第14話 テラへ
月の南極の出口から出た数十隻の軍艦が敵船の位置を確認し迎撃に向かったと速報は告げます。
歓声が周囲の部屋からも上がったのが聞こえました。
「ジョン帰らなくていいのか?」
「あぁ、俺がいるからスズは大丈夫だ。母は近くの部屋で待ってる、安全だ。父は迎撃に向かった」
そりゃそうか。父は軍人だ。当然迎撃に向かうのだろう。心配だがしても仕方がない。無事戻ってくることを祈るしかありません。
漸く二人が帰ろうとした時のことです。
突然月本体が大きく揺れたのです。まるで月の軌道が変わると思わせるほどの揺れでした。
上を見ると地下なのに空が見えます。
なぜと考える暇もなく構造物が僕達の真上に落下して来るのが見えました、もうパニックです。
その巨大な月本体の外殻を成していたであろう構造物は百メートルはありそうで逃げ場がありません。
このままでは死んでしまいます。
「逃げるぞ」
一応彼らの引き連れて逃げようとしましたが、無理だと悟りました。
ジョンの脚でも無理そうです。
もう無理かもと思った時です。
「スズ、ジョン、こっちへ来い!」
僕はまるで前世で普通にやっていた通りに彼女たちを引き寄せ転移しようとしました。すると出来たのです。
▼△▼△▼
「ここはどこだ?」
ジョンに問われて周囲を見回しました。
そこには涙が出てくるほど懐かしい風景が広がっていたのです。
目の前にはずっと暮らしていた僕の家、八条邸があったのです。
門の守衛さんと目が合いました。
さぞ、不思議な光景に移ったことでしょう。
小さな子供が見たこともない服を着て大きな犬を従えているのです。
もし、ジョンの呟きを聞いていたのなら彼の目は真ん丸に見開かれていたのでしょうが、普通だったので聞かれてはいなかったのでしょう。
空を見上げると上弦の月が見えました。
幸い、陰の部分に入っているのか破壊された箇所は見えません。
ええ、勿論僕達の目は望遠鏡の様に見えます。ナノボットの補助がありますので。
偶発的に転移が出来てしまったのですが、偶発的にであってやろうと思っても出来ません、これでは帰れません、お腹も減りました。
「あのぉ、メイドの静江さんを呼んでもらえませんか? 彼女を訪ねてきたんです、遠い親戚なんです」
余りの空腹に、だって晩御飯前だったのですから、嘗て僕のメイドだった静江さんを呼んでもらいました。彼女なら助けてくれると思ったのです。
暫くして静江さんが来ました。
以前とは違い老け込んでます、五年分。
「この子たちが静江さんの親戚だと言っているけど、会いに来たって」
「えっ?」
静江さんが訝しげな顔でまじまじと僕達を見ます。だって僕達は髪は茶色いし、彫は深くて外人顔だしでとても親戚には見えません。
「静江さん、お腹空いた」
そう言うと生来の優しさからか笑顔を見せました。
「入って、何か食べさせたげる」
「いいのか?」
守衛さんは警戒してますが静江さんは私の遠い親戚よ、アメリカに嫁いだ娘の婿の姉の子供達よと嘘まで吐いてくれました。
中に入ると使用人用の食堂でうどんを食べさせてくれたのです、嬉しい限りです。
ジョンは外でうどんです。
「あれから五年だね」
僕は切り出しました。静江さんは理解してくれるだろうと思ったのです。
「え、何が?」
「私、信長が亡くなってからだよ、静江さん」
まるで以前の僕の様に言ったのです。
一瞬、何が何だかわからなかったようなのですが、目に涙を浮かべ始めました。
「嘘でしょ、旦那様ですか?」
「そうだ。生まれ変わった。静江さんは私がお土産に持って帰った虎屋の羊羹が大好物だったな」
そう言うとぽろぽろと涙を流し始めました。
「ほんとなんですね。まぁまぁ、こんなかわいく生まれ変わっちゃって」
輪廻転生は良く知られています、そのお陰で彼女も信じてくれたのでしょう。
「それで、紗菜が心配なんだ。紗菜は警察に拘留されてるんだろ?」
静江さんは俯き重い表情に変わり、少しの間を置きようやく口を開きました。
「紗菜様は一昨日釈放されて」
「釈放されたのか!?」
「はい、昨日未明亡くなられたと報道されました」
「えっ、殺されたのか?」
落胆した、ここまでずっと来ようとしてたのは紗菜を助ける為だったのに。
全ては無駄だったのです。
「死因は病死だと報道されました」
「報道? 直接会ってないのか?」
「はい、病院に尋ねたところ未知のウイルスに感染していて直接荼毘に付したそうです」
「未知のウイルス? やはり殺されたのか」
スズを見ると泣きだしていた。
「おやおや、他人の死を悲しんでくれるんだね、ありがとう」
「忘れてた、そいつは鈴だ。私の翌年殺されただろ?」
「えっ? え~! 旦那様だけではなく鈴様まで生まれ変わられて.こんなにかわいく。良かった。殺されたから魂は恨みを残して犯人を求め彷徨っているのかとずっと心配してたんですよ」
って、どこのホラー映画だよ、鈴江さん。
「鈴江、私、元気、心配ない、でも、紗菜心配、でも、鈴江泣かない」
鈴江さんは泣き出していました。
「あっ、そういえば、旦那様も殺されたといううわさが流れたのですが、本当ですか?」
僕も殺された‥‥???
衝撃でした。
言われてみれば確かに老衰にしては早すぎるし、医者には癌ですと言われてたがどこの癌だか覚えてません。
それが本当なら、僕達の素性は隠しておいた方が良い。また殺されたら堪ったものではないです。
「鈴江さん、僕達のことは内緒にしてね。また殺されるから」
「分かってますよ」
鈴江さんは渾身の笑顔でした。
「それから、陽介様も本日未明殺害されました。今晩は伊織様も通夜に行っておられるのでここにはいらっしゃいません」
「はぁ? なぜあいつまで殺されたんだ?」
「その前に陽太様が殺されて、陽介様が代襲相続することになったのでそれが原因ではないかとの噂です」
「陽太まで殺されたのか、残念だ。馬鹿な息子ほどかわいいもんだった。残っているのは伊織と陸か。二人のうちどちらかが犯人だろうな」
「でも陸様は品行方正なお方、怪しいのなら伊織様の方ではないでしょうか」
「チッチッチッチ、小説では品行方正な方が殺害することが良くあるのだよ、明智君、読者をミスリードさせるためだね」
流石に前世の老人だった記憶が人差し指を立てて左右に振って解説させてしまったようです。
「では、陸様が犯人だと?」
「いや、言ってみただけだから。実際はどうなのか分からない。鈴江さん、紗菜の亡くなった病院に連れて行ってくれないか、俺達金が無いんだ」
「そういえば旦那様はどこにお住みなんですか?」
「月だ」
「え?」
嘘吐きだと思われましたっ!
翌日、三人で病院に向かいました。さすがにジョンは元の僕のうちでお留守番です。
到着したのは郊外の閑静な住宅街のその奥にある小高い丘の上に建った病院でした。
鈴江さんは受付で担当の先生と話したい、そして時間が空くまで待つとの旨を告げました。
数時間後漸く許可が下りました。
先生の部屋へ入るとそこで待っていたのは紗菜でったのです。
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