第4話 オーガ襲来
「早くしろオオオオオオオオオオオッッッ!」
デッツさんの絶叫。はっと我に返る。
「コ、ココット! いくぞ!」
「う、うん!」
俺たちが村へ向けて走り出そうとした時。
「グオオオオオオオオオオオッッッ!」
目の前の邪悪な巨体が地の底から湧き上がるような咆哮を上げる。
空気がビリビリと振動し、まるで世界全体が震えているかのような錯覚に陥る。その振動はまたたく間に村中に響き渡った。
俺はその圧力に押され、腹の底から震えあがった。恐怖で再び身動きが取れなくなる。
叫びを聞いた村人たちが何事かと家々から姿を見せる。
し、しめた! 避難を呼びかける手間が省けたぞ。
しかし事態はより悪い方向へ向かった。
「みんな見ろよ! なんなんだあの怪物は!?」
「う、嘘だろ……。ありゃオーガじゃねえか!」
「オーガだと!? 馬鹿な! な、なんでオーガがこんな辺境の村に……!」
「うわあああああああ! に、逃げるんだああああああああ!」
オーガの姿を見た村人たちに動揺が走る。そこかしこから驚愕の声や悲鳴があがり、村はたちまちパニックに陥った。
まずいぞ。早く逃げなきゃみんなやられちまう。
そのとき、村人の一人が声を上げた。
「ま、待て、みんな! デッツだ! デッツがいるぞ!」
「そ、そうか! デッツさんがオーガをくい止めてくれていたんだ!」
「さすがデッツさんだぜ! デッツさんさえいりゃあオーガでもなんでも怖くねえぜ!」
「そ、そうだぜ! そんな奴やっちまえデッツ!」
悲鳴は消え、いつの間にか村中から歓声が湧き上がっている。
「バ、バカ野郎ォ! さっさと逃げるんだ!」
おっさんが引きつった顔で村人へ叫ぶ。
しかしその声は村人の声援にかき消され、彼らには届いていないようだ。
「くっ……。聞こえておらんか……」
村人たちを見て苦い顔を浮かべるおっさん。しかしすぐに目の前のオーガに向き直り。
「念のため聞こう。オーガよ、貴様なにをしにここまで来た」
おっさんの言葉を聞いた瞬間、オーガがニタニタと嫌な表情を浮かべる。
「なあに大したことじゃねえ。ちょっとした暇つぶしさ。ちぃとばかし、てめえら蛆虫どもをぶっつぶして遊んでやろうってなぁ!」
オーガのその言葉を聞いた瞬間、おっさんが覚悟を決めたように表情を変え、構えを取った。
「お? なんだあ、その目は?」
おっさんがオーガへジリジリとにじり寄り、両者の距離が徐々に縮まっていく。
しかし両者の体格差は歴然だ。おっさん自身も巨体ではあるが、オーガはそれを遥かに超え、馬鹿げたレベルの巨体を誇っていた。
その体格差ゆえ、おっさんはオーガを下から見上げる形になる。
対して、オーガは両腕を組んだままおっさんを悠然と見下ろしている。
「ククク。まさかお前、この俺とやるつもりなのか? はっはっは! 笑わせてくれる!」
オーガが言葉を放った瞬間、おっさんがオーガへ向かって深く踏み込み。
「はあああああっ!」
気合一閃。おっさんの巨大な拳がオーガの無防備な腹目掛けて電光石火のごとく繰り出される。
「ぬうっ!」
直後、おっさんが驚きの声を上げる。
意外にもその拳はオーガの腹にすんなりと命中した。完全なクリーンヒットだ。
尊大な態度を取っていた割にはオーガは受け身すら取れていない。目の前の大男が放った攻撃をもろに食らう形となった。
雰囲気から察するにおっさん自身もそれは意外だったんだろう。
おっさんが驚きながらオーガの顔を見上げる。
オーガは微動だにしない。眉ひとつ動かす気配がない。
何も言わずさっきと同じポーズで、ただ黙り込んでいる。
「やったぜ! あの野郎デッツのパンチをモロに喰らいやがった!」
「あーあ。デッツの突きをまともに食らうなんざあ、不運なやつだよ……。あいつ向こう一週間はまともに飯も食えねえぞ。同情するぜ、まったく」
「さ、流石デッツさんだ! あんたは村の英雄だ!」
場外から村人たちの歓声が湧き起こる。
一連のやり取りに興奮した村人たちが歓喜に震える中――。
おっさんの額から一筋の汗が流れ落ちた。
ずっと黙りこくっていたオーガが唐突に口を開いた。
「念のため聞いておくが、今のは準備運動だよな?」
「な、なんだと……?」
「もしそれで本気なら、お前、死ぬしかないぞ」
オーガは腕組みを崩さず淡々とおっさんに投げかけた。
「ぬかせっ!」
おっさんは近くに転がっている巨大な丸太に手をかけると、軽々と持ち上げる。
そして「ぬうううううううんっ!」と気合のこもった雄叫びをあげながら、丸太を突き出し、オーガに突進する。
さすがにこの攻撃は危険と察知したのかオーガがついに腕組を解除する。
「食らええええええいっ!」
巨大な丸太の先端がオーガのみぞおちめがけて突き出される。
ドゥッという衝撃音。
向かい合った二つの巨体が静止する。
両者はにらみ合ったまま動かない。
しばしの沈黙、そして。
「バ、バカなっ!」
先に声を発したのはおっさんのほうだった。
丸太の先端がオーガに届くことはなかった。
いや、正確には届いていた。
しかしその先はオーガの手のひら。オーガは丸太を片手で軽々と受け止めて見せた。
「おおっと危ない危ない。こんなもんで打ち付けられたら怪我ぁしちまうぜ。カッハッハッハ!」
そう言ってオーガは余裕の表情で高笑いする。
「ぬ、ぬううううっ……!」
おっさんが必死の形相でオーガの手から丸太を引き抜こうともがく。
その身体中で筋肉が荒々しく波を打つ。
「ぐ、ぐぬうううううう……!」
しかしどれだけやっても丸太はピクリとも動かない。
おっさんは次第に全身から汗をこぼし、歪んだ顔で息を切らす。かなり苦しそうだ。おっさんとは対照的にオーガは涼しい顔をしている。
「んん~? どうしたあ? それはなんのマネだぁ? まさか踊りでもはじめようってのかあ?」
「ば、化け物めっ!」
おっさんが渇いた叫びをぶつけると、オーガは握った丸太を指先の力だけで軽々と握りつぶした。
まるで木苺でもつぶすみたいになんの抵抗もなくあっさりと丸太はつぶれた。
そしてそのまま、綿をちぎるかのように丸太の先端をやすやすとちぎり取った。
ボロボロになった丸太が、やっとオーガの手から解放された。
「な、なんという怪力だ……」
驚愕した様子でおっさんがこぼす。
しかしすぐにその迷いを振り払うようにかぶりを振ると、おっさんは目の前のオーガめがけて豪快に丸太を叩きつける。
虚を突かれたのか、オーガは反応することすらできず、丸太がオーガの顔に直撃する。
鈍い衝撃音が辺りに響き渡る。
「や、やったぞおおおお! 直撃だ!」
「ありゃあいくら何でもただじゃ済まないぜ!」
「その勢いでぶっ飛ばしちまえデッツ!」
丸太の直撃に村人たちが歓喜の声を上げる。
しかしそれに反しておっさんの表情はますます険しくなっていく。
「ヒッヒッヒ。おお、痛テェ痛テェ。ずいぶん力持ちなんだなあ人間のクセによお」
顔に丸太をぶつけられたまま、丸太の奥から何事もなかったかのようにオーガが語る。
まるで効いていない。
誰の目にも明かなオーガの反応。
「抜かせ! うおおおおおおおおおっ」
おっさんが丸太を再び振り上げる。
そして今度は連続でオーガの顔を打ち付けた。
一打、二打、三打……。
無数の連続攻撃がオーガの顔面を滅多打ちにする。
そしておっさんが一際大きな雄叫びを上げながら、丸太を天高く振り上げる。
「うおおおおおおおおおおおお!」
頂点に達した丸太が、今度はすぐさま振り下ろされる。
力強く振り下ろされた丸太が怪物の顔へ迫っていく。――と。
「やれやれ」
オーガのため息混じりの声。その直後、丸太がピタリと音もなく静止した。
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