第22話 洗礼
揺れる馬車が平原を進む。
俺たちはカミラ王女の洗礼の儀式を手伝うため、北にあるという王家の塔を目指していた。馬車は、なぜか貴族とかが乗るあの屋根付きの立派なものではなく、干し草とかを運ぶ天井のない簡素な荷台の上で。
「でも珍しいな。グレンがこの手の依頼に快諾するなんて。いつもは、めんどくさがって断るだろ?」
俺の対面に姿勢よく屈んで座るルィンが意外そうな顔で、横に座るグレンに問う。
「ふふん。あの嫌味な大臣にほえ面かかせてやろうと思ってな。あっさりと儀式を済ませて帰れば、あの大臣、きっとまた顔を歪ませるぜ」
どっかりとあぐらをかいたグレンは、片肘で頬杖を突きながらニヤリと笑う。
「そんな理由かよ……。相変わらずだな、お前も」
ほえ面かかせてやると意気込むグレンは実に楽しそう。そんなグレンに隣のルィンは呆れ顔。実に対照的な二人だと思う。性格も髪の色も髪の長さも。
「そんなことねえよ。十分に立派な理由だぜ。な、お姫さん」
「そういうことって大事よね」
俺の横で膝を山にするカミラが、企むような笑みで返す。こいつも大概いい性格してるな。グレンとは性格が合いそうだ。
「そういや、なんで服着替えたんだよ?」
俺の視線の先に座る金髪ロングで超美貌を携えた姫様は、さっきまでのドレス姿ではなく、なぜか村娘風の地味な格好をしている。まあそれでも様になってるのは、さすがはプリンセスと言ったところか。
「なあに? ドレスのほうが好きだった?」
流し目を送りながら問うてくるカミラ。
「まあドレスも似合ってたけど……。って違う! ちょっと気になっただけだよ」
少しドキッとして若干取り乱してしまう。そんな俺に「ふうん」と含みのある感じで投げかけると、カミラはからかうようにニタニタと笑う。
「さすがにあの格好は目立ちすぎるからね。それにこっちのほうが楽だし」
「まあそうだよな」
俺は荷台に揺られながら天井を覆いつくす広い空を仰ぎ見た。雲の少ない高い青空が広がっていて、気分がいい。
「そういえば昨日って、城は襲われなかったのか?」
あれだけのゴブリンがいたんだ。町だけじゃなく城が襲われてても不思議じゃない。
「城にもたくさん遊びに来たよ。追い払ったけど」
「へえ、やっぱり城も襲われたのか……。でもその割には城内は落ち着いてたな」
「要人は町の復興やらなんやらで忙しそうだったけどね」
お偉いさんってのはこういう時でも休めなくて大変だな。
「でもみんなは本当によかったの? こんなよくわからない儀式なんかに付き合っちゃって。パパの口ぶりだと、結構危険らしいけど」
「俺は暇だからいいけど」
ぽけーとしながら俺が答える。
「ぐさあっ!」
「うわあっ!?」
カミラが突然、俺にナイフを突き刺すようなしぐさをする。
「な、なんのマネだよ。びっくりしたな」
「ふふふ。塔に行ったら不意打ち食らうかもよ? 大丈夫かなって試してみたの。この分だとラグノはやられそうね」
楽しそうにいたずらっ子のような笑顔を浮かべるカミラ。
「そんな物騒なところなのか? 王家の塔って」
「さあ? 私も初めてだからわかんない。けどみんな無理はしないでね。危なくなったら逃げてよ。こんな形だけ残ってるような儀式に命かける必要なんてないんだからさ」
「じゃあやばそうだったら遠慮なく逃げさせてもらうぜ。まだ死にたくはないからな」
「そうそう。無理は禁物よ」
その時、先頭で手綱を握るアリアが。
「見えてきましたよ。王家の塔が」
その声に全員が前方に注目する。
俺の視線の先には、天へ向かってそびえたつ塔が草原の真ん中にドカンと建っている。
「そういえば洗礼ってのは何をするんだ?」
軽はずみについてきちゃったけど、大丈夫だろうか。
「簡単よ。守護精霊に認めてもらえばいいの」
「守護精霊? なんだそりゃ」
「あの塔を守ってる精霊。らしいわよ」
「でも認めてもらうって具体的になにをすればいいんだよ?」
「さあ? 私も初めてのことだからさ。わくわくするよね!」
死ぬかもしれないってのに、のんきな素振りのカミラの顔は、いらずら好きの子供みたいだった。
「でも命を落としたものもいるって王様が言ってたし、なんかやばいことさせられそうだな……」
カミラほど楽観的になれない俺は心の中で漠然とした不安を感じた。
馬車が塔の入り口で止まった。
「いっちばん乗りー!」
真っ先に荷台から飛び出したカミラが塔へ向かって小走りに駆けていく。ずいぶんと軽い身のこなしだ。最近のお姫様ってのは体も鍛えてるのか?
カミラに続いて俺たちも荷台を降りた。
塔の前に立ち見上げる。思っていたよりもずっと高い塔だな。そしてずいぶん古い。一体いつごろ建てられたのか見当もつかない。
注意深く観察すると塔を構成する石が風化していることがわかる。相当な年代物ってわけか。遥か昔によくぞこれだけの建造物を作ったよな。
……崩れたりしないだろうな。勘弁してくれよ。
「ふーん、これが王家の塔か。ずいぶんボロっちいのね」
「来たのは初めてか?」
「うん。お城から抜け出すとパパがうるさいし」
カチャリカチャリという金属音に背後を振り返るとアリアが馬車の前で装備を確認していた。
鎧で身を守るアリアの腰には立派な剣が帯剣されている。
装備の確認が終わったのか、アリアも俺たちの元へやってくる。
やはり装備がちゃんとしてるだけあって、どう見てもこの中で一番強そうだ。
「では参りましょうか。塔に踏み入ればなにが起こるかわかりません。みなさん、くれぐれも油断なさらぬよう」
全員が視線を合わせ、無言でうなずく。
アリアを先頭に塔の中へ足を踏み入れる。
「う、なんだこの匂い……」
塔に入った瞬間、なんとも言えない独特な匂いが鼻をつき、俺は顔をしかめた。
何十年も使っていない書斎にでも入ったようだ。
「少々カビ臭いですが、じき慣れますよ」
アリアは充満するカビ臭さなど一切気にせず、周囲を警戒しながらゆっくりと塔の奥へ歩んでいく。ほれぼれするほどの実に堂々とした騎士のふるまい。
その後ろを残り四人がぞろぞろとくっついて歩く。
塔の中は異様に静かだった。そのせいか俺たちの足音が妙に大きく響き渡る。
塔の中をしばらく歩くと、特にトラブルもなく奥の壁に突き当たった。
「……どうなってるの?」
壁の前でカミラが怪訝な顔をする。
「どうしたんだよ? なにかあったか?」
「逆よ。見て! なにもないじゃない」
塔の中は吹き抜けになっていて上を見上げると遥か上空に天井が見える。
上方の壁には窓がいくつもあるのが見える。
内壁に沿うように通路がらせん状に上へ伸びているが……。
「なんだあ? 上にもなんもねえな。いったいどうすりゃいいんだよ。とりあえず通路を上っていけってことか?」
腕を組みながら青い長髪を垂らして天井を見上げていたグレンが、アリアへ視線を向け、尋ねる。
「儀式の内容は国家機密なのです。私も具体的な方法までは……」
「とりあえず、まずは守護精霊を見つけないことには始まらないだろう」
壁にもたれかかったルィンが、冷静に指摘する。
「でもよおルィン。お前その守護精霊とかいうの見たことあるのか?」
「いや。だがこの塔にいるというのなら探すしかあるまい」
「だけどそれらしいもの、どこにも見当たらないわよ?」
カミラは注意深く四方を見渡しているが精霊を見つけ切れないようだ。
「死んじゃったんじゃねえの? 人がこなさ過ぎて」
俺がそう言うとルィンが。
「なんで人が来ないと死ぬんだよ」
「寂しかったんだよ、きっと」
「うさぎかよ!」
キレのあるルィンのツッコミが塔の内部に何重にも反響する。
「シクシク……」
突然、塔の中に聞き覚えのない悲しそうな声が響く。
俺はどこから聞こえたのかわからない声にビクリと震えると。
「な、なんだ!? おい、今なんか聞こえなかったか?」
「ねえ見て! あそこに何かいる!」
カミラの指さす先。塔の中央がぼんやりと光り輝いている。
よく見るとその光は人型に見える。
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