第18話 道具屋のマリーさん
「敵は内にいるかもってことだ。考えてもみろ。あんなとんでもない数の軍勢に町を取り囲まれたんだぜ? なのに完全包囲されるまで"誰もそのことに気づいていない"。どう考えても異常だろ。内部の犯行と考えたほうが自然だ」
手引きした者がいるってことか。
ルィンは何か言いたそうにしながらも、黙ってグレンの言葉に耳を傾ける。グレンはさらに続ける。
「なんだかよお。最近はきなくせえ話題ばかりだぜ。少し前にも国の要人が失踪する事件が起こったばかりだってのに。しかもそんな事件が一度や二度じゃない。今じゃイシュメリアは呪われた国、なんて言われてんだぜ。もう長くないかもしれんな、ここも」
頭の後ろで腕を組み、ぼやくグレン。
そんなグレンをたしなめるようにルィンが。
「グレン。国を悪く言うのはよせ」
「ああん? んなこと言ったって事実なんだからしょうがねえだろ。……ま、なにもないならそれに越したことはないけどよ。俺の思い過ごしって線も十分あり得るからな」
ルィンとグレンが口を閉じ、なんとなく場がシーンとする。若干空気が重い。
仕方ないから、なんか話すか。
「でもツイてないぜ。昨日といい一昨日といい。これで二日連続で魔物に襲われてる」
「二日連続で? それは運が悪かったな。一昨日はどんな魔物に襲われたんだよ?」
「オーガだよ」
それを聞いた二人の顔が一瞬のうちに驚愕に染まっていく。
「オ、オーガだって!? 本気で言ってるのか? ま、まさかこの土地にオーガクラスの怪物がいたなんて……。いや、でもそんな話、初耳だぞ……」
「え? オーガってそんなにやばい魔物なのか?」
「やばいどころの話じゃない。一体のオーガに滅ぼされた国だってあるんだから。昔読んだ文献にそう書いてあったし」
「オーガなんて特級の怪物が出た日にゃあ国中大騒ぎだぜ」
オーガってそんなやばい魔物だったのか……。
どうやら二人は俺の話に半信半疑のようだ。
つい一昨日、俺はたしかにオーガと戦った。あの正真正銘の怪物と。
あれはマジで怖かった。本気で死んだと思ったもん。
「トット村って知ってるか? 一昨日俺が村を尋ねた時の話なんだけどさ。そのトット村になんとオーガが襲ってきたのよ! こーんな山みてえにでかいオーガが! そりゃあビビったさ」
俺は身振り手振りを交えて臨場感たっぷりの演出をした。
二人が食い入るように俺を見つめる。なんだか楽しい。
「そ、それでその村はどうなったんだ?」
「はっ! んなもん滅んだに決まってんだろ。オーガにかなう人間なんざ、まずいねえからなあ」
「いや。村は無事だよ。オーガは倒したからな」
「はあ? オーガを倒しただあ? いったいどこのどいつが? 相当高位の魔法使いでも連れてかねえと倒せっこねえぞ。いや、それでも勝てんかもしれん」
「俺が倒した」
俺がそう答えた途端、二人が無表情になり沈黙する。
場は静まり返り、やたらと長い静寂が流れた。
な、なんか言えよ!
「……ぷ、ククク。はっはっは! お、おいルィン、聞いたかよ!」
「く、くく……くはははははは! おいおいラグノ! お前、冗談が過ぎるぞ! 普通の人間がオーガに勝てるわけないだろ! もうちょっとマシな嘘つけよな! あははは!」
腹を抱えて笑うルィンに、背中をバンバンと叩かれる。ルィンの横で、グレンも豪快に笑い続けている。
どうやら冗談だと思われたようだ。
たしかに言われてみればオーガはとんでもなく強かったからな。無理もない。普通信じないよな。俺だって逆の立場だったら信じないと思うし。
「ははは。でもいいよな。そういう小話仕込んどけば、ちょいちょい笑いを取れそうだ。俺もなにか考えようかな」
「いや、俺は別に笑いを取るために言ったんじゃないぞ? 実際にあったことを話しただけで……」
「はいはい! わかってます! わかってますとも! ラグノはオーガを倒したんだもんな!」
そう言ってルィンがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回す。
まるでちょっと頭の弱い可哀そうなホラ吹きにでも接するかのような態度だ。グレンも横で「クククク……」と、また笑ってるし。
まったく。こいつらときたら……。
「それにしてもめずらしいな。グレンが自分から道具屋へ行こうだなんて。いつもはついてきてくれって頼んでも嫌がるくせに」
「む……。ま、まあな……」
ルィンの言葉を聞いた瞬間、グレンの顔から笑顔が消え、黙り込む。心なしか憂鬱そうな顔をしている。
なにかあったんだろうか?
「まあ、あんなことがあった後だからな。……止むをえまい」
「なんだよ、何か欲しいものでもあるのか?」
グレンへ横目を向けながらルィンが尋ねる。
「まあちょっとな」
「ふうん? でもこっちの通りもずいぶんとやられてるみたいだ。この分だと復興までしばらくかかりそうだ。ラグノは災難だったな、来たばかりだってのに」
「うん。でもべつに急ぐ旅でもないからさ。のんびりやっていくさ。そういや道具屋ってどのあたりなんだ?」
「もう目と鼻の先だぜ。建屋が残ってればの話だがよ」
俺たちが今歩いているのはイシュメリア城下町の西区画。ここは商業地区として栄えているらしい。
大通りを歩いていると、ところどころ半壊した建物が目に入る。中には全壊に近い建物まで。それらが襲撃の激しさを物語っていた。
今は町中の人が駆り出されて復旧作業に追われているようだ。
西通りをしばらく歩き、町の中央と西門を結んだちょうど中間あたりまでやってきたとき。
「あれ? あそこにいるのマリーさんじゃないか? ほら、壊れた家の片付けしてる」
「う……。どうやらそのようだな」
「誰だよマリーさんって?」
「道具屋のお姉さんだよ。な、グレン!」
ルィンがニヤニヤしながらグレンの背中を勢いよく叩く。
はずみにグレンの体がわずかに前へよろめく。
「あ、ああ。そうだな」
「おーい! マリーさーん!」
ルィンが笑顔で手を振る。
声の先では数人が作業しているので、どれがマリーさんかまではわからない。
「あらー、ルィンちゃんじゃないの! 久しぶりねえ~!」
おお、あの人がマリーさんか。
お姉さん……と言えばお姉さんなんだろうが。
ふくよかな体型におっとりとした表情。
全身を真っ黒なローブに包んでいる。
見るからに魔法使いっぽい。まあこの町にいるってことはその可能性は高そうだ。
年齢はよくわからないが確実に十代でないことはわかる。
マリーさんは壊れた家の瓦礫処理を手伝っているみたいだ。
その時、マリーさんの全身がビクンと雷に打たれたみたいに反応し、顔色が変わる。
「グ……、グ……」
マリーさんの目がぐわりと見開かれ。
「グレンちゃああああああーーーーーーーん!」
ドタドタドタッと体型に似合わないスピードで俺たちの元へ一瞬で走ってくる。めちゃくちゃなフォームなのになぜか異様に早い。
そしてそのスピードのままグレンに飛びつく。
「うおおおおおおおおおっ!」
グレンが飛び掛かってきたマリーさんの顔を両手で押し返す。
マリーさんの腕が宙をもがくようにぐるぐると回転する。
グレンは咆哮を上げ、迫り来るマリーさんの前進を必死の形相で防いでいる。
「グ、グレンちゅああああああああああーーーーーん!」
それでもマリーは止まらない。
今だ宙に浮いたままバタバタと足をバタつかせ、グレンへの突進力を維持している。突進力が衰えないように腕と足でパワーを作り続ける。
き、器用な技だ……。
「はあ……はあ……はあ……」
数分後、俺の前に立つグレンは全身で息を切らせていた。
「あらあら、そんなに汗かいちゃってえ~。風邪ひくわよ?」
言いながらグレンの額の汗をハンカチで拭うマリーさん。
「うるせえっ! おめえのせいだろが!」
「ふふ! 元気そうで安心したわあ~!」
グレンの前で目を輝かせるマリーさん。
「会うたびにこれじゃあ体力持たねえぜ……」
やれやれとグレンが腰に手を当てる。
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