第13話 インビジブル


「き、来たぞグレン!」

「見りゃわかる」


 取り乱すルィンとは対照的にグレンはいたって冷静だ。


「み、緑の方たちが大量にいらっしゃったーーー! なんだあいつら!?」


 俺は謎の生き物を見ながら目をひん剥いて叫んだ。

 俺たちが話してる間にも、広場にぞろぞろと集まってくる薄緑色の魔物たち。


「ありゃあ小鬼<ゴブリン>だな。一体一体の戦闘能力は大したことないが、群れると厄介だ。そして大量に群れてやがるからすげえ厄介だぜ」


 ゴブリンは俺やルィンよりも少し小さいくらいの体格で、全体的にやせ型。

 片腕に自身の体の半分以上はある巨大なこん棒を握っていた。

 そしてとがった長い耳と鼻を持ち、目つきが悪い。


「ちいっ! 気をつけろ! こいつら武装してやがる。油断するとまずいぞ! ラグノ、おめえは戦えるのか?」

「たぶん!」

「上等だ! 気ぃぬくなよ、お前ら!」

「で、でもグレン、この数だぞ! 見えるだけで軽く二十はいる。俺たちだけじゃあ……」

「うるせえ! 弱音吐いてる暇があったら周りに集中しろ! どうせ逃げ道なんかねえ。やるしかねえんだよ。ハッ! 死にたくなければ死に物狂いで働けよ! ……期待してるぜ魔法使い」


 膨大な数のゴブリンを前に、ルィンはかなり怯えている。グレンの激を受けても、表情はいまだに硬い。

 俺たちを囲んでいるゴブリンたちが奇声を上げながら、こん棒を引きずり、あるいは振り上げながらヒタヒタと足音を立てて走ってくる。


「キヒーーーーー! くたばれボウズ!」


 ルィンに迫ったゴブリンが、甲高い奇声と共に頭上高く持ち構えたこん棒を振り下ろす。


「うわあああ!」


 驚いている割には悪くない反応で後方に飛びのき、こん棒の直撃をなんとかかわしたルィン。鼻先をこん棒がかすめていった。


「距離を取れルィン! 接近戦は不利だ! こん棒の間合いに入るな!」

「わ、わかった」

「キヒヒ……。運のいい小僧だ。だが幸運は何度も続かんぞ!」


 ニタニタと口元を歪ませて、ゴブリンが再びこん棒を振りかざす。

 そして振り上げたこん棒を――。


「ヒヒ! 潰れちまいなクソガキいッ!」


 突然方向転換したゴブリンが、俺めがけて不意打ちを放つ。

 予想外の攻撃。俺は迫り来るこん棒の動きをただ見つめたまま、まるで現実感のない目の前の状況を飲み込めずにいた。


「避けろラグノ!」


 グレンの叫び声が耳に届き、はっと我に返る。

 まっすぐに振り下ろされたこん棒はすでに俺の目前に迫っていた。

 ああ、完全に反応が遅れた。

 迫り来るこん棒を棒立ちになりながら見つめる。

 よ、避けきれない……!

 こん棒がぶつかる瞬間、俺はとっさに片手を前に出した。


「ギゲエエエエェェェッ!?」


 驚きに満ちたゴブリンの叫び声。

 こん棒は俺の手の中で止まっていた。

 止められた……。

 無意識とはいえ、自分の行動に自分で驚く。


「なっ……ど、どうなってやがる! 俺様の攻撃を片手で!?」


 俺の真ん前でゴブリンが動揺している。

 最初は武器を持ってるからビビったが、今の攻撃でよくわかった。こいつらオーガよりも遥かに弱いぞ。まあ見るからにオーガよりも小さくて非力そうだいしな。

 束になったら話は別かもしれないけど、一対一ならハッキリ言って負ける気がしない。


「お、お前こん棒を素手で!?」

「お、おめえどんな分厚い手の皮してんだよ! 普通そんなことしたら皮膚が破け飛ぶぞ」


 隣でルィンとグレンが信じられないものを見たかのように目を見開いて驚いている。逆の立場だったら俺も同じ反応をするだろう。どうやら俺の体は耐久力もものすごく上がっているらしい。


「ギゲゲェェェ!? は、離せ! 離しやがれ!」


 ゴブリンが必死の形相で俺の手からこん棒を引っこ抜こうとする。

 顔を赤くしながら腰を落として両腕でこん棒を後ろへ引っ張っている。

 しかしこん棒は微動だにしない。

 こん棒を介して俺の手に伝わる力は微々たるもので、このゴブリンは本当に力を入れてるのか? と疑わしくなるほど弱々しかった。意識してないと力が込められていることにすら気づかないレベルだ。だというのにゴブリンはすでにゼエゼエと全身で息をしている。


「ウヌヌヌ! チ、チクショウ! てめえ離しやがれえええええええ……!」


 俺は言われた通り、パッと手を離した。


「キゲエッ!?」


 勢い余って後ろへよろめき、背中から地面に倒れ込むゴブリン。


「ヌ、ヌググ……。痛えな! なにしやがる! 急に離すんじゃねえ!」


 ゴブリンは尻もちをついたまま、ギロッと敵意むき出しの顔で睨んでくる。


「なんだよ。離せって言ったから離してやったんだぜ」

「テ、テメェ、舐めた真似しやがって! 万死に値する! 今すぐあの世へ送ってやらあ!」


 尻もちをついていたゴブリンが勢いよく立ち上がると、こん棒を掲げて飛び掛かる。

 ゴブリンが天へ掲げたこん棒を、俺の頭めがけて、何のためらいもなく振り下ろす。冷静に考えてひどいことをする奴だ。

 俺はゴブリンの攻撃をかわすと同時に、その背後に回り込んだ。


「き、消えた!? 馬鹿なっ!? あのガキ、ど、どこ行きやがった!?」


 俺の目の前でゴブリンの後頭部があちらこちらへ動く。

 そのたびに俺は、ゴブリンの視界に入らないように、サッ、サッと身体を移動させる。


「チ、チクショウ、あの糞ガキィィィ! ど、どこだーーーーーーーっ! どこに隠れやがったーーーーーーーーーー!」


 ぷぷぷ。マヌケだなあコイツ。まだ気づかないでやんの。


「お、おい! 後ろだ! 後ろにいやがるぞ!」


 別のゴブリンが俺を指さしながら叫ぶ。

 その声に反応して、俺の目の前にいるゴブリンが、俺へ振り返ったので、それを超える速さで、背中側へ回り込む。


「いねえぞ!?」

「ば、ばかっ! 後ろだって!」

「ど、どこだよ! いねえじゃねえか! おめえ、俺をからかってんじゃねえだろうな!?」

「こんな時にそんなことするわけないだろ! だから、後ろだって! ほら! また動いた! あー、なにやってんだよマヌケ!」

「く、くそーーーー! コソコソしてねえで、かかってきやがれ! そんなに俺が怖ぇのか!?」


 俺は足を止めた。目の前のゴブリンが振り返り、目が合った。

 ゴブリンがぎょっと目を見開く。


「よお」

「ゲ、ゲゲ!?」

「ふんっ!」

「ぐええええーーーーーーーーー!」


 ゴブリンのあごにアッパーをお見舞いする。ゴブリンは俺の攻撃に反応すらできず、拳がクリーンヒットした。

 ゴブリンの体がすさまじいスピードで浮かび上がり、町の上空を遥か彼方へ飛んで行く。そしてその姿はあっという間に見えなくなった。


「これが俺の対ゴブリン用必殺技、インビジブルゴブリンだ。これを食らったゴブリンは俺の姿を見ることができない。決してな」


 俺は適当な技名をつけてキリっとした顔つきで披露した。


「それだとゴブリンのほうが透明みたいな……」


 近くのゴブリンが鋭い指摘をかましてきた。

 い、痛ぇとこ突きやがる……。


「……う、うるせえ! 細かいことを言ってはイケナイよパーーーーーンチ!」

「ぐげゃあーーーーーーーーーーーー!?」


 痛い指摘をしてきたゴブリンに無慈悲アッパーをぶち込む。

 さっきのゴブリン同様、そのゴブリンもまたたく間に空の彼方へ消え去った。

 俺はゴブリンの正論を暴力でねじ伏せることに成功した。パワーは勝つ!

 そうこうしていると、間髪入れず別のゴブリンが襲い掛かってくる。まるで休ませる気がないらしいな。

 俺は振り下ろされるこん棒を後方ジャンプでギリギリの間合いでかわす。そして着地した瞬間、地面を強く踏み込み、前方へダッシュして一気に間合いを詰めた。


「うぎゃ!?」


 一瞬で目の前まで来た俺を見て、ゴブリンが短い悲鳴を上げる。

 しかしすぐに我を取り戻すと。


「な、舐めるなあ!」


 ゴブリンは引きつった顔のまま、すでに振り下ろされたこん棒を今度は下から払いあげようとする。俺はその動作が始まったのを見た瞬間、ゴブリンの懐へ素早く潜り込んで、ボディへパンチを一発お見舞いした。


「グゲボアーーーーーーーーッ!」


 ゴブリンが町の上空を吹き飛ぶ。町に本日何度目かの打ち上げ花火が上がった。


「う、うおおおーーーい!? な、なんだ!? おいラグノ、お前今何したんだよ!?」


 まるで信じられないものでも見たかのように表情を崩し、取り乱すルィン。


「今のか? 今のは……ただのパンチだ」

「いや、ただのパンチにあんな威力があるわけないだろ!? も、もしかして、なにか魔法でも使ってるのか? お、お前、魔法使いなのか?」

「たぶん違うんじゃないかな? わかんないけど」


 そう。本当にわからない。


「おいおい。自分のことだってぇのに、えらく適当だな。……おめえはいったい何者なんだ?」

「ただの旅人だよ」

「ただの旅人がそんなに強ぇかよ。……ま、いいや。言いたくなければ無理には聞かねえさ。前に集中したほうがよさそうだしよ」


 グレンの言葉で周囲へ意識を向けると、膨大な数のゴブリンが、すでに俺たちを囲み終わっていた。

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