第15話 伝説のボス


 集まってきたゴブリンたちがざわつき出す。


「キゲ!? な、なんてっこた! みんなやられちまってるじゃねえか!」

「グキキ……。ど、どういうことだ? まさかあの三人にやられたのか?」

「馬鹿な! たかが三人にこれだけの同胞が倒せるわけないだろ!?」

「と、とにかくこいつらやべえぞ! ゆ、油断するなよ!」


 慌てふためくゴブリンたちは、広場の様子に警戒したのか、離れた位置に立ったままなかなか襲ってこようとしない。

 しかし一匹のゴブリンが。


「お、おい! あの魔法使いもうすぐ力尽きるんじゃないか?」


 疲労困憊のルィンを見てそんなことを言うゴブリン。

 それを聞いたルィンがゼエゼエ言いながら鬼のような形相でゴブリンを睨みつけ、腕を構える。


「ひいっ! き、気をつけろ! 野郎、まだやる気だぜ!」


 ルィンの鬼気迫る様子を警戒したゴブリンたちは、攻める気をなくしたのか、沈黙を守ったまま一匹たりとも動こうとしない。

 ――と。

 突然、どしんどしんと大きな振動が足元から伝わってくる。

 まるで地震でも起こったかのように広場全体が揺れる。


「じ、地震……?」


 俺が震える足元を見ながら声を上げると、すぐ横に立つグレンがなにかに気づく。


「お、おい! なんだよありゃ……」


 どこか遠くを見上げながら固まるグレン。

 その視線の先をたどると――。


「な、なんだあの化け物……!」


 少し離れた場所に屋根の上から顔をのぞかせる、とんでもなくでかい怪物がいる。

 怪物は大きな一歩を踏みしめてここへ向かってくる。そのたびに地響きが発生する。


「ま、まさかあれは……ホブゴブリン……?」

「知ってるのかルィン!? ……ルィン?」


 呼びかけるが反応はない。

 見ると、ルィンは俺の横で巨大な怪物を見上げたまま呆然としている。その顔が引きつりだし、みるみるうちに青ざめていく。


「だ、大丈夫かルィン?」

「ぶ、文献で見たことがある。ゴブリンの上位種にホブゴブリンという魔物がいると。ゴブリンとは比較にならない力を持ち、一国の軍隊をも葬り去れるという。伝説上の生き物と記されていたのに……。ま、まさか実在するとは……」


 ルィンの説明を聞いてるうちに、ホブゴブリンの巨体が広場に到着する。

 全体的な顔の作りやとがった耳や鼻はたしかに他のゴブリンと似ている。肌は血色の良い青緑。

 そしてなにより、ほかのゴブリンたちとは別格の体格が真っ先に目を引いた。その体は民家よりも大きく、広場に大きな影をつくる。

 さらにその図体は横にもでかい。まるで大木のようだ。あんなので突撃したら家すらも簡単に粉々になるだろう。身体のでかさはあのオーガさえも遥かにしのいでいる。

 な、なんでこんな化け物まで……。


「ウイ~~~。どうしちゃったんだあ~~~い? なあんか困ってる感じの声が聞こえたねえ~~~」


 バカみたいにでかいホブゴブリンのバカでかい声がビリビリと空気を震わせる。

 巨体から放たれるただでさえ強い威圧感が、何倍にも増した。


「「「ボ、ボスぅ!」」」


 ホブゴブリンの声を聞いて、広場のゴブリンたちが一斉に反応する。

 ゴブリンたちの顔からさっきまでの焦りが消え、皆歓喜の表情を浮かべている。


「みんなぁ~~~。ボスだよぉ~~~! 元気ぃ~~~?」


 ホブゴブリンが両手を大の字に広げながら眼下のゴブリンたちへ微笑む。


「うおおおおおお! ボス来たああああ! これは勝ったな!」

「もうなにも怖くねえ! いつでもかかって来いよ小僧ども! ヒャッハー!」

「ゲへへへ! 小僧ども! お前らマジで運がなかったなあ! ボスが直々にお越しくださったぜえ! おめえらもう完全に終わっちまったぜ! かわいそ」

「これで安心して故郷へ帰って結婚できるぜえ!」


 ボスの登場を一様に歓喜するゴブリンたち。

 さっきまでビビりまくってたのが嘘のように勢いづく。


「ハハハ! みんな元気出てきたじゃ~ん! よかったねえ~~~。……うん?」


 ボスが視線を下げたままポカンとした顔で黙り込む。

 その視線の先には広場に転がる無数のゴブリン。


「い、いっぱい倒されてるじゃねえかあああああーーーーーー! お、俺の家族を! ファミリーをっ! な、なんでファミリーがこんなアリンコみてえにやられてんだッ!? だ、誰だ、誰なんだっ! ファミリーの命を奪った大馬鹿野郎はァッ!」

「あ、あのガキどもでさあ!」


 ボスの足元で一匹のゴブリンが俺たちを指さす。


「な、なんてことを……。なんてことをっ。なんてことをっ! 世の中にはなあ! やっていいことと悪いことがあるんだよおおおおおーーーー! そんなこともわからねえのかあ! おめえら、いったいどんな教育受けて育ってきたんだあああッッッ! い、命を粗末にする大馬鹿野郎は死ネッッッ!」


 怒り狂ったホブゴブリンが、俺たちへ巨大な腕を振り下ろす。

 その巨体から繰り出されたとは思えない素早い攻撃が俺たちを襲う。

 は、早い! こんなでかい図体で……!


「よ、避けろオオオオーーーー!」


 グレンの叫び。俺たち三人は一斉に飛び退き、攻撃の軌道から外れる。俺は左へ、グレンとルィンは右へ。

 巨大な掌が誰もいなくなった地面を叩きつけ、舗装された路面を破壊し、地面に巨大な手形を作る。

 あ、あの分厚い舗装をまるで角砂糖みたいに――! な、なんてパワーしてやがるっ……。


「ひ、ひどぉいよお~~~! 俺たちがなにしたってんだよおおおおおおお! たかが国ひとつ潰そうとしただけでさああああああ! たったそんだけで、こんなたくさんのファミリーを! ひどすぎるっ! 悪魔的だッ! こんなひどいこと、神が絶対許さないッ!」


 叫びながら分厚く巨大な手のひらを横に振るホブゴブリン。

 人を何人も同時に握り潰せそうな、巨大な手のひらが、ルィンとグレンへ襲い掛かる。死を直感させるほどに脅威的なその圧力。

 即座に反応した二人が飛び上がり、手のひらの脅威を免れる。


「はい残念ぇ~~~~~~~ん!」


 飛び上がった二人を見た瞬間、ボスが反対の拳を突き出す。

 すでに空中へ飛び出し、身動きの取れないルィンへ、巨大な拳が迫りゆく。

 ボスがニタリと笑い。


「二段ジャンプはできるかあ~~~い?」


 ボスの攻撃は完全にルィンの体を捉えている。

 まずい! ルィンはもう身動きが取れない!


「ぐっ!」


 完全に虚を突かれたルィンが、空中で苦しそうに顔を歪ませる。

 ルィンの全身よりも巨大な拳が、身動き不可能なルィンへ迫る。


「――イドフレイムッ!」


 ルィンの叫び。それと同時に巨大な黒炎が宙に舞う。

 黒炎がホブゴブリンの拳を包み込む。


「ぐげああああああああああーーーーーー!」


 ルィンの目前で、ホブゴブリンの拳が巨大な黒炎に包まれ、燃え上がる。


「「「ボ、ボスゥゥゥゥーーーーー!」」」


 ボスを見上げて絶叫するゴブリンたち。

 辛くも難を逃れたルィンとグレンが無事着地する。

 うめき声を上げながら反対の手で焼けた拳を包み込むボス。

 燃え盛っていた黒炎が次第に消えていく。


「じゃあ~~~~ん! 安心してよみんな~~~! ちょお~~~ぴり熱かったけど、ほら! もう平気さ! クンクン! う~ん、こんがり焼けていい匂い! はっはっはっは!」


 ボスが燃やされた手をグーパーして、眼下のゴブリンたちへにっこりと無事をアピールする。

 焼けた拳は赤く腫れてはいるものの致命傷とまでは言い難い。この感じだと普通に攻撃に使えそうだ。


「ば、馬鹿なっ……! イドフレイムが効かないだと!?」


 平然とするボスにルィンは驚愕して目を見開いた。

 おいおい、ゴブリンの大群を一発で葬れる魔法だぞ。それを軽いやけどで済ますなんて……。なんてタフなやつだ。


「さすがだぜボスぅーーーー!」

「無敵ィィーーーーーー! 完全不滅ゥゥーーーーーー!」


 元気そうなボスを見て、広場のゴブリンたちが歓喜する。


「ふっふう~! あの人間は魔法使いなんだねえ! しかもかなり手練れと見たよおおお~~~! さすが魔法の国だあ、楽しませてくれるねえ! でも今後は注意だねっ! ――てことでえ!」


 ボスがその巨体の向きを急激に変え、俺めがけて飛び上がった。


「こっちの弱っちそうな君から始末してあげるよ~~~!」

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