第25話 光の衣


「ぐあああああっ!」


 まともに攻撃を食らったルィンの体が一瞬で塔の端へ吹っ飛ばされ、壁に背中から激突する。はずみに壁の一部が砕け、ガラガラと崩れる。


「ル、ルィーーーーーーンッ!」


 倒れたルィンへ駆け出すグレン。

 ――と。


「おおっと行かせねえぜ! つーか今ので死んだんじゃないかぁ?」


 グレンを阻むように立ちはだかる弟ガーゴイル。


「て、てめえっ!」


 壁に全身を強打したルィンは、うつぶせに倒れ、全く動かない。

 弟ガーゴイルが耳をピクピクと動かし、


「お? かすかにだけど息はあるようだな。すでに虫の息だが。カカカカ! 急いで助ければ間に合うかもな! 俺を倒せればの話だけどな。挑戦してみるか?」


 両手を腰に当て、挑発的な視線をグレンへ向けるガーゴイル。


「は! てめえと遊んでる時間なんてねえんだよ! そんなに遊びたいなら上にいる兄貴にでもあやしてもらいな!」


 ガーゴイルを無視して遠回りにルィンを目指すグレン。


「だから行かせないって言ってんじゃーーーん!」


 すかさずグレンの前に立ちはだかると同時、弟ガーゴイルが不意にグレンの腹に強打を打ち込む。


「ぐあっ!」


 防御すらできなかったグレンが、後方へ吹き飛ばされ、塔の床を転がっていく。

 グレンはガーゴイルの攻撃にまるで反応できていない。両者の実力差は一目瞭然だった。

 パワーアップしたガーゴイルを前に、グレンは手も足も出せなかった。


「お?」


 なにか異変に気付いたのかガーゴイルの耳がピクピクと突然激しく動き出す。


「あの赤髪の魔法使い、呼吸がだんだん弱くなってきたぜ! ハハッ! もうすぐ逝くな! おもしれー!」

「て、てんめええええええええええッッッッッッッーーーーーーーーー!」


 起き上がったグレンが怒気を漏らしながらガーゴイルへ駆け寄り拳を放つ。


「おいおい。そんな攻撃が俺に効くわけないじゃん」


 眼前へ迫るグレンの拳を眉一つ動かすことなく造作もなく受け止めたガーゴイル。反対にその鋭い爪でグレンへ反撃する。

 向かい来る長く鋭い爪を、とっさに腕でガードしたグレンだったが。


「がっ!」


 ガードごとグレンの体が吹き飛ばされ、塔の床をごろごろと転げまわる。そして塔の中央に立つ俺たちの足元でその体は止まった。


「だ、大丈夫かグレン!」


 倒れたグレンの体を起こす。

 グレンは攻撃をガードした前腕部からひどく出血していた。


「ラ……グノ。こいつを……口へ……」


 かすれる声で言いいながら、懐から取り出したウンディーネの雫を俺へ手渡すグレン。

 これは! 町で買ってた回復アイテムか。

 俺は美しい装飾が施された容器を受け取ると、中に入った薄青く輝く液体をすかさずグレンの口へ数滴垂らした。

 グレンの喉がゴクリと動き、腕に受けた傷がみるみるうちにふさがっていく。

 ほんの一瞬のうちにまるで何事もなかったかのように腕が完治する。回復したグレンが勢いよく立ち上がる。


「助かった。一つ借りだな」

「気にすんな」


 俺が差し出した容器を受け取ると、グレンは胸元にしまい込み、


「早くケリをつけなきゃルィンがやばい! あの深手ではもう長くはもたん」

「ど、どうしましょう……どうしましょう……」


 倒れこむルィンへ緑色の瞳を向けたサーティナが、小さな体でおろおろと慌てふためく。


「……よし」


 何か覚悟を決めるように瞳に力を籠めるグレン。

 グレンの全身が突然白っぽく光り輝く。

 その輝きは次第にまばゆい程に強くなり、徐々に半透明の衣のようなものに形を変え、グレンの全身を包み込む。


「魔力が……具現化していく。それは……?」


 目の前で起こる魔力の変化に、驚きを隠せない様子のカミラ。


「これは光の衣<ホワイトヴェール>」

「まるで魔力の闘衣ね。しかもその色は神聖魔法」

「行くぜ」


 足を強く踏み込んだグレンが、床を蹴る。

 その瞬間、俺の目の前からグレンの姿が消えた。


「――速い!」


 アリアが驚きを見せながら何かを視線で追っている。

 たった一蹴りで、グレンの体は弟ガーゴイルの目前へ迫っていた。


「らああっ!」


 光る衣をまとったグレンが弟ガーゴイルへ拳をまっすぐに突き出す。

 先ほどよりも圧倒的に早い撃ち込み。


「は! ひねりのない攻撃だな!」


 しかし弟ガーゴイルはその攻撃すらもとらえている様子を見せる。

 首を斜め後ろへ倒し、グレンの攻撃をスウェーでかわす弟ガーゴイル。

 グレンの拳は虚しくも空を切った。しかし――。


「があああああああああっ!」


 攻撃をかわしたはずのガーゴイルがなぜか突然うめく。

 その腹にはグレンの反対拳が深くめり込んでいる。


「ぐっ……げはああっ!」


 弟ガーゴイルが苦悶の声を上げながら両ひざをつき、その場に前のめりにうずくまる。


「貴ッ様ァ! よくも弟者をッ!」


 上空で羽ばたく兄ガーゴイルが怒りの形相を浮かべ、握り込んだ拳をわなわなと震わせる。


「許さん!」


 怒声と共に繰り出される兄ガーゴイルの滑空攻撃。

 超高速でグレンへ一直線へ落下する。

 何つうスピードだ! あんなもんまともに喰らったらひとたまりもないぞ!


「避けろグレン!」

「くたばれィ!」


 グレンの眼前に迫った兄ガーゴイルが超高速のままグレンに拳を繰り出す。


「ぬらあっ!」


 その強烈な攻撃をグレンは片手で受け止めた。


「な! ば、馬鹿なっ……」


 怯む兄ガーゴイルの顔面にグレンのもう一方の拳が炸裂する。


「ぐがあああああっ!」


 吹っ飛ばされた兄者の体がうずくまる弟者に飛んでいく。

 ぶつかる直前、弟者が兄者の体を受け止めた。


「ぐっ……があっ……」

「だ、大丈夫か兄者!」


 グレンの攻撃をまともに喰らった兄ガーゴイルは相当なダメージを受けた様子。

 しかしすぐに息を整えると、兄ガーゴイルが上空へ浮かび上がる。

 弟もそれに続く。


「あいつヤバイ。弟者、コンビネーションで行くぞ!」

「わ、わかったよ!」


 上空で結託したガーゴイルたちがこちらをにらみつける。

 しかしさっきまでの場所にグレンの姿がない。


「や、やつはどこへ……」


 ガーゴイルの背中側の壁を、すでに宙に飛んでいたグレンが蹴る。


「後ろだ兄者!」


 その声に反応して兄ガーゴイルがグレンへ振り向く。

 直後――。

 無防備な兄ガーゴイルの腹にグレンの拳が炸裂した。


「ぐげええあっ!」


 腹にめり込む拳。兄ガーゴイルの体が大きく前かがみになり顔が苦痛に歪む。

 しかしそれと同時にグレンも「がっ……」と声を漏らす。

 ガーゴイルの拳もまた、グレンの腹に撃ち込まれていた。

 相打ち。お互いにモロに攻撃を受け、両者のダメージは相当なものだろう。

 空中で硬直する二人。

 兄ガーゴイルの横から、すかさず弟ガーゴイルが巨大な爪を振り降ろす。


「ぐがあっ!」


 クリーンヒットした爪が、グレンを激しく床へ叩きつける。


「ち……く……しょ……」


 グレンの体から力が抜け、全身を覆っていた白い衣が消える。


「ぐ、がああああ……!」


 上空で兄ガーゴイルが空中で苦悶の声を上げる。


「うわああああああっ。あ、兄者あああ……」


 パワーアップしたグレンの攻撃を複数回まともに喰らった兄ガーゴイルは見るからにダメージが大きい。口の端から血を流し、顔を苦痛にゆがめている。全身を包む魔力も最初よりかなり少なくなり、消耗の激しさを物語っている。

 そんな兄の様子に、弟ガーゴイルが横で慌てふためく。

 ――しめた。この隙にウンディーネの雫で二人を復活させるんだ。

 俺がグレンへ駆け寄ろうとすると目の前に火球が激突した。


「うわあああああっ!?」

「だからやらせねえって言ってるだろ!」


 弟ガーゴイルの怒鳴り声。

 くそ! なんて隙の無いやつだ!


「な、なんだあいつのあの力は……。カハッ――!」


 兄ガーゴイルが血を吐きながら咳き込み、それと同時にグレンを睨みつける。


「あ、兄者ぁぁぁ……」

「はあ……はあ……。だ、だがやったぞ。見ろ奴のあのダメージを! あれではもうまともに戦うことはできまい。俺たちのコンビネーションが勝ったのだ!」

「そうだよ! 俺たちがそろえば誰にも負けない!」


 兄ガーゴイルが倒れこむグレンを睨み、不敵に笑う。


「ふん。ばかなやつめ……。我ら二人に、それも空の戦いで勝てるものなどこの世におらんのだ!」


 兄ガーゴイルが勝利に酔うように拳を握り込む。

 これでこちらは四人。カミラとサーティナは戦えなさそうだし実質戦えるのは俺とアリアだけか。

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