第13話 晴雲秋月

「どうして?」

「盗聴器だ。さぁ、伊織会長の証拠を渡せ‥‥ってもう知ってるけどな。殺せ」

「俺を殺してもまだ‥‥」


 パシュッ!


 豪奢な八条陽介の邸宅、その中で陽介は数人の男達に囲まれ伯父伊織の犯罪の証拠を出すよう銃を突き付けられ脅されていた。

 消音機の着けられたグロック19からカシュンという小さくも甲高い音を発し撃ち出された9㎜パラベラム弾のホローポイントの弾頭は回転しながら陽介の心臓めがけて飛んで行く。遂には陽介の胸にのめりこみ先端がキノコ状に変形し、径が大きくなった先端部が心臓に伝達し陽介の生命活動を止めた。


「これでまた一人」


 そう言って男達は主人の居なくなった陽介邸を後にした。



 ▼△▼△▼



 翌日、伊織の家を再び訪れた金本は伊織と対面していた。


「陽介の件はあなたですか?」

「何のことだ、陽介がどうした」


 金本には伊織がとぼけているようには見えなかった。


「昨日証拠のデータを盗りに陽介の家を訪ねたんですが男達が出てきたんで隠れたんですよ。それで男達が帰った後、家の中に入ってみると陽介が殺されてたんですよ」


 金本は慌てた様子で捲し立てる。


「殺されてたのか?」

「それで、会長が手を打ったのかと思い、一応データの場所は知ってたんで見てみたんですが無かったんですよ。会長だと思ったんですが違ったみたいですね」


 金本は伊織の表情からそう判断したのだった。


「な、何だと、証拠が第三者の手に渡ったってのか? だったら陸しかいないじゃないか?」

「いえ、そうとばかりも言えないかもしれません。陽介は色んな金融会社に金を借りては焦げ付かせていました。それで闇金だけを利用してたんですが、どこかの闇金が陽介を銃で脅した際に恐怖でそのデータを渡したのかもしれません」

「金本、取り戻せるか?」

「難しいですね。ですが、やりましょう。もう俺達は運命共同体ですからね」


 いや、ここで降りれば金が手に入らないだけで俺は大丈夫なのか? 陽介は死んだから陽介からの借金も報酬も入らない。会長が捕まれば会長の報酬も入らない。金本は大損だった。

 しかし、金本には唯一損しない方法があったのだ。

 それは陸に取り入る事。録音データは女に預けてあるがスマホにもコピーしてある。それを持って陸副会長のもとを訪ねれば、データを盗んだ奴よりも早く陸副会長にデータを渡し、そのデータで会長の相続適格を無くせば陸から報酬が貰えるだろう。

 しかし、懸念が存在する。

 たった一つの懸念は陸は清廉潔白であり、不正のデータで兄を貶めることを嫌うのではないかということだ。

 しかし、背に腹は代えられない。このままでは損をすることを考えれば試してみる価値はある。

 データを奪ったの強盗犯の目的は分からないが、やつらがデータを利用すれば金本のデータの価値は無くなる。

 だから金本は強盗犯の行動よりも早く陸副会長に会ってデータを利用し交渉しなければならなかった。



 ◇◇◇◇



会長宅を後にした金本はその足で副会長八条伊織宅を訪れた。清廉潔白な性格とは言え金を出し惜しむわけもなく彼の家も豪奢な邸宅だった。

 陽介は死に陸の携帯の番号が分からない現状では直接家に行くしかないこの時間ならまだ家にいる可能性が高い。


「陸副会長はご在宅でしょうか?」


 西本は少しでも会える可能性を高める為に丁寧にインターフォン越しに尋ねた。


「いえ、既に出勤されております。会社の方をお尋ねください」


 しまった。陸は清廉潔白だったことをすっかり忘れていたと西本は後悔した。

 その性格の陸が重役出勤などするはずがなかったのだった。

 しかし、会社は不味い、先ほどまで会っていた会長に会う可能性があるからだ。会えば、副会長に会いに来たことが知られてしまうかもしれない。知られれば裏切りだと殺される可能性もある。

 背に腹は代えられない状況が続く金本であった。


「副会長に会いたいのですが、出勤されてますよね」

「アポイントはお取りですか? 無い方の面会は断らせていただいてますが」

「急用です。彼の甥の陽介さんが未明に殺害されたのですがその犯人を目撃したのです。それを副会長にお知らせしたくて」


 なぜ会長ではなく副会長なのかと尋ねられたら何と言うか考えていた。

 しかし、心配は稀有だった。

 受付嬢は陽介の殺害という未だニュースになっていない事実に驚愕し少々パニックに陥っていたのだ。


「しょ、少々お待ちください。大至急お繋ぎします」


 そう言うと内線電話を取り金本には聞こえないような小さい声で副会長に要件を告げ始めた。


「ご案内します」


 受付嬢は彼の先を小走りで役員階専用エレベーターへ案内した。

 それは通常のエレベーターよりも高速に上昇し耳に異変を齎しながら西本を役員階へと誘った。


「それで、甥の陽介の殺害犯を見たとか? どうして会長ではなく副会長である私のもとへ?」

「会長は黒い噂がありもしかしたら会長の命令かもしれないのに会長に目撃したと伝えれば目撃者として消されるでしょう」

「なるほど。ですが、私が黒幕とは考えなかったようですね? 私に言えば消されるとは思わなかったのですか?」

「副会長は清廉潔白なお方、副会長が黒幕などありえないことです」

「はははは、その通りですよ。でも私よりも警察に協力してあげてください。しかし、わざわざお越しいただいたのですお礼をしなければいけませんね」


 陸は懐に引き出しに手を伸ばし用意してあった現金の入った封筒を取り出し金本に渡した。陸は突然の報酬や簡単な仕事に対する特別の報酬を直ぐに渡せるように現金の入った封筒を数封用意していたのだった。


「あ、ありがとうございます」


 その封筒の厚みを感じ取った金本は望外の喜びに素直に謝意を述べたのだった。

 そして彼は本題に入った。


「実は、私がここに来た本当の目的は会長の犯罪行為について副会長にお伝えしたかったからなのです。その証拠があれば現在問題になっている相続問題に方が付くかと思いまして」

「あなたは私が兄の犯罪行為を利用して相続財産を多く受け取ろうとする小悪党だと思っているのでしょうか。そんなことに私は興味がない。その証拠を持ってお帰り下さい。本日はありがとうございました」


 丁寧ながらも有無を言わさぬ迫力に金本は素直に引き下がった。陸副会長の清廉潔白さは噂通りだった。まぁ、謝礼を貰えたので良しとするかと金本は封筒の厚みを感じながら八条ホールディングス本社ビルを出ていくのであった。

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