱そうじゃん! 完全なる消化試合が始まったゼェェェェッ! へっ。お前の騎士もてんで大したことなかったな」

「よくもやってくれたな。アリアを……。私の仲間たちを……。お前たち、ただで帰れると思うなよ」


 静かな口調だった。それでいて怒りの込められた言葉。


「くっははははっ! おいおい兄者聞いたかよ! こいつおもしれえ! お前さー。そんな丸腰でなにができるってんだよ?」

「今からわかる」

「カカカ! ああ、そうか、よっ!」


 弟ガーゴイルの爪がカミラへ振り下ろされる。

 その瞬間。とん、と。 カミラが音をさせずに床を蹴った。

 ごく小さな予備動作からの力みをまるで感じさせない跳躍。

 カミラは降ってくるガーゴイルの腕をかわすと、かわしたその腕に自身の片手を置き支点にする。

 支点を中心にカミラの体がエネルギーを作りながら回転する。

 地面と水平になると同時、身体全体で生み出した力を乗せた蹴りがガーゴイルの首へ放たれる。全体重を乗せた強烈な蹴りがガーゴイルの首へ直撃した。

 ガーゴイルの口から「くお」と、短く声が漏れ、その体が強風に吹き飛ばされる綿の如きスピードで塔の壁に激突する。

 ガーゴイルの全身がまるで化石か何かのように見事に塔の壁にめり込んだ。


 は、速い――! な、なんだ今の動きは……!

 目が回りそうになるほどの超高速の動きの連続。

 しかも一連の動作にはまるで無駄がなかった。素人目にもその攻撃が極めて高度に洗練されたものだとわかる。

 どうなってやがる。一体なにものだ、このお姫様。


「お、弟者!」


 兄ガーゴイルが壁に埋まった弟の元へ飛んでいく。


「おいおい。えらく豪快に埋まりやがったな。大丈夫か?」


 兄ガーゴイルが声をかける。

 しかし弟は反応を示さない。


「弟者?」


 反応のない弟へ再び声をかけ、身体を揺するガーゴイル。

 しかし全く反応がない。

 兄ガーゴイルが弟の首に触れる。


「な、なん……」


 顔色を変えた兄が弟を壁から引きずり出す。

 弟の腕がだらりと垂れた。


「ば、馬鹿な……。お、弟者……。死、死ん……。き、貴様! 弟者に……弟者に……。なにをした! なにをしやがったあああああーーーーー!」


 マジかよ……。あのガーゴイルをたった一撃で……。


「チ、チクショーーーー! 貴様らの顔! 絶対に忘れんぞ! 地獄の底まで追いかけて必ず息の根を止めてやる! 必ずだ! 覚悟しておけ!」


 憤怒の色に顔を染めた兄ガーゴイルが動かない弟を抱えて塔の上部の窓から飛び去っていく。


「や、やった……のか?」


 よくわからないがどうやら追い払うことに成功したようだ。た、助かった……。

 俺が安堵していると、姫様がグレンの胸元からウンディーネの雫を取り出し、倒れている三人の口へ順番に垂らしていく。


「う……」


 目を覚ましたアリアがおもむろに体を起こす。


「大丈夫アリア?」

「ひ、姫様……? ここは……」


 未だ意識がはっきりしないのか、ぼんやりとした表情のアリアが周囲を見渡す。


「王家の塔よ」

「そうか……我々は洗礼の儀式を……。そ、そうだ! 私はあのガーゴイルにやられて……。――! あ、あのガーゴイルたちはどうなったのです?」

「大丈夫。安心して。もういないから」


 その言葉を確かめるようにアリアが上空へ顔を向ける。

 当然もうそこにガーゴイルたちの姿はない。つい今さっきカミラが追い払ったからだ。


「しかし、いったいどうやって? 精霊殿の力ですか?」

「い、いえ私はなにも……。震えてただけで……。ううぅ……すみません」


 両手をもじもじさせながら、申し訳なさそうにうつむくサーティナ。


「で、では誰が……。ルィン殿やグレン殿もすでに戦えなかったはず」


 アリアを正面から見据えたカミラが口を開く。


「ラグノが倒してくれたの」


 ……え?

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