第17話 真実
その日、八条ホールディングス会長八条伊織と彼の家族の葬儀が行われていた。
数日前八条伊織とその家族、八条信長の財産を代襲相続できるであろう者達が一度に殺されたのだった。
短絡的と言えば短絡的。残された八条陸が当然疑われた。
もう残された八条信長の遺産の相続人は彼しかいなかったのだからだ。
しかし陸が犯罪を犯した証拠はなく事情聴取だけで直ぐに彼の弁護士藤原琴葉が陸を釈放させた。
「これで全ての財産は全て副会長のものですね」
悪の親玉宜しくソファーに座り葉巻を燻らせながらワインを嗜む陸がいた。
「当たり前だ、その為に清廉潔白を演じ続けたのだからな」
「次の会長は副会長しかいないですね。臨時役員会を開きます」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、会長も本当に悪ですね、清廉潔白を演じながら陰で他の相続人の殺害命令を出していたとは。どこに依頼してたのですか?」
「そんなものはないな。兄がバックの組織に依頼したが仲違いして殺されたのだろう」
「漁夫の利を得た副会長以上に幸運な者はいないかもしれませんね」
まるでクロコダイルとニコロビンの様に不敵に嗤い合う二人であった。
▼△▼△▼
「事此処に至れば八条陸が犯人であることに疑いの余地はない」
捜査本部長川西源一郎は誰とはなしに呟く。
八条鈴、八条陽太、八条陽介、八条伊織一族殺害捜査本部で捜査会議が行われていた。八条紗菜に関しては病死とだけしか情報を得ていなかったのだ。事件でもなく警察は捜査もしていなかった。
「しかし、証拠が一切見つからないのです」
「いや、証拠はあるはずだ、彼らの死で誰が得をするのか、八条陸にはその動機が十分過ぎる程ある。必ず見つかる」
「奴はずっと品行方正を演じてきたのだと思われます。その用意周到な彼が証拠を残すとは思えませんが必ず本人でも気が付かなかった証拠が残されていると思われます。各自もう一度捜査手法を見直し証拠を見直し八条陸が犯人である証拠を探してください。以上解散」
本部長補佐の高畑警部が後を続けた。
翌日、本部長の川西は吉報を得ることとなった。
「見つかりました。八条陸が相続人の殺害を依頼したという証拠です」
「どこで見つかった?」
「八条陽介の自宅です。陽介と陸が共謀して相続者殺害を企てていたようです」
「は? 陽介の自宅? なぜ今まで見つからなかったんだ? 変だろ?」
「いえ、見落としていたとしか思えません」
「そうか、捜査官の怠慢だってこともあるかもな、陸を連れて来い」
川西は自分を無理に納得させ容疑者確保の命令を出した。
▼△▼△▼
「八条さん、あなたと八条陽介が共謀した証拠は既に確保してあります。これです」
取調官田中は証拠を陸に見せる。
「こんなものは知らない。見たこともない」
陸は無実を主張する。
「これは陰謀だ、誰かが俺を陥れようとしている」
「あのね、八条さん、そんな陰謀説を被疑者はよく言うんですよ。犯人の自己隠避は無罪ですからね。言うだけ只ってやつですね。誰も信じないですよ」
もう一人の強面取調官山根が睨みつける。
結局、直ぐに検察に送致された陸はその罪を認め検察は直ぐに起訴、裁判が開かれた。
しかし、一転陸は無罪を主張、警察の強要により自白したとと主張したのだ。結局証拠の信憑性が無く陸は無罪判決を受けた。検察も公判を維持する材料に乏しく控訴を断念し無罪が確定した。
「やりましたね、副会長。無罪判決おめでとうございます」
「ああ、まさか俺が自分で仕込んだ証拠を警察がこれ見よがしに俺に見せつけた時には笑いださないようにするのが大変だったぞ」
「それは見ものでしたね、副会長の芝居見たかったですよ」
「もう会長だ、今から練習しておけ」
無罪判決の意味するところは大きい。
一事不再理。
ある刑事事件の裁判について、確定した判決がある場合には、その事件について再度、実体審理をすることは許さないとする刑事手続上の原則である。
実際に殺害命令を出していた陸は一事不再理を狙っていた。
実は有罪だがこれで陸が法的に処罰されることは無くなったのだった。
▼△▼△▼
「伯父が無罪。当然だわ」
伯父を信頼していた紗菜は当然のようにその感想を抱いた。しかし、その叔父は紗菜が生きていることは知らなかった。まだ相続人がいることに気付いていなかったのだ。
紗菜は叔父に会いに行くことを決めた。会って労を労いたかった、自分に優しくしてくれたのに死を偽装していたことを黙っていたことを謝罪したかったのだった。
「私、伯父に会いに行くわ」
「うん、それがいい」
高校時代からの友人佐竹美桜も賛成してくれた。それが紗菜を更に勇気づけた。結果、悲惨な状況が待ち受けているとは思いもしなかった。
◇◇◇◇
「い、生きていたのか、紗菜」
伯父の驚きはすさまじいものがあった。それ程喜んでくれたのかと紗菜も嬉しかった。
「黙っていてごめんなさい。私を犯罪者にしようとした殺した犯人が私の命を狙っていたの。だからこいつ、私の友人で弁護士の佐竹美桜が私が死んだことにして匿ってくれていたの」
「ほう、余計な‥‥いや、ありがとう佐竹さん。だが、紗菜、お前を犯人にしようとした者と命を狙っていた者は別人だと思うぞ」
「えっ? どうして?」
「私はお前を犯罪者にしようとはしてないからだ」
「えっ、どういう‥‥まっ、まさか伯父さんが?」
「そうだお前を殺そうとしてたのは俺だ」
「な、なぜ、伯父さんが? まさか相続財産を増やすために?」
「いや、それならお前が警察に捕まって犯罪者になってくれればよかっただろ? そうすれば相続欠格になるからだ。だから私がお前が犯罪者でない証拠を用意して釈放させたんだ。お前を殺すためにな」
「どうして私を?」
「お前の母とお前に俺の殺人を目撃されたからな。幸いお前は忘れていたみたいだったから放っておいたが。いつ思い出すか不安だったからお前を殺したうえで無罪を勝ち取り一事不再理で真実が判明しても処罰を免れようと考えていたんだが、まさか生きているとはな」
「おじさん、今の会話録音したよ。もう諦めなよ」
録音していたのは美桜だった。
「録音したならなおさら殺さなきゃな」
「紗菜、逃げるよ!」
「うん」
二人は外へ向けて走り出した。
「紗菜、ここに隠れよう」
「えっ、こんな近くに?」
「灯台下暗しって言うでしょ?」
「言われてみれば‥‥」
二人は、テーブルクロスを掛けられたテーブルの下に隠れた。幸いなことにこの家は広く隠れる所は沢山あった。それが紗菜の不幸になるとは思わずに。
目の前を陸が通り過ぎた。焦燥に駆られた様子で周囲をきょろきょろと見回し二人を探している。
「紗菜、出口に向かうわよ」
「オッケー、行くよ」
走り出す二人。
「そっち?」
「こっちよ」
美桜が陸の後を追うように走り出す。紗菜は疑問が生じたが何か考えがあるのだろうと美桜の後を追う。
「まさか後を追ってるとは思わないでしょ?」
美桜は陸の後を追いながら説明する。
「なるほど、灯台ね」
と紗菜は納得する。
その時だった、紗菜が派手に音を立てて転んだのだ。
振り返った陸は紗菜の存在に気付き彼女を追い始めた。
所詮女の脚、遂には陸に追い縋られナイフで刺されてしまった。
そのナイフは、紗菜に深く刺さったまま彼女の体に残っていた。
「きゃーっ!」
それを目撃したメイドが上げた悲鳴に驚いた陸はとどめを刺さずに自分の家から逃げ出してしまった。
「メイドさん、警察に電話して!」
「はい」
返事をするや否やメイドは電話を掛けに別室に向かう。
「た、助かったの?」
紗菜は痛みを我慢しながら美桜に向かって呟いた。
「未だよ」
そう言うとハンカチでナイフの柄を包みナイフを引き抜く美桜。
そして紗菜の心臓に突き立てたのだった。
「これで終わり、あなたを殺したのは陸、そしてあなたも死ぬの。もう私だけね」
紗菜は薄れゆく意識の中でその言葉を聞いたのだった。
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