第23話 十二魔装
「な、なんだよあれ。ま、まさか幽霊じゃ……。……ルィン任せた!」
幽霊っぽい光輝くなにかにビビった俺は、ルィンの肩をぐぐぐ、と前へと押し出す。
「はあ!? な、なんでこんなときだけ!」
俺の押し出しに足を必死に必踏ん張って断固として抵抗するルィン。首だけを俺へ向けて不満を爆発させながら、当然とも言える疑問をぶつけてくる。
「それが貴族の役目だ! そう、つまりお前の役目なんだ!」
「はあ!? な、なんだよその理屈! ラグノが行けばいいだろ!」
「働かないのが俺のビジネス」
「なにバカなこと言ってんだよ! よ、よし! みんなで行こうぜ?」
ルィンに視線を向けられた他の三人は、まるで感情を宿していない顔をすっとそむけた。
「いや、おかしいよね!? てか薄情過ぎん!?」
まだグダグダと言ってるルィンに俺は。
「おかしくねえよ! てか、そのくらい一人でやれよ!」
「お前が一番おかしいよ!? だったらラグノが一人で行けばいいだろっ!」
「働かないのが俺のビジネスだっつってんだろ! あと貴族は平民に尽くせよ!」
全員で行こうなどというヘタレ根性丸だしな貴族に、活を入れる平民の俺。
まったく。なにがみんなで行こうだ。こういう時は犠牲を最小化するもんだ。すなわち一人のいけにえを差し出すのがセオリー且つベスト。そしてそれは普段威張ってそうなルィンの役目だろう。実際威張ってるかは知らないが。いや、でもこいつたまに「平民が~」とか言って馬鹿にしてくるから十分威張ってるな。
「いやいや、お前は国の人間ですらねえだろ! 俺の守るべき対象ですらないからな!」
「いいだろお前、貴族なんだから! 庶民を変なアレから守るのが貴族の仕事だろ!?」
「なんだよ変なアレって!?」
「よーし、任せた!」
俺はルィンの背中をドンッと押した。
「お、おいっラグノ! こ、こんなときだけ都合よく使いやがって……」
ルィンは不満げにぶつくさとボヤくと、一転して今度はびくびくと警戒しながら塔の中央へそろりそろりと忍び寄る。
「な、なあ。……あなたは何者なんだ?」
「私は守護精霊サーティナ……」
その声は弱々しく、心なしか元気がないように感じた。
「――! ということはあなたが洗礼の……」
「そうですか。また王家の人が来たんですね」
うつむきがちに答えたサーティナは、幼い少女のような小柄な体で、やはり幼い容貌をしている。緑色のクリッとした大きな瞳。とがった耳は後上方へ向かって美しく形作られている。草原のようにさわやかな緑色の髪は、床にまで届きそうなほどに長く、まっすぐに伸びていた。縫い目のない白い一枚布の服を身にまとい、足は裸足。そして全身がぼんやりと不思議な光を放っていた。
貴族チェックにより安全っぽいことが確認できたので、俺たちもルィンの元へ駆け寄った。
「なんで泣いてたんですか?」
「最近誰も来ないから寂しくて……シクシク……」
そうルィンに答えるとサーティナは指を目に当て泣きマネをする。形だけのものまねで、別に目元は悲しそうじゃない。なんというか案外お茶目な子だな。
「ウサギかよ……」
俺がツッコミを入れると、上空から唐突に甲高い声が響いてきた。
「カカカ! 兄者! ほんとにいやがったぜ!」
「ヒュウ! 弟者! さっさと片付けて時給を上げるぜ!」
塔の天井付近を、二体の鳥のようなモンスターが飛んでいる。
背後に広がる巨大な翼。長い手足の先には鋭い爪がきらりと光る。頭には黄色い立派なトサカがあり、口には鋭いくちばしが。
兄者と呼ばれたほうはくちばしが赤く、弟者と呼ばれたほうは緑色。
二体のモンスターは天井付近に浮遊したまま俺たちへ敵意を放つ。
「マジかよ。ありゃあ、ガーゴイルじゃねえか!」
目を見開いて二体のモンスターを見つめるグレンが額にうっすらと汗を浮かべる。
「な、なんであんな上位のモンスターが……。おい、精霊! まさかあんな奴らと戦えってんじゃねえだろうな」
「ち、違いますぅ! 私じゃないですうぅぅぅぅ……」
焦りながら答えたサーティナの声は、語尾に向かって消え入りそうなほど小さくなっていく。手をもじもじさせて、不安そうな顔で「あわわわ……」と漏らす。
「でさあ兄者! 王女ってどいつだ?」
くちばしが緑色のほうが、赤色のほうに話しかける。
「王女は女だ」
「カカカ! そりゃそうだぜ! 男なら王子だぜェ!」
「てことはどいつかわかるだろ?」
「ええー? 女は三人いるな」
「一体は光ってる。ありゃ精霊だ。人間じゃない。残り二人のうち片方は騎士、もう片方は村娘」
「うーん……。どっちだ? 鎧のほうか村娘のほうか……。鎧かな?」
「なんでそうなるんだよ。鎧は騎士だろ。姫は騎士じゃねえし」
「でもよお兄者! 姫は村娘でもねえだろ?」
「カモフラージュだよ! まさか村娘の格好してる奴がお姫様だとは思わないだろ? 当然そんな奴は後回しで、狙われにくくなるって寸法よ」
「あー、そういうことか! さっすが兄者だぜ!」
冷静に姫を言い当てた兄者を、興奮した様子の弟者が持ち上げる。
「ただこの服が楽なだけなんだけど。まあ王女ってのは当たってるけどね」
カミラのよく通る声が塔の上部へ飛ぶ。
「らしいぜ? 兄者」
兄者はくちばしを静かに閉じ、鋭い爪を持った腕を組むと。
「……おい弟者。俺は今、恥ぃかかされたか?」
「えっ? そうなの?」
ポカーンとくちばしを開けたまま、状況を飲み込めてなさそうな顔の弟者。
「ああ、完全にそうだぜぇぇぇぇぇ! 当たったのに! 当たったのによぉぉ! あいつが姫だった当たったのに! なのにわざわざ訂正してきてよぉぉぉ! いるかぁ? 今の訂正。いらねえよなあああああああっ! まだ会って数分だってのに、こんな赤っ恥かかされるなんてよぉぉぉぉぉ! 兄のコケンに関わるよなあああ!」
「さっすが兄者! 難しい言葉も知ってる! で、コケンってなに?」
「メンツってことだよおおおおおおお!」
「なるほどなあ! 今ので頭がよくなってきた!」
「よおおし! さっそくだが、くたばれっ!」
兄者が息を大きく吸い込み、胸郭をぷくうと膨らませる。
俺は隣にいるルィンに。
「お、おい! なんかしてるぞ!」
「気をつけろ! 半端な攻撃じゃないはずだ!」
胸郭をパンパンに膨らませた兄者が、口から巨大な火球を吐き出した。
「食らえ! 業火球<ファイアボール>!」
ブオンッ! と空気を切る火球が、一瞬のうちにカミラの頭上へ迫った。そのサイズはカミラの全身を容易に飲み込めるほどに巨大だ。
「カミラ様!」
カミラをかばうように躍り出たアリアが、すかさず腰の剣を抜く。
光り輝く美しい刀身が現れる。
「魔法剣ティルムクイン!」
アリアの叫びに呼応して刀身が銀色の光を放つ。
「はあああっ!」
アリアが気合と共に魔法剣を一振りすると、剣先から銀色の光が飛び出し、落下する火球へ疾走する。
二つの攻撃が空中で激しくぶつかり合い火花を散らした。そして、共に一瞬のうちに掻き消えた。
「ティルムクインだって!?」
「知ってるのかルィン?」
「王宮に保管される十二魔装の一つだ。その剣から放たれる光は圧倒的な退魔の力を持つという。でも十二魔装はいろいろとヤバイ制約があって持ち出せなかったはずだが……」
「本来はそうですが、王の許可を得て今日だけ特別に貸していただいたのです」
掻き消えた火球を見下ろして上空の兄者が顔を歪ませる。
「チィッ! あの武器は相当厄介だぜ。まずはあの騎士をやるぞ!」
「おうともさ!」
応じるや否や、弟者が俺たち目掛けて滑空を始める。
「ヒュウウウウウウウウウウウ!」
一瞬で超高速に達した弟者が高音を立てる。
アリアの剣が再び輝き出す。
「ティルムクイーーーン!」
剣を振りぬくと同時、銀色に輝く光が飛び出し、滑空する弟者へ直進する。
「ゲゲゲェッ!?」
目の前に発生した光に弟者が落下しながら取り乱す。
しかし、加速のついた体は簡単には止まらない。
直後――。
「ぐがあああああああああっ!」
塔に甲高い叫びが響き渡る。
アリアの放った攻撃は弟者に直撃した。
自ら作り出した滑空のエネルギーが仇になった。魔法剣の攻撃をモロに全身に浴びた弟者が、力なく地へと落ちてくる。
しかし地面の直前で。
「うがああああっ!」
気合と共に体勢を直し、床の目前で急停止する。ギリギリのところで床との激突を回避した。
「避けろ弟者アアアアアアアアアアッ!」
上空から兄者の叫び。
前方に向けられた弟者の目が瞬時に細くなり、飛んでくる何かを捉えた。
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