第24話 変身


「ヒュオオオオオウッ!」


 即座に反応した弟者が上空へ驚異的な速さで戻っていく。

 それと同時、弟者がさっきまでいた場所を黒い炎が通過した。


「素早いな」


 隣でルィンがつぶやく。

 標的を見失った黒炎が塔の壁に衝突し、塔全体が振動する。天井や塔の壁から砂がさらさらと振ってくる。


「おしいな。直撃すれば致命傷だったのによ」


 イドフレイムによって壁にできた黒い影を見て、グレンが残念そうに顔を歪める。


「なにやってんだ弟者! 下手に突っ込むんじゃない。そんなことしたらそりゃそうなるに決まってるだろ」

「ハハッ! いやあー失敗した! あやうく死ぬとこだったかも。兄者の声で助かったぜ兄者! 命の恩人!」

「弟者! あの赤髪野郎、魔法使いだ。それもかなり上級のな。意識に入れておけよ」

「うん! でもあいつら、すっげえ強ェ! 思ったよりもずっと! 俺たちやばくね?」

「思ったほどぼろい商売じゃあなかったってこったな。よし! 今後は無理に近づかずここから攻めまくるぞ! そうすりゃ、あいつら手も足も出ないぜ! この距離なら飛んでくる魔法も余裕でかわせるしな」

「なっるほどー! さすが冴えてるぜ兄者!」

「よし。いつもの連携技行くぜ!」

「よっしゃあ! やろうぜ兄者!」


 上空で羽ばたく二体のガーゴイルが同時に胸郭を膨らませ、火球を吐き出す。

 らせん状に回転しながら二つの火球が迫る。

 その攻撃に反応しアリアがすかさず魔法剣を薙ぐ。


「はあっ!」


 魔法剣から放たれた銀色の閃光が、迫り来る二つの火球と激突する。

 銀の光により火球の表面にへこみができ、二つの火球が同時に減速する。


「すげえ!」

「いえ、この感じは……」


 俺とは対照的な反応を示すアリア。その顔がわずかに暗く沈む。

 止めたかと思った火球が威力を吹き返し、銀の光を一瞬で飲み込んだ。


「くっ! やはり……」


 勢いを止めない火球を見て、ルィンの全身が黒い魔力に包まれていく。


「任せろ! イドフレイム!」


 ルィンの腕から放たれた黒炎が火球と激突する。

 空中で拮抗する火球と黒炎。

 ぶつかったままどちらも引かない。


「ご、互角だっ!」


 俺は上空を見上げて言った。

 最初二つの攻撃は上空でせめぎあっていたが、徐々にイドフレイムが押され始める。


「お、押されだした!」


 イドフレイムを押し返し、二つの火球が俺たちへ接近する。

 その様子を見たグレンが。


「ま、まずいぞ……。このままじゃやられる!」

「く……! な、何てパワーだ!」


 大量の魔力を放出し続けているルィンの顔が、次第に苦悶に歪んでいく。

 火球はさらに落下を続け、俺たちとの距離を容赦なく詰める。すでに目前まで迫っている。


「はあああああっ!」


 ルィンの叫び。それと共にルィンの全身を包む黒い魔力が一段と強くなる。

 膨大な魔力が腕を伝わり、イドフレイムへ注ぎ込まれ、一際巨大な黒炎と化す。

 黒炎は一気に火球を包み込むと、二つの火球を押し返していく。

 そして塔の中ほどまで押し返したとき、激しい爆発が起こった。


「うわあああああああああーーーーーー!」


 猛烈な爆風に俺は叫び声をあげた。

 辺りがまばゆく包まれ、何も見えない。


「ど、どうなったんだ?」


 光が晴れると奥に無傷のガーゴイルたちの姿が見える。


「ちっ。どうやら向こうはノーダメージみてえだな。おめえら大丈夫か?」

「俺は大丈夫」

「私も後ろに隠れてただけだから平気」


 俺とカミラが答える。


「私も問題ありません」

「……俺もだ」


 そう答えたアリアとルィンだったが二人は息を切らせていた。

 特にルィンは完全に呼吸を乱し、全身で息をしている。見るからに消耗が激しい。

 さっきのイドフレイムで相当な魔力を使ったようだ。


「おいおいマジかよ。俺たちのツインファイアボールでもノーダメージとか」

「あ、兄者! どうしよう……」

「弟者。こいつら想像以上にやる! うかうかしてたらやられかねん。本気で行くぞ!」

「マ、マジかよ兄者! なにもこんな奴らに本気は出さなくても……」

「油断は命取りだ。死んでから後悔しても遅いからな。出し惜しみなしで一気に行く!」

「う、うん!」

「「うおおおおおおおっ!」」


 上空で気合を上げるガーゴイルたちのトサカが金色に変化していく。そして全身から光が立ち昇り、その身の周囲で揺らいでいる。


「まさかこんな奴ら相手にこの姿になるとはな。しかしこれでもう負ける要素はなくなった。行くぞ!」

「兄者! 俺の得意な接近戦で行こうぜ! この姿なら負けるわけないしさ!」

「ふむ、接近戦か……。……いいだろう」

「ヒュウウ! まとめてあの世へ送ってやるぜ!」


 突然変化を遂げたガーゴイルたちを見上げたルィンが。


「な、なんてことだ。奴らの内包する魔力が極端に膨れ上がった。ま、まずいぞ!」

「ちぃっ! まさかこれほどとは。くそったれめ! さっきまではてんで本気じゃなかったってことかよ!」


 明らかに取り乱した様子のルィンが俺たちを向き直り。


「逃げるんだ! 全員塔から脱出しろ!」

「おおっーーーと! 途中退席はお断りだよ」


 いつの間にか入り口をふさいで立つ緑クチバシの弟ガーゴイル。逃げ出そうと駆けだした俺たちはすぐに立ち止まった。

 上空を見ると、赤クチバシのガーゴイルしかいない。弟ガーゴイルは一瞬のうちに入り口まで移動していた。


「い、いつの間に……」


 まるで瞬間移動でもしたかのような速さでやってきた弟ガーゴイルを見て、アリアが表情を固くする。


「さっさと中へ戻りな。今すぐ死にたくなければな」


 ガーゴイルが一歩、また一歩と近づいてくる。

 そのたびに俺たちは後ずさりで塔の中央まで戻される。


「よーし! いい子だ。ちょっぴり寿命が延びたぞ。おめでとう」


 立ち止まったガーゴイルが床を蹴ると、その姿が一瞬のうちに視界から消える。


「き、消えた……!」


 ルィンが慌てて視線を四方へ走らせる。


「上だ!」


 俺が言うとその場にいた全員が一斉に上空を見上げる。

 ガーゴイルは一瞬で天井付近まで戻っていた。


「兄者! そろそろ決めようぜ!」

「そうだな弟者!」


 ガーゴイルたちを包む光の揺らぎが一際強くなる。ただでさえ強かった魔力がさらに一段階パワーアップし、膨れ上がった魔力が塔の上部へ立ち昇っていく。

 嫌な空気がここまでピリピリと伝わってくる。


「な、なんて馬鹿げた魔力……!」


 ルィンはガーゴイルたちを見て驚愕し、固まっている。

 魔力とかわからない俺にすらなんとなくやばいのは伝わってくる。


「さーて。処刑の作業を始めるか。行くぞ弟者!」

「おう兄者!」


 二体のガーゴイルがそろって空を滑り降りる。

 全身から魔力を立ち昇らせながらとてつもない速度で迫ってくる。


「早い! 食らったらただじゃ済まないわ。何とか止めないと」

「くっ! やるしかないな」


 ルィンの全身を包む黒い魔力が見たこともない程に膨れ上がる。


「はああああああああああああっ!」


 立ち昇る膨大な魔力に身を包んだルィンが腕を突き出し。


「くらえ! 漆黒の爆炎イドフレイムッ!」


 叫びと同時にルィンの腕から巨大な黒炎が放たれ、空のガーゴイルへ激突する。


「なに!?」


 腕を突き出しながら滑空するガーゴイルたちは黒炎を生身で受け止めている。

 想定外だったのかその様子にルィンが明確に動揺する。

 しかし黒炎をまともに受けたことで、ガーゴイルたちの降下が鈍くなったのもまた事実。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 叫びながら黒炎に魔力を注ぎ続けるルィン。

 巨大な黒炎はうねりながらガーゴイルたちと衝突を続ける。

 しかしルィンの腕から立ち上る巨大な炎の柱を、ガーゴイルたちは徐々に押し返していく。


「カカカカ! なかなか暖かいじゃーん!」

「ば、ばかな!?」


 すでに相当な疲労を感じさせるルィンに対してガーゴイルたちは余裕の表情でイドフレイムを押し返し、さらに地上へ接近する。

 落下する二つの影のうち一つが、突然炎の射線から外れる。

 緑色のくちばし。弟のほうだ。

 地上へ超高速で滑空してルィンへ接近する。


「ヒュオオオオオオオ!」

「なっ――」


 虚を突かれたルィンが、目の前に迫ったガーゴイルにぎょっとして体が硬直する。

 間髪入れず、弟ガーゴイルが巨大な爪の一撃をルィンに薙ぎ入れた。

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