第9話 出会い


「ラグノー!」


 背後から呼びかけられる。振り返ると小さな少女が胸に飛び込んできた。


「おわっと!?」


 飛び込んできた少女を慌てて受け止める。


「ココット! 怪我はないか?」

「うん! ラグノが守ってくれたからね!」


 ココットは俺を見上げながらにっと太陽のような笑顔をみせた。


「はは。みんなが無事でよかったよな」


 俺は率直な感想を述べた。

 本当に心からそう思った。


「ラグノは私の命の恩人だね!」

「大げさだぜ」


 俺は少し照れながらココットをそっと降ろした。


「でも驚いちゃった。ラグノってすっごく強いんだもん。ラグノはなんでそんなに強いの?」

「さあー?」

「えー! 教えてよー! 特訓とかしてるの?」

「別になんにもしてないよ」


 そもそも俺はほんとに強くないんだ。戦いなんてまるでできないド素人。

 でもオーガと戦った感じだと、なんかわかんないけど俺は強いみたいだな……。おかしな話だけど。

 一体なんで俺にこんな力が……。いつの間に?

 ……一つだけ思い当たることと言ったら昨晩のあの謎の光くらいか。

 俺は光が吸い込まれた右手を見た。

 やっぱり何もおかしなところはない。いつも通りの俺の手だ。

 でも今、戦った感じからすると俺の体になにか異変が起きたと考えるのが自然なんだろうな。あの強さ、明らかに異常だった。

 俺は一体どうなっちまったっていうんだ……?


「よおデッツ! そして少年! 感謝するぜ、村の救世主たちよ!」


 いつの間にか目の前までやってきた村人が俺たちに告げた。

 気が付くとたくさんの村人たちが俺たちを囲っていた。


「今夜は宴だ! 飲むぞおー! 今日という素晴らしい日を共に祝おうじゃないか!」


 村人の一人が声を上げると、村中で歓声が巻き起こる。


「さあ! こちらへどうぞ! すぐに宴の準備をするからさ!」


 別の村人に村の奥へとうながされる。

 俺は賑やかな村人たちに肩を組まれ、村の広場へ連れていかれた。

 日が暮れるころには大量のごちそうが広場に並べられ、その晩はトット村の人たちと大いに語り合った。陽気な村人たちは口数も多く、いつまで話していても話題が尽きることはなかった。村がピンチから脱したことを村の誰もが喜んでいるようだった。気のいい人たちに囲まれて俺もその晩は気分良く過ごすことができた。

 こうして夜は更けていき、そして翌朝。


「旅立つのか」

「うん。お世話になりました」


 おっさんとココットが村の入り口まで見送りに来てくれた。


「次の目的地は決まったのか?」

「あ、そう言えばまだだった」


 昨日はごちそうを食うのに一生懸命だったのと、村人たちとの雑談が思いのほか弾んだのとで、このあたりのことについて聞いてなかった。

 情報収集するという、この村に来た目的をすっかり忘れてた。


「ここからなら魔法王国を目指してみてはどうだ? あそこなら栄えてるし今後の冒険の足がかりには持って来いだと思うぞ」

「魔法王国……イシュメリアか!」


 魔法王国イシュメリア。

 交易が盛んで活気にあふれる国だ。旅人も多いようだし、いろいろと情報も集まりそうだ。ここからそんなに遠いわけでもないしな。

 たしかに悪くない。


「そうだな。そうするよ! ありがとうデッツさん」

「……ただな」


 突然、おっさんがなにやら神妙な顔つきになる。


「どうかしたのか?」

「いや、近頃あのあたりで良からぬ噂を聞くのでな」

「噂?」

「……まあ旅人のお前には関係なかろう。だが念のため気をつけたほうがいいかもしれんと思ってな」


 噂……か。


「そっか。でも大丈夫だよ。やばそうだったらすぐに逃げるからさ。俺、逃げ足だけは早いんだぜ」


 俺はそう言っておっさんへ笑って見せた。

 それを見ておっさんは安心したように顔をほころばせる。


「ふっ。ラグノ、また来いよ。次に会うまでには、もっと鍛えておくからよ。お前に負けないようにな。また会おうぜ」

「元気でね!」


 おっさんの足元から、元気な声のココットが笑顔で見上げてくる。


「ココットとデッツさんも元気でな!」

「また遊びに来てね! 絶対だよ!」

「ああ! ココットも俺のこと忘れるんじゃないぜ?」


 二人へ向けて背中越しに手を振る。

 俺は二人に別れを告げると次なる目的地、魔法王国イシュメリア目指して歩き出すのだった。



 トット村を出発した俺は、大陸を北西へ進んでいた。

 向かう先は魔法王国イシュメリア。

 早ければ二日くらいで着く距離だったのだが……。


「は、早ぇーーーーーーー!」


 俺は草原を、自分でも信じられないくらいの速さで駆け抜けていた。

 まるで猫系の大型肉食獣のごとき速さ。

 しかも嬉しいことに、どれだけ走ってもまるで疲れない。どうなってるんだ一体。

 周りの景色がどんどん後ろへ流れていく。

 二日も歩くのはダルイ。そう思って、なんとなく走ってみたら、恐ろしく早く走れるようになっていたのだ。

 これもあの謎の赤い光の影響か?

 なにはともあれ、この調子だと相当早く着きそうだ。ラッキー!

 そんなことを考えながら走り続けていたら、本当に昼頃には到着した。

 二日どころか、わずか半日。


「マジか……」


 俺、馬車より早いんじゃないか?

 今度競争してみようかな。

 それはともかく。ここがイシュメリアか。

 目の前に城下町。そして城下町の奥の小高い丘の上にはイシュメリア城がそびえ立っている。

 この国は大陸きっての魔法大国で、優秀な魔法使いを多数輩出している……らしい。

 町の入り口は大勢の人でごった返していた。

 なんだかえらく活気づいてるな。

 さすが交易の盛んな国だ、とも思ったが、どうも様子がおかしい。

 なんというかあまりにも人が多すぎる。町の入り口には人がごった返し、入り口に入ることさえ一苦労といった様子。人口密度高すぎ。栄えているとはいえ、さすがにこれは無いんじゃないか?

 入り口の近くに立つ金髪のお姉さんが目に入ったので話しかけてみる。


「すいませーん! なんかすごい人ですけど何かあったんですか?」

「あら、あなた旅の人? ツイてるわねぇ。今日は年に一度の精霊祭なのよ」


 聞きなれない言葉が耳に入る。


「精霊祭……ってなんですか?」

「精霊祭っていうのはね、死者の魂を沈めるお祭りのことよ。みんなで死者の魂が安らかに眠れるよう祈るの。あ! せっかくだから記念にこれあげる」


 お姉さんは木でできた簡素な作りの船を手渡してきた。

 手のひらサイズの船の上にはローソクの炎が灯っている。


「これは?」

「それを川に流すのよ。その光が魂を天国へ導く助けになるって言われてるの。町に入って道なりに東へ行くと川があるわ。そこに浮かべてあげて」


 今日は死者を弔う日なのか。

 偶然とはいえ、年に一度しかないお祭りに遭遇できたらしい。ツイてるな。


「ありがとう! 行ってみるよ」


 俺はお姉さんに教えてもらった通り、町の東へ向かった。

 道中、人が多くてなっかなか前に進めない。いったいどこから集まってきたんだ? と思うほどの人ごみの中を結構な時間をかけて進んでいった。さんざん揉まれた末やっとの思いで町の東にある川の手前までたどり着いた。


「すげえ人だな……」


 川の前はさらなる人でごった返していた。見回す限り人、人、人。

 俺は人と人の隙間を縫って、やっとの思いで川辺までたどり着く。

 これだけの人であふれてるってことは相当有名な祭りなんだろうな。

 きっと大陸のいろんなところから人が集まってるに違いない。

 ここに来るまでに結構な数の出店も出てたし後で寄っていこうっと。なんだか変わった店もたくさんあったしな。

 よし! 楽しみが一つできたぞ。

 俺がワクワクしながら川の前に立つと、隣にいる赤い髪の少年が、川に船を浮かべるところだった。

 少年が浮かべた船が川の中央へ向かってゆらゆらと進んでいく。水面に揺られる船の上でローソクの炎が揺らめく。

 この少年、歳は俺と同じくらいだろうか。


「あんた、この町の人か?」


 俺が話しかけると、少年は俺を見て訝しげな顔を浮かべた。そして、その顔が徐々に、どことなく見下すような、意地の悪い表情になる。


「はあ? ヴァンフォウ家のルィン様を知らないとは……。やれやれ。お前どこの田舎もんだ?」

「じゅううぅ」


 と言いながら、俺は手に持ったローソクを少年のおでこに押し付けた。

 ジュッ! と短い音を立ててローソクの火が消えた。


「ぎゃああああああああーーーーーーーー!」


 赤髪の少年の絶叫が川辺に響いた。

 周りの人たちがガヤガヤしながら俺たちを見る。


「なにすんだよお前!」


 少年がおでこを抑えながら、怒っているとも動揺しているとも取れる微妙な顔をする。


「いや。うぜえなって」

「正直者か!? 正直者なのか!?」


 俺が率直な感想を述べると少年は少しだけ感心するような反応を示した。いや、もしかしたら頭のおかしな奴だと思ってるかもしれない。

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