第12話 謀略

「紗菜が死んだだと?」


八条信長の次男陸は寝起きにその報道を耳にし信じられず耳を疑った。昨日別れ際には一人になりたいと言っていた。殺されたのか? 病気か? いや、分かれた時は元気だったのだ。病死の訳がない、殺されたのだと感じていた。


「はい、報道では病死だということです」


病死だとはどうしても信じられない陸であった。何者かが紗菜を殺害したのだ。


「昨日別れるときは元気だったぞ」

「詳しくは分かりません。持病があり取り調べで悪化したのかもしれません」

「藤原琴葉に至急来るように伝えろ」

「はい、承知いたしました」


陸は驚きながらも平静な様子で秘書に告げる。



▼△▼△▼


一方、その頃八条信長の長男伊織の家も紗菜の死が喧噪をもたらしていた。


「本当か? そうか、そうか。良くぞ死んでくれた。手間が省けたな。まぁ、死ねば犯人確定だな。自殺か? お前が手を回したのか? まぁ、紗菜が犯行を嘆いて自殺したとみてくれるだろ」


伊織は望み通り紗菜の犯行が確定し相続欠格になることが確定したと喜んだ。


「私は手を回してません、昨日突然釈放されたので組織は動けなかったようです」

「そうか、やはり病死か? それとも陽介かもな。あいつ金に困ってたからな。そうなら陽介には感謝しないとな。紗菜には子供はいなかったな?」

「はい、代襲相続者はいません」


応えたのは紗菜の元弁護士であった佐竹美桜だった。


「よし、陽介の身辺を組織に調べさせろ。奴が殺したのなら相続欠格だ。残るは陸だけになる」

「はい、直ぐに依頼します」

「親父の財産は全て俺のものになりそうだな」


二人は笑顔で笑い合ったのだった。



◇◇◇◇



その死を知った八条陽介は歓喜に湧いていた。これで、二人だ、子供も妻もいない伯父の陸と自分だけで折半だと喜んだ。そこで欲という死神が鎌を擡げてきた。もし、伯父の陸も死ねば俺の一人勝ちじゃないか。金本なら何とかしてくれるのではないか。


「金本さん、お話があるのですが‥‥」

「よし直ぐに行く」


ある程度の説明を受けた金本は直ぐ様駆けつけた。

あの阿呆は長男伊織を陥れる証拠を見つけたという。すぐさま動かなければと承諾したのだった。


「それで証拠とは何だ?」

「はい、伯父の伊織が祖父を殺した証拠です」


金本は頭が真っ白になった。このスキャンダルは大きすぎる、これでは伊織のバックが黙ってはいないだろう、交渉したその日に俺は殺されるだろうと金本は気が付いた。そこで、伊織との交渉を陽介に任せることにし、自分は陰で陽介を操り表には出ないことに決めたのだった。


「分かりました。俺が交渉します。その代り、伯父の陸を殺害してもらえませんか?成功すれば僕が全ての財産を相続することになります。相応のお礼が出来ると思います」


金本は首を傾げ暫くの間考えた。

陸を殺害したとしても会長である伊織の排除は出来ないだろう。せいぜい相続欠格にならないように証拠と引き換えに現金を貰うくらいだ、それに相続欠格になったとしても伊織には妻も子もいて彼らが代襲相続することになる。伊織を脅せば組織が動く。結局は伊織と陽介の二人が相続財産を折半し、陽介の相続した半分の内から金を引っ張ることになるのだがそれでも大金を得ることができるだろう。それに陽介が陸の殺害を依頼した証拠があればそれで陽介から更に金を引っ張れる。


「よし、陸の殺害は任せろ。その代り、伊織との交渉に俺の名前は出すな、お前だけの計画だと言え」

「はい、分かりました。まず交渉します」


金本は陽介の家を後にしていつもの習慣で埠頭に車を止めタバコを燻らせながら思考する。絶対に殺せない伊織という存在について。

絶対に殺せないのだから、殺せる陽介と共謀するよりも、殺せない伊織と共謀した方が良いのではないかという点についてだ。

そうすれば、伊織にすべての財産を相続することになる。半分の財産を相続するであろう陽介と共謀してその半分から少し貰うよりも、全部を相続できる伊織と共謀して全部から少し貰った方が金額が多いのではないかということだ。

問題は、それだけの金を伊織が出す性格かという点だ。その点については陽介の方が扱いやすく多くの金を出させる自信が金本にはあった。全部の少なめか、半分の多めか、どちらが高額なのかは微妙だった。

それなら安全な悪党の親玉と組んだ方が良いことになる。

良し、伊織と組もう。

金本は決心した。

伊織と組めば陽介を相続欠格に出来るので殺す必要がない。

逆に陽介と組んで伊織を相続欠格にしようとすれば金本が殺されてしまう。

陽介が録画データを持っているので簡単ではないが盗めば問題ない。

金本は録画のデータを持って伊織と交渉に行くことに決めた。


「陽介、伊織会長は怖い男だ。俺の保身の為にデータをコピーして俺にくれ」


金本は再び陽介の家を訪れると目的に虚偽の事実を伝えデータの複製をコピーしたマイクロSDカードを貰った。家を出る前に陽介がデータの原本を隠しているのを金本は隠れて見るのを忘れない。

陽介の家を出ると直ぐにマイクロSDカードを自分のスマホに移しデータを本体のROMにコピーし、データの入ったマイクロSDカードは愛人に、俺に何かあれば新聞社に送れ、金になるぞと渡した。この愛人は最近知り合ったばかりでその関係を誰にも知られていない。その為、このデータを奪われることはないだろうと踏んでいた。


金本はその後直ぐに伊織会長宅を訪れる。

明日になれば陽介が交渉に会長宅を訪れる予定だ、だから今日会長と交渉しておかなければならなかったのだ。


「こんにちは、私、金本というのですが、伊織会長にお話がありまして。」

『誰だ気様? 突然私のスマホに連絡を入れるのは失礼ではないのか?』



面会の予約もなく陽介から教えてもらった番号に連絡を入れたのだがすげなく断られそうだった。しかし金本はここで引くわけにはいかない。その為切り札を切ることにしたのだった。


「会長、私、前八条信長会長の本当の死因知ってますよ。証拠もありますが、このまま新聞社に行っても良いのですが私も自分の命は惜しい。そこで会長と話したいのです」

『分かった。今すぐ来い』

「既に門の前です」


そう、金本は会長に彼に対処する時間を与えたくなかったのだった。

金本は会長の執務室までメイドに案内される。


「それで金本とか言ったか、私を脅す気か?」


伊織は金本の真意を測りかね訝しげな表情で睨みつける。


「いえ、私はあなたの力になりたいのです。その上であなたの相続財産を増やすことができます」

「何、本当か? しかし、俄かには信じられんな、どうやって力になる? どうやって相続財産を増やす? その証拠はあるのか?」

「はい、陽介です。あいつは私に次男の陸副会長の殺害を依頼しました。相続欠格です。私が警察に殺してくれと依頼され怖くなって警察に駆け込んだことにすれば私は罰せられることはありません」

「なんと、陽介のやつそんなことを考えていたのか? みんな考えることは同じだな。それで、おやじの死因がどうのとか言ってたな?」

「ええ、陽介はあなたが電話で死因について話すのを録画してました」

「何ぃ! あ、あ、あいつが録画したのか? くそっ、あの時か!? それで時間がかかったんだな? それを糞してたとか言い訳しやがって。あいつ殺してやる」

「会長それはいけませんよ。あなた以外すべて殺されたら、結局疑われるのはあなた自身だ。だから、陽介には陸副会長殺害犯になってもらうというのはどうです?」

「陽介をスケープゴートにするのか?」

「ええ、そうすれば警察の捜査もそこで打ち切り。実際、陽介は俺に殺害依頼をした訳ですし。その結果陸副会長が死ねば例え因果が切断されたとしても傍目には因果は繋がっているようにしか見えないものですよ」

「そうだな、その為にはまず陽介の持つ録画データを盗んできてくれないか。それが無ければ、お前は損するだろ?」

「そうですね。俺の告発で陽介は相続不適格になる、そうなれば俺は報酬を得られない訳です。だから、会長から報酬を貰えるようデータを奪ってきますよ」

「なぁ、どうしてそのデータで俺を脅さなかったんだ? それがあれば俺から金を引き出せたんじゃないのか。それに陽介からも報酬を貰えるだろ?」

「そりゃ、勿論会長のバックが怖かったからですよ」

「ほぉ、賢いな。じゃあ、その賢さで上手くデータを奪って来い。報酬は弾むぞ」

「ありがとございます。ご期待に添いますよ」








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