第20話 アリア


「昨日の一件で堪えたからな。万が一の備ってわけよ」


 手を懐に潜り込ませ、さっき買ったアイテムを取り出すグレン。


「こいつはウンディーネの雫と言ってな。この濃度ならたった一滴でかなりの傷まで回復できる。戦闘で相当使えるアイテムだ。かなり貴重な代物でめったに手に入らないのが難点だが、マリーのところに残ってて助かったぜ」


 美しい装飾の施された器の中で、薄っすらと青く輝く液体。水面が揺れるたびにキラキラと光りを反射する。


「回復薬か。便利なもんがあるんだな。……ん? でも回復ならグレンもできるよな? わざわざアイテムを買う必要なくないか?」

「たしかに俺は回復魔法が使える。しかし昨日みたいに大勢に囲まれた状況じゃ魔力を集中させるのが難しい。第一回復してる間に攻撃されちまうからな」


 たしかに戦ってるってのに悠長に回復魔法なんか使ってた日には、敵にボコボコにされそうだな。特に昨日みたいに敵の数が多いときは。


「それに魔力は無限じゃねえんだ。強力な魔法ほどそうやすやすとは使えないんだ」

「へえ。そういうもんなのか……」

「アイテムに頼って魔力消費を抑えるのは戦術としてはわりと一般的だ。足りないものは道具で補うって考えよ。魔法も万能じゃないしな」


 手に持ったウンディーネの雫をそっと胸元に戻すグレン。

 教会に帰ってきた俺たち。扉の前になにやら鎧を身にまとった女の騎士が待ち構えている。

 初めて見る顔だな。いったい誰だ?

 騎士は俺たちに気づくと肩まである金色の髪を揺らしながら、つかつかと歩み寄ってくる。


「あんたは?」


 目の前の騎士にグレンが尋ねる。


「突然すみません。私は王宮騎士のアリア。あなたがグレン殿ですか?」

「ああ、そうだぜ」

「ではそちらがルィン殿ですね」

「ええ、そうですが」

「王宮の騎士がこんな、なんもねえところに何の用だ?」

「あなたたち二人を王宮へ連れてくるようにとの王の命です」

「こ、国王様が? なんで俺たちを……。理由を教えてください」


 アリアの言葉を聞いた瞬間、ルィンの顔一面に緊張が広がっていく。

 国王の命令だって? 何でまた一国の王様がこいつらを呼び出すんだ。


「詳しいことは城にて……。どうかご同行を」


 アリアが俺たちの視線から逃れるように軽く頭を下げる。


「なぜ理由を言わん。やましいことがねえなら言えるはずだ」


 たしかにグレンの言う通りだ。用があるなら普通に言えばいいのに。


「そ、それは……」


 アリアはどことなく気まずそうな顔をすると、目をそらして口ごもる。どうも様子がはっきりしない。グレンの質問に答えてしまうと、何か都合の悪いことでもあるんだろうか。なんかこの子、どことなくうさん臭いな……。ちょっとカマかけてみるか。


「お、おい! この子、俺たちをさらう気だぜ! そんでもって売り飛ばす気だ! きっと近くに仲間が何人もいるはず! 気をつけろ二人とも!」」


 俺は少女の動向を探るべく、一芝居打ってみた。とっさにやってみた割にはまあまあの演技力。


「はあ? 俺たちなんて売ったって大した金になんないだろ。そんな無駄なことしねえって」

「そうだぞラグノ。仮にそうだとしたらわざわざ動きにくい鎧なんて着てこないだろ? もっと身軽な格好で来るに決まってる。そんなこともわからないようじゃ田舎者だと思われるぞ?」


 何なのこの二人!?

 せっかく俺が情報を引き出そうとしてんのにさ!

 もうちょっと乗って来いよ! どっちの味方なんだよお前らは!


「え、えーと。私は人さらいではありません。たしかに王直々の命令を賜ってここに来たのです」


 魔法使い二人は、ちょい目線下げ気味の小ばかにするような目で俺の顔を一瞥する。その後でそろって「はあ」とため息を漏らし、やれやれと言った様子で顔を左右に振った。

 なんで俺が痛いやつ扱いされてんの……。


「すまねえな騎士さんよ。まあ許してやってくれ。育ちの悪い平民の言うことだ。な、見てみなよ。育ちの悪そうな顔してるだろ?」


 言いながらグレンは俺の顔を親指で指す。


「たしかに……。ならば仕方ありませんね」


 俺の顔をじっと見ながらすんなりと納得するアリア。

 いや、否定しろよ! たしかに、じゃねーよ! あと、真顔で見つめるな!


「こいつは旅人のラグノだ。昨日はゴブリンたちからこの町を守ったんだぜ。見えないかもしれねえが、めちゃくちゃ強えぞ」

「――! そ、そうだったのですか!」


 するとアリアがすかさず俺の両手を包み込み、顔を近づけ。


「ラグノ殿! ぜひあなたも、城へお越しください!」

「え? 俺ぇ? な、なんで俺が? 俺べつにこの国の人間じゃないぜ?」


 謎に俺まで誘ってくる女騎士。なんでそんなに城へ連れて行きたがるのか。

 どうすっかなあ。べつにお城に用なんてないしなあ。

 かといってこれといった予定もないから行ってもいいんだけどさ。

 お城かあ。城の奴らって毎日いいもん食ってんだろうなあ。でかいテーブルに並ぶ豪華な食事を。――あ! もしかしてついてったら、俺もうまいもんとか食えたりして!?

 ……しかたねえなあ。わざわざこんなところまで来た子の頼みを無下に断るのも気が引けるし、ついてってやるか!


「いいぜ。どうせヒマだしさ」

「ラグノ。お前なんか下心があるんじゃねえだろうな?」


 グレンが無駄に鋭いツッコミを入れてくる。お前には第六感があるのか。


「し、失敬なやつだな! 俺はこの子の頼みだから行くんだ。少し話してわかった。この子は悪いことをするような子じゃないってな! だから俺はこの子についていく! それだけのことだ。別にうまい肉や果物を食わせてもらおうなんてこれっぽっちも思ってないんだからなっ!」

「懺悔は教会の中でしてくれ」


 グレンがゴミを見る目を俺に向けた後、きれいな目でルィンに視線を移す。

 二人が無言で目くばせしあう。

 一呼吸置いた後、先に口を開いたのはルィンだった。


「わかりました。行きましょう」


 姿勢をピンと伸ばしたルィンは、いつになく真面目な態度で騎士へ語る。似合わねえ……。


「いいのかよルィン?」

「王の用事とあらば断らんさ」

「……ちっ。朝っぱらから忙しいねえ。じゃあ行こうぜ。さっさとな」


 二人の了承を得たことでアリアが顔をぱあっと明るくする。


「あ、ありがとうございます! それでは、さっそくですが参りましょう。実は少し急ぎの要なのです」


 そう言って足早に町の北門へ向けて歩いていくアリア。

 謎の来訪者アリア。

 俺たちは彼女と共にイシュメリア城へ向かうのだった。

 城下町の北門を出た俺たちは、城へ続く小高い丘を登りだす。イシュメリア城は町のすぐ北にそびえ建っている。四人並んでぞろぞろと歩き続けると、ほどなくして丘の上のイシュメリア城に到着した。この距離なら城から町へも簡単に遊びに行けそうだな。

 城についた俺は首を後ろへ傾けながら立ちすくんだ。


「で、でっけえ……」


 思ったよりも遥かに。

 城っていうのは近くで見るとここまででかいものなのか。

 その巨大さに圧倒されて少しビビってしまう。


「なんだよラグノ。緊張してるのか? 田舎もんだと思われるからあんまりキョロキョロするなよ?」

「し、してねーし!」


 小ばかにしてくるルィンの言葉を否定してみたものの、今更ながら場違い感がすごい。

 よく考えたら王様に会うってすごいことだよな。なのにルィンとグレンはいたって普通だ。こういうことに慣れてるんだろうか。

 アリアが入り口を見張る兵士たちに軽く会釈すると、城の頑丈そうな扉が二人の兵士により開かれる。

 城内へ入っていくアリアの後ろをついて、俺たちも城の中へと歩み入る。

 入ってすぐ、廊下に沿ってずらりと並ぶ、高価そうな燭台が目に入る。

 廊下のそこかしこをメイドたちがせわしなく行き交っている。昼飯の準備でもしてるんだろうか。……うまい飯作ってるんだろうな。


「どうぞこちらへ。王がお待ちです」


 アリアが俺たちへ向き直って一声かけると城の奥へ歩いていく。

 その背中をしばらく追っていくと、物々しい扉の前へたどり着いた。

 ほかの部屋の扉よりも一回り以上大きくて、それでいて豪勢な作りだ。


「ここが謁見の間です。さあどうぞ」

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