第21話 王女カミラ


 扉の両サイドに立つ兵士が、同時に左右の扉を引いた。

 部屋の中には、いままでの人生で見たこともないような立派な赤色の絨毯が、奥にあるでかい玉座へ向かって敷かれている。

 アリアの後ろから絨毯の上を歩き、玉座の前にたどり着く。


「よくぞ参った。突然呼びつけて、すまなかったな」


 玉座に腰かけた人物が落ち着いた、それでいて貫禄のある声で語りかけてきた。

 俺が頭の中で想像していた王様のイメージとピッタリ合う人物が、目の前に座っている。少し感動。

 部屋の両サイドには多数の騎士が等間隔でずらりと並び、俺たちへ目を光らせている。部屋の中はどことなく物々しい雰囲気に包まれていた。正直、なんだか居心地が悪い。


「この者たちが例の?」

「は! ご命令通り二人を連れてまいりました」


 俺たちの隣に並んで立つアリアが、王の質問に厳かな態度で答えた。


「うむ。ご苦労であった。皆、楽にしてくれ」


 王は柔らかな笑みを浮かべている。


「国王様。我々はどのような用件で呼ばれたのでしょうか?」


 いつもより硬い表情のルィンが、どことなく遠慮がちに質問する。

 なんだよ俺に緊張してんのか? とか言ってきたくせに。お前のほうが緊張してるじゃん。まあいいけど。


「うむ。そなたたちの先日の活躍、わしの耳にも入っておる。身をていして町を守ってくれたらしいではないか。ぜひ直接、礼を言いたいと思ってな」

「べつに気にしてねえよ」

「お、おいグレン! 王の御前だぞ!」


 王の前でもいつも通りなグレンの態度を、焦り顔のルィンが慌てていさめる。


「はっはっは! よいよい」


 二人のやりとりを見て王様が豪快に笑う。

 かと思うと、隣に立つ俺を目に留め。


「……む? そなたは……」

「この者は先日のゴブリン襲撃の際、グレン・ルィンの両名とともに、町の防衛に当たったとのことです」

「ほう! そうであったか。礼を言うぞ、少年よ」

「当然のことをしたまでです。報酬にうまい飯を食わせろなんて思ってません」

「うむ」


 王様は俺のセリフを華麗にスルーした。


「それで、本当の要件はなんなんだい? まさか本当に礼を言うためだけに呼んだわけじゃないんだろう?」


 相手の出方を探るように、王に問いかけるグレン。


「はっはっは! すべてお見通しというわけだな。であれば話は早い。姫よ!」


 王が背後へ呼びかける。しばらくして玉座の後ろにある扉から、俺と同じくらいの年頃の、白いドレスを身にまとった少女が現れた。


「我が娘カミラだ。先日、十六の誕生日を迎えたばかりだ」


 すごい美人だな。それが最初の感想。

 すらりと伸びる長身に、神々しく輝く金色の長髪。聡明そうな顔立ちで、一見穏やかそうな、それでいて鋭い眼光。紅い目。

 王女カミラが玉座の横へ華麗な身のこなしでやってくる。ただ歩いているだけなのに妙に様になる。


「どうしたのパパ?」


 王女のその声は、透き通った、実に聞き取りやすい声だった。


「カミラはこの国の第一王位継承者なのだ。しかし困ったことがあってのう……」


 顔を曇らせた王があごに手を当てる。そして続けた。


「この国の定めでは、王位継承のいかんにかかわらず、第一継承者は必ず洗礼の儀式を受ける習わしとなっておるのだ。しかし姫は女の身……。洗礼を受けるのは酷ではないかと。今はこのような時代であろう? 古いしきたりに、いったい、いかほどの価値があるというのか……」


 王が言い終わると玉座の横に立つ人物がすかさず声を上げる。


「しかし王よ。決まりは決まり。いかに王族と言えど国の定めには従っていただかなくては」

「う、うむ……。しかし大臣よ、そうは言うがのう……」


 大臣と呼ばれた人物は、釣り目がちで人相が悪く、いかにもな悪人顔をしている。さてはこいつ、裏で悪いことやってるな。俺の勘がそう告げている。いや、単純に顔が怖いだけかもしれないけどさ。


「なにを日和ったことを。昔の王族は一人で儀式をこなしたのですぞ。それが現在ではお供の同行を許可される始末。これほどまでに手軽い条件になったのですから、せめて洗礼は受けていただかなくては!」


 大臣は強い口調で言った。


「あら? 別に一人で行ってもいいよ。どうせ大したことないんでしょ? 洗礼なんて」


 大臣の横に立つ姫様は眉一つ動かさず目の前の大臣に言いのける。

 ずいぶん勝気な性格みたいだ。


「ほーう? それはたくましい言葉ですな。しかし姫様、本当にその言葉に責任を持てますかな? 王族の言葉は重いですぞ。まさか軽はずみにそのようなことを言ったとなれば――」

「ぷちん!」


 と言いながら、姫様が大臣の髪を突然容赦なく引っこ抜いた。


「ぎゃああああああああ! わ、わしの大事な毛が!」


 目の前で慌てふためく大臣を見て、姫様が、ぷぷぷ……と笑いを漏らす。

 そして抜け毛を息で「ふっ」と吹き飛ばした。

 何本かの髪が宙をゆらり、と落ちていく。


「なにをするのです!」

「枝毛だったから」


 怒りをあらわにする大臣に淡々と答える姫様。


「枝毛であっても髪は髪! 大切な資源ですぞ!」

「いいじゃない髪の一本や二本。どうせすぐに生えてくるんだから」

「世の中、そうはなっておらん人もいるのです! 神は平等でも、髪は平等ではないのですぞ! あと今、五本は飛んでいったように見えましたが! 絶対普通の毛も抜きましたな!? 私の希少資源を!」

「まあまあ落ち着いてよ、だ・い・じ・ん・さんっ!」


 姫様は片手を腰に当てながら、目の前に迫った大臣のおでこを、人差し指で、つつつと押し返すと、最後にちょんっと強めに押し放した。大臣がバランスを崩し、後ろへよろけ、はずみに「うわあっ」と情けない声を漏らす。

 姫様はそれを見て、口元を手で隠しながら「ぷぷぷぷ……」と笑いを漏らしている。


「ぐ、ぐぬぬ……」


 怒り心頭といった感じでぎりぎりと歯を噛み締める大臣。

 姫様は腰に片手を当てながら、もう一方の手で金色の髪を優雅にかき上げ。


「……べつに本当に一人で行ってもいいのよ。自信はあるから。ちょっとしたお使いでしょう? 一人でできるわ」

「い、いかんぞ姫! おてんばもほどほどにするのだ! 王家の試練はそう生易しいものではないのだぞ! 過去には命を落としたものさえいるのだからな……。一人で行くなどもってのほか! だからこそ、この者たちを呼び寄せたのだ!」


 王が玉座から立ち上がり取り乱す。その様を見たグレンが。


「へえ。そういうことだったのか。じゃあその試練とやらをパスすれば、姫様は晴れて王位継承者なんだろ? めでてえことだな。俺は別に付き合ってやってもいいぜ」

「も、もちろん私も! ヴァンフォウの名に恥じぬ働きをしてみせます!」

「あ、俺もいいっすよ」


 グレン・ルィンの二人に続いて、俺もとりあえずOKしておいた。べつに暇だしな。


「お、おお! そのように快諾してくれるとは! 恩に着るぞ! では三人とも、姫を頼む。アリアや。お前もついていってやってくれ。お前と一緒であれば姫も安心できるであろう。お前たちは幼いころから仲が良かったからのう」

「は! 承知いたしました!」


 冷静さを取り戻した王が玉座に座り。


「洗礼の儀式は城の北にある王家の塔で行われる。では、くれぐれも姫のことをよろしく頼む。カミラ、絶対に無理はするんじゃないぞ」

「適当に遊んでくるわ。期待しててよ、パパ」

「う、うむ……」

「あ、大臣さん! 髪の毛、早く生えてくるといいわね? ぷぷぷ」

「なっ! ぐ、ぐぬぬ……」

「さあて。わたくし忙しいので、このあたりで失礼しますわ。ごめんあそばせ!」


 姫様は、大臣の顔の前でニヤニヤと笑みを浮かべながら、うねうねと指先を動かすように手を振り、真っ先に謁見の間から飛び出していった。

 何ともフットワークの軽いお嬢さんだ。

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