第12話 緑のなにか
「なにか様子がおかしい!」
周囲の空気が張り詰める。明らかに先ほどまでとは雰囲気が変わった。まるで町全体が物々しい空気に包まれていくようだ。
教会前の広場を、取り乱した何人もの人が恐怖におびえた様子で走っていく。まるで何かから逃げるように背後を気にしている。
俺は逃げ惑っていた一人を捕まえて話しかける。
「な、なあ! どうしたんだ? なにかあったのか?」
「で、出たんだよ! 魔物だ!」
蒼白な顔をしながら男性は震えている。
視線がまともに定まらず、動揺しているのが見て取れる。
「……つってもそれらしい影は見当たらねえぜ?」
するとルィンが何かに気づいたようにポンと手を打ち。
「あ! もしかして魔物って、祭りの出し物のでっかいぬいぐるみのことか? あれよくできてたよな」
「ち、違う! 本物の魔物だ! そ、外に! 外にいるんだよ! 町の外を、ま、魔物の大群が囲んでいる……。信じらんねえよ……。と、とんでもない数の魔物が――! ああっ、この町は、もうお終いだあ……」
男の全身から力が抜け、ガクリとひざを落とす。
この様子、ただ事じゃない。
大量の魔物――。
突然の男の告白に心臓が高鳴り、無意識のうちに息が切れる。
な、なんでこんな町中に魔物が出るんだよ……! おかしいだろ。
……くそ! いったい、どうなってるんだ? 昨日のオーガといい……。
男のただならぬ雰囲気にルィンとグレンの表情が険しくなる。
「仮に魔物が襲ってきたとしてもよお、この町には警備兵がいくらかいる。あいつらが何とかしてくれるはずだぜ。だから気をしっかり持て」
グレンが男の肩をとん、と叩き勇気づける。しかし。
「む、無理だ……。この町全体が完全に包囲されてる……。も、もう逃げ場はない……。こ、殺される。俺たちは殺されるんだ!」
男は錯乱したかのように叫び出した。
かと思うと、うずくまり、涙を流し嗚咽を漏らす。
「ま、町全体を……だと? 馬鹿な! これほど大きな町だぞ。そもそも、この町を囲えるほどの魔物の軍勢はこの辺りには存在しないはず……!」
ルィンの声は震えていた。にわかには信じがたいといった様子で町の外へ視線を向ける。
「確認してみればいいんじゃないか?」
「わ、わかった。俺が行ってくる。お前たちはここで待っててくれ」
俺が提案するとルィンはすぐにこの場を立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待てルィン!」
「どうしたんだよラグノ。今は一刻を争うんだ。用なら後にしてくれ!」
俺は自分がすごい力を出せるようになっていることを思い出してルィンを引き留めた。
この力があれば……。
「俺が確認する。すぐに済むはずだ。……たぶん」
「ああん? なにいってやがんだラグノ。こんな時にふざけてんじゃねえぜ」
「まあ任せとけって!」
俺は膝を曲げ深くかがみこんだ。
そして切り返すように地面を強く蹴る。――と。
風を切り、全身がすさまじい勢いで地面から離れていく。まるで体重がなくなったかのように体が空へ浮かび上がる。
一瞬のうちにルィンたちの体が小さくなり、町全体が見渡せる高さまで飛び上がった。
す、すげえ……。なんつうジャンプ力。
い、いや! 自画自賛してる場合じゃない!
魔物の様子を確認しないと。
俺は急いで町の周囲へ目を向けた。
「な、なんだよありゃあ!? どうなってんだよ!」
結論から言うと、男の言ったことは本当だった。
町全体をぐるりと囲うように魔物の群れが押し寄せていた。
とてつもない数だ。おそらく数百はいるぞ……。全く気付かなかった。いったいいつの間に……。
は、早くみんなにこのことを伝えないと!
そこまでいって今更ながら気づいた。下を見ると、地面は遥か彼方。こんな高さから落ちたらどう考えたって即死だ。勢い余って高く飛びすぎた。戻りのことなどまるで考えてなかった。身体が大地へと沈み出した……。
「うわああああーーーーーー! し、死ぬうううううーーーーーーー!」
ルィンたちは遥か眼下。小指の先っぽよりも小さく見える。
俺はばたばたと宙を泳ぐように手を羽ばたかせて落下の勢いになんとか抵抗しようと試みる。
当然そんなことで止まるわけはなく、一瞬のうちに地面が近づいてくる。
「ぬわあああああああーーーーーーーーッ!」
――死、死ぬ!
塵のように小さかったルインたちがどんどんサイズアップしていく。
そして為す術もないまま、無情にも目の前に地面が迫り――。
スタ、と。
静かな着地。
自分でも驚くくらい、俺の体は何事もなかったかのようにゆったりと地面に着地した。
「あ、危なかった……」
マ、マジで死ぬかと思った。
危うくすげえ間抜けな最期になるところだったぞ……。
「お、おい! おめえ何したんだ!? どうなってんだ今のジャンプ力は!? ま、魔法か? 魔法なのか!?」
グレンが取り乱しながら俺の肩をぐわんぐわんと揺する。
魔法なのかどうかは俺にもわからない。むしろそんなことはこっちが聞きたいくらいだ。
それにしてもどうなってんだ俺の体は。
やっぱりなにかとんでもない力が宿ってる……。そうとしか考えられない。あんな高さから落ちてもビクともしないなんて。
いや! 今はそれどころじゃなかった!
「や、やばいぜ! なんかよくわかんない魔物の大群がこの町を囲んでる!」、
「魔物の大群だって!? だったら早く町から逃げないと……!」
魔物の襲撃を知り慌てふためくルィンが、町からの脱出を提案する。
「いや! 無理だ! 魔物は町全体を完全に取り囲んでいる! 上から見たけどまるで抜け道は無かった。たぶん数百はいる!」
「町全体をだって!? ば、馬鹿な。そんな大群の接近を許したって言うのか? 誰にも気づかれることなく? あり得ないぞ……」
額に汗を浮かべながら苦い表情で指先を噛むルィン。どうやら俺の話には半信半疑な様子。無理もない。こんな突拍子もない事、信じられるわけない。
「……しかしその話が事実なら、この町から脱出するのはたしかに厳しいな……。魔物は町を囲むようにしていたんだよな?」
俺は静かにうなずく。
「だったらこの場所を離れないほうがいい。ここは町のほぼ中心にある。襲われるとしても最後になるはずだ」
「下手に動くよりかは、それが賢明だな。助けが来るまで、なんとか自分たちで耐えしのぐしかねえか。ちっ。なんだってこんな祭りの日に限って……。えらくタイミングがいいじゃねえか。……出来すぎなくらいにな」
たしかに出来すぎている。
まるで狙ってやったとしか思えないくらいに。
町の遠くの方からは今も悲鳴がひっきりなしに響いてくる。
「ね、ねえ。みんな大丈夫かな? 助かるよね……?」
教会にいた少女が不安そうな顔でグレンを見上げ、か細い声を出す。
「ここには俺たちがいるし町には警備兵もいる。それにすぐ近くには城があるだろ? 城には兵士たちがたくさんいる。俺たちがここで耐えてれば、すぐに助けが来るはずだ。心配する必要はねえ」
グレンがそう伝えるが少女は唇を噛みながら無言のままうつむいてしまった。怯えているのだろう。その小さな体はわずかに震えていた。
少女の頭をグレンがそっと撫でる。
「俺たちを信じろ。お前たちのことは絶対に守る」
芯に力のある声だった。グレンは迷いのない澄んだ瞳でまっすぐに少女を見つめる。
「う、うん!」
さっきよりも明るい声で少女が答えた。
「よし。おめえたちは教会の中に隠れてろ。絶対に出てくるんじゃねえぞ!」
三人の子供たちが教会の中へ隠れると、グレンが厳重に扉を閉める。
いずれはここも戦場になるだろう。まさかこんな町中で魔物と戦う羽目になるとは。しかもこれだけ栄えた町だぞ。そんな話、聞いたことがない。
俺が思案していると、すぐ近くから鋭い悲鳴が上がった。
それに連鎖するようにあちこちから響き渡る叫び声。
「ちっ! もうここまで攻め込んできやがったか。思ったより早かったな」
「お、おいグレン。俺たちだけで本当に大丈夫なのか?」
ルィンは蒼白な顔でグレンに問いかける。
「そんなことはわかるはずもない。……警備兵が動いてくれてりゃあ、いいが。……さすがに町を取り囲むほどの軍勢相手じゃ分が悪すぎるか」
「キヒヒヒ。なぁに話してるんだぁ? 楽しそうだなあ、俺も混ぜてくれよぉ」
教会前の広場に薄緑色の皮膚をした魔物が姿を現す。
それに続いて同様の魔物が次から次へと押し寄せてくる。
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