第14話 漆黒の爆炎
ちょ、いくら何でも増えすぎだろ!?
なんなんだよ、このふざけた数は!?
数えるのもうんざりするほどのゴブリンが教会前広場を埋め尽くす。
こいつらは個々では、さほど強くない。そうは言っても、こんなふざけた大群で押し寄せられたら話は別だ。
俺の攻撃じゃ一体ずつしか倒せないし……。
こんな数をいちいち倒してたら日が暮れちまうぞ。
どうすりゃいい……。
二人が何とかしてくれないかな……。俺はチラリと横を見た。
ルィンとグレンの顔に浮かぶ焦りの色。二人は固い表情で広場の動向を固唾を呑んで見守っていた。特にルィンはガクガクと足を震わせながら。
……どうやら厳しそうだな。
と、一匹のゴブリンがヒタリと一歩前へ歩き出て、俺たちの目の前であざ笑うような顔で。
「ヒヒヒヒッ! なんだあ? てめえらたった三人っぽっちかあ? そんなんで勝てるわけねえなあ。どうする? 降参するか?」
「おいおい、降参したら見逃してくれるってのかよ。ずいぶん気前がいいじゃねえか」
訝しい表情を浮かべて応酬するグレン。
たしかに都合のよすぎる話しだ。相手のメリットがまるでない。
「俺たちも鬼じゃねえからなあ」
「はっ! 鬼の言うセリフかよ。……ただで逃がすつもりなんてないんだろう? どんな下心があるんだよ」
「なあに、簡単なことだ。子供たちの命で見逃してやる」
そう言ってゴブリンは教会を指さした。
ゴブリンの言葉を聞いた瞬間、ルィンがピクリと眉を動かし。
「なんだと?」
「俺は見てたぜえ! 三人のチビが教会に逃げてくところをなあ! そいつらを差し出して泣いて謝れば、お前らだけは見逃してやってもいいぜ。へっへっへ。さあどうする?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ! てめえらなんかに下げる頭は持ってねえ」
グレンがとても追いつめられているとは思えない態度でゴブリンの要求を突っぱねる。……肝の座ったやつだ。とは言ってもその顔には焦りが滲んでいる。
「ヒャハハ! じゃあ中の子供ともども死ぬんだなあ! せっかくお前らだけは見逃してやるっつってんのによお。こんな慈悲深いことねーじゃねえか」
周囲にいる無数のゴブリンたちが瞳を爛爛とさせながら、じりじりと俺たちとの距離を詰める。
……数が多すぎる。相手にするのは無理だ。
かといって子供たちを差し出すなんてもっと無理だ。
ゴブリンは圧倒的な戦力の優位を利用して俺たちに理不尽な選択を迫っているように見える。嫌らしく笑うその顔から、おそらくそうやって俺たちで遊んでいるんだろうとわかる。
「て、てめえ……」
奥歯を噛み締め、ワナワナと震えるグレン。
今にも殴り掛かりそうな雰囲気だ。
しかしこの数が相手では……。
――と。
「よせグレン」
ルィンが、前のめりになるグレンを腕で制止する。
「この手の輩が約束なんて守るわけがない。子供たちを差し出せばその後は俺たちも始末するつもりだ。まともに応じる必要なんてない」
ルィンはさっきまでの慌てた様子はなく、今は冷静さを取り戻している。
「な、なんだ貴様その口のきき方はッ! な、生意気なガキだああーーーーー! 決めたぜえ! てめえら全員ぶっ殺して、中のガキもド頭カチ割ってやるぜぇぇぇーーーー!」
手前に立つゴブリンのそのセリフをきっかけに、広場のゴブリンたちが咆哮を上げ一斉に襲い掛かってくる。
無数のゴブリンたちの行進が地面を振動させる。
頭上高く上げられた無数のこん棒が俺たちへ一直線に向かってくる。
俺たちの背後、数歩の場所には教会の扉。逃げ場はない。
圧倒的軍勢に追いつめられているというのに、ルィンはひどく冷静だった。
「ラグノ、グレン! 下がっていろ!」
その瞬間、ルィンの全身が黒い炎に包まれていく。
「やべ、下がれラグノ!」
言いながらグレンが後方へ飛んだ。
なんかよくわからないが、雰囲気から察するに黙って従ったほうがよさそうだな。俺もグレンに倣って後ろへ避難した。
ルィンを包む黒い炎がさらにその激しさを増し、天へ向かって柱となって立ち昇る。
ゴブリンたちはすでに目前。
「くたばれやクソガキィィィィ!」
目の前まで迫ったゴブリンが咆哮を上げながらこん棒を振り下ろす。
ゴブリンの攻撃が直撃する寸前、ルィンは右腕を前方へ構え。
「消え失せろ! 漆黒の爆焔イドフレイム!」
ルィンの叫び。
同時、ルィンの右手から黒い炎が噴き出した。
黒炎は爆発的に広がり、向かってくるゴブリンたちを次々と飲み込み、一瞬のうちに広場全体を激しく包み込む。
同時に起こったすさまじい爆風がルィンの赤い髪を激しく揺さぶる。
爆風はルィンの後ろに隠れている俺の体をも激しく包んだ。まるで台風でも起こったかのような強烈な爆風に包まれ、俺は反射的に目の前を手で隠した。
な、なんてとんでもねえ威力だ……!
広場のそこかしこから上がる断末魔。
しばらくすると爆風は収まり、広場に静寂が訪れる。
一撃。たったの一撃で、広場に群がっていたゴブリンたちは一匹残らず吹き飛んだ。
吹き飛ばされたゴブリンたちが広場のそこら中に横たわる。
起き上がるものは一匹もいない。
放たれた魔法は完膚なきまでにゴブリンたちの群れを打ちのめした。
「ヒュー。相変わらず、とんでもねえ威力だな、魔法使い」
ルィンの背後に隠れていたグレンが立ち上がり、魔法の威力に舌を巻く。
「す、すげえ……。あの大量のゴブリンが、たった一撃で……。い、今のが魔法なのか?」
「ああ」
ルィンが冷静な表情で広場を見つめながら答える。そして服のホコリをさっと払った。
「す、すげえんだな魔法って……」
言葉を失った。
俺はルィンが放った魔法の反則級の威力にただただ感心することしかできない。
広場の敵が片付いたのもつかの間。後続のゴブリンたちがぞくぞくと集まってくる。
「お、おい! おかわりが来やがった! せっかくルィンが倒したってのに」
「ちっ! わらわらわらわらと……。どんだけいやがるんだ、こいつらはよぉ」
苦い顔でぼやくグレン。
まったく同感だぜ。本当にどうなってるってんだ。
つい今しがた片付いたばかりだってのに、すでに教会前広場はゴブリンで埋まりだしている。そのうえ遠くからは、いくつものヒタヒタというゴブリンの駆ける足音がする。
こ、こんな調子じゃマジで夜になっても終わんねえぞ……。
あっという間に広場を大量のゴブリンたちが埋めた。
「ヒヒヒヒヒ! まだ残ってる人間がいやがった! まあすぐにあの世へ送ってやるがなぁ!」
そう言い捨てるとゴブリンが飛び掛かる。周りのゴブリンたちもそれにならって襲い掛かる。
「ルィンもう一発だ! あの魔法を頼む!」
この数は普通にやってもどうにもならない。この状況を切り抜けるにはルィンの魔法しかない!
「任せろぉ! イッドフレイムゥ!」
ルィンが威勢よく唱えると、再び広場に舞う黒い爆炎。
相変わらずすさまじい威力の魔法が広場の支配権をゴブリンから取り返す。
その圧倒的威力の前にゴブリンたちはなすすべなく吹き飛んでいく。
しかしそれもつかの間、すぐに広場はゴブリンで一杯になる。
「くっそー! また集まってきたぞ! ルィンもう一回頼む!」
俺はルィンに軽々しく魔法を頼んだ。
「ま、任せとけ! イドフッレェイム!」
ちょい疲れ気味なルィンが気合の叫びを上げると、黒炎が再びゴブリンの大群を一掃した! 強い!
しかし――。
ヒタヒタヒタヒタ……。あーまた来た。
「な、なんて数だぁ! まーたまた集まってきたぞぉ!」
「はっ! 大丈夫だラグノ! こっちにはルィンがいる。頼むぜ相棒ぅ!」
グレンはゼエゼエと息切れするルィンに無情にも爆炎魔法を要求した。
「わ、わかった……。イ、イドフレーーーイムッ!」
顔を崩しながら、ルィンが喉からふり絞って唱えるその魔法名。
またまた巻き起こる黒炎――。
一撃。そう一撃でゴブリンの大群が吹き飛ぶ。
しかし――。
「へっへっへ! まぁた来やがりましたぜぇ! ルィンの旦那ぁ。やっちまってくだせえ!」
俺は三下ムーブで媚びへつらいながらルィンにイドフレイムをお願いした。
しかしルィンは両ひざに手を乗せながら、ゼエゼエと呼吸を乱している。顔は疲労に歪み切って今にも倒れ込みそうだ。
「いや、多いって! 多いってえ! ていうかお前らも、ちょっとは手伝えよ!」
ルィンが死にそうな顔をしながら唐突に怒りだす。
「だって俺のパンチで一匹ずつじゃ、キリないぜ?」
「おめえが適任なんだからちったぁ気張れよ魔法使い」
俺が言うとグレンもそれに便乗する。
俺はさらに続けた。
「ホラまた溜まってるよ? さっさとイドフレ撃ってよ~」
「そうだぞ魔法使い。ここが人生の正念場だぜ?」
「お前ら……」
ルィンは汚物を見る瞳で俺たちを見つめた。
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