第7話 取調二日目
取り調べ初日は殺した殺してないの押し問答に終始し何ら解決もしないまま終わった。
紗菜はずっと信じ弁護の委任までした昔からの友人だった美桜に信じられない言葉を向けられ、まるでその言葉が形あるナイフの様にずっと彼女の胸に刺さっていた。それからはずっと意思のない人形のように彼女は警官の拷問ともいえる詰問に対して同じ言葉を吐き続けるだけであった。
取り調べ二日目に入りまた同じやり取りに終始するのかとげんなりしていた紗菜だったが、警官の一言でその思いは吹っ飛ぶこととなった。そんなことを言われるなんてとその一言は美桜にとってはまるで信じられないものだった。その言葉は逮捕状と共に歪んだ嗤い浮かべた警官の口から吐き出されたのだった。
「八条紗菜、八条鈴殺害容疑で再逮捕する」
この警官は何を言っているのだろう。その言葉の意味が分からなかった。言葉を紗菜は嚙み締めたがそれでも理解できなかった。
「お前がお前の母親を殺したから逮捕すると言っているんだ。理解できたか? これが逮捕状だ」
逮捕状の内容を理解できないかのように放心する紗菜に警官は追い打ちの言葉を叩きつける。茫然自失の紗菜はその理由さえ聞けずにいた。
「おい、寝てるのか、起きろぉ!!」
紗菜の態度に苛ついた警官はそう言って思いっきり紗菜の座っていた椅子をけ飛ばしたのだった。その拍子に紗菜は床に転げ落ち思いっきり額をぶつけ傷となった。
「なに勝手に倒れてるんだ? 勝手なことするな」
一瞬彼女の額の傷を見た警官は自分のしたことが公になれば取り調べ中に暴行したと言われるのを恐れたじろぐのかと思われたが、紗菜の額の傷など気にした様子もなく、自分が倒したにもかかわらず勝手に倒れたことにして自分の犯罪行為を無かったものとし逆に紗菜を注意するというまるで映画でしか見ないような行為を実際にやってのける。まるでそのような取り調べが日常茶飯事の様に振舞う警官の態度に紗菜は恐怖を感じた。
「早く起きろ。起きんか、貴様、本官に逆らうのか!」
痛みで直ぐに起き上がれない紗菜に対して怒鳴り声をあげ恫喝し更に彼女の座っていた椅子を蹴り飛ばし大きな音を立て恐怖を煽る。
痛みと恐怖で反論することさえ忘れたかのように小さくなって倒れたまま丸くなり震える紗菜は警官の言う事を聞くだけで警官の言動に一切反応できなかった。
暫くして漸く立ち上がった紗菜に警察官はお前がやった自白しろ、未だ反抗するのか、お前が犯人だ、諦めて白状しろと言い続けて二日目が終了した。
翌日、紗菜は既に反抗する気も失せ、もう諦めてやってもいない犯行を認めようかと少なからずも思い始めてしまっていた。
「お前このままじゃ二人殺した罪で死刑だぞ。金が欲しくて母を殺したんだろ? 認めろ」
反抗を諦めかけていた紗菜だが母親を殺したとの言葉に怒りが噴出する。
「どうして私が母を殺すんですか? 財産ですか? 殺さなくても母の財産の相続人は私一人です。母が亡くなれば当然私が相続することになります。それに私には借金もありません。当座現金が必要なことも無いのにどうして私が殺すのですか! それに『このままじゃ』って何ですか? 認めればそれこそ死刑の可能性も出てくるわけじゃないですか。それに二人殺して死刑って永山基準ですか? 二人殺害で死刑の場合には行為態様とか犯行動機とか様々な要因が加味されて判断されるでしょ? 私にそれがあるんですか?」
「はぁ? お前は実の母親を殺したんだ。そりゃ罪は重いだろ!」
「あなた本気で言ってるんですか? 憲法14条って知ってます? 刑法200条が削除されたのって知ってます?」
「知ってるに決まってるだろ? 当然だ」
「だったらなぜそんなことが言えるんですか? 憲法14条は平等原則を謳っています、平等だからこそ刑法200条の尊属殺人罪が削除されたんです? この日本のどこに実の母親を殺して罪が重くなることがあるんですか? それに私殺してません」
暗い目をして紗菜を見返す警官は更に用意した材料で紗菜の反抗を抑圧するかのように彼女の精神に打撃を加えていく。
「お前の母の死で誰が一番得をするんだ? お前だろ? だったら誰がお前の母を殺したのか分かるよな?」
紗菜は涙が出てきた。
余りにも勝手な言い分。
「それでは怨恨による殺人の場合、全くの別人が犯人になってしまう。そんな事さえ分からないの!」
あまりにも都合の良いことばかり言う警官に紗菜は絶叫した。
「き、貴様、本官に怒鳴ったな! それに警官に向かって敬語を使わんとはどんな教育を受けてきたんだ。貴様は脅迫罪と暴行罪の追加だ! 公務執行妨害罪だ!」
まるでこの警官はこの日本の貴族だと言わんばかりの振る舞いをする。自分が虎の威を借る狐だということを分かっていないのかと言いたかったがそれは彼の感情を高ぶらせ既に判断能力が低下しているような状態を更に酷い状況へと追い込んでしまうと止めておいた。そもそも警官に敬語を使わなければならないとの警官の認識こそがお前こそどんな教育を受けてきたのだと紗菜に思わせていた。
「脅迫? いつあなたの財産や生命に害を加えることを言いましたか? 公務執行妨害ってそもそも書かれざる構成要件として公務の適法性が要求されることを知ってますか? あなたの取り調べには適法性があると言えるのですか? そもそも怒鳴ることが脅迫罪や公務執行妨害罪における暴行といえるのですか? 暴行に当たる怒鳴り声って何デシベルからですか? 分からない? それ罪刑法定主義の明白性の原則に反しないですか?」
紗菜の剣幕にたじろぐ警察官はぶつぶつとなんといって反論しようかと考えていた。
「音が暴行罪に当たるかどうかは貴様が言っていた規範的構成要件だろ? 裁判官が判断するんだ」
「そんなに法に詳しいのならわかりますよね。あなたの行為が正しいかどうか? 私の言い分が正しい可能性があることを考慮すべきことも。犯人でないことが判明した時に真犯人の捜査をしていなかったら大変ですよ。真犯人は自分につながる証拠を隠滅していることでしょうね」
「煩い! 兎に角調書を書くぞ」
警官は何事もなくまるで紗菜が自白し始めたかの様に調書を書き始めたのだった。
唖然失笑、紗菜は開き直って、警官の上げ足を取ろうと考える。彼女への過酷な取り調べで既に彼女の判断能力は低下していたのだろう。
「令和〇年〇月〇日私は八条陽太を殺しました」
「驚きました。あなたが殺したんですか」
「違う! お前の自白を本官が記載してるんだ」
「自白なんかしてませんよ」
「煩い! 私は包丁を逆手に持って八条信長の墓の裏で八条陽太を刺しました。お金が欲しかったんです」
「あなた貧乏だったんですか?」
「違う! お前のことだ! お前の発言を書いてるんだ!」
「何も言ってませんけど?」
「煩い。彼を殺せば財産を少しでも多く貰えると思ったんです。短絡的でした」
「警察官さん、反省してるんですね、でも考えが浅いんですね」
「違う!! 俺のことじゃない! 貴様のことだ! 本官を侮辱するのか、侮辱罪だ!」
「私いつあなたの社会的評価を下げるようなことを言いました? 侮辱罪の保護法益って外部的名誉、つまり社会的な評価ですよね? その低下の恐れを犯罪とする抽象的危険犯ですよね? あなたの社会的評価を下げるようなことなんて言ってませんよ? 勝手に犯罪者にすると脅すのは止めてもらえませんか? それこそ犯罪じゃないんですか?」
「もう勝手にしろ! お前が犯人であることは書こうと書くまいと変わらないからな」
そう言うと椅子に座り黙り込みもう一人の警官と交代しのだった。
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