第4話 ランナーズハイ

「ノブ、今日も無駄だと知りつつ魔法の練習か」

「ジョン、ステイ!」


 犬が言葉を話すのは止めてほしいと思うのは前世の常識があるからでしょうか、それともそこから吐き出す言葉が辛辣だからでしょうか。


「今日で何日目だ? もう無駄だと分かっただろ?」

「くっ!」


 怒りを飲み込み保健所に電話しようとの決意を新たにしました。

 喧嘩しても叶いません。体重は僕の三倍以上はあります。六十キロ超えてるそうです。僕が殴っても痛がりもしません。『もっと上もお願い』とまるでマッサージをしているように気持ち良さそうです。


 ボッ!


「あっ、出た! 出たぞ、ジョン! やった!」

「なんだ? 便秘が治ったのか?」

「くそっ、煩い! でも、ほら、これが魔法だよ」


 漸く手から飛び出した火の塊を得意げにジョンに見せつけます、へへへ。


「そんなの俺にもできるぞ」


 そう言うとジョンは口から火の塊を、僕が出したのよりも巨大で高温の火の塊を吐き出したのです。

 もう開いた口が塞がりません。先程までの得意げな表情は既に僕の顔から消え失せているのでしょう。大きさも色も違いました。ケルビン、つまり色温度は僕が二千度程の赤色でしたが、ジョンは白、五千度程度はあることになります。倍以上です。大きさもあるので更に四倍以上でしょうか。


「落ち込むな。俺達は所詮護衛犬だ、敵の襲来時に飼い主を守るために訓練されている。この高い知能も遺伝子操作による脳の肥大化の影響だがその副産物として魔法が使えるようになったのだ」


 そ、そうですか、それでも羨ましい限りですが‥‥



 ◇◇◇◇



 翌朝未明です。毎日の日課として課したジョギングをしています。

 居住区の一番外の道を走ります。その道の外側には居住区のドームの壁があるのですがその外側の月の表面は見えず長閑な景色を人工的に映し出しています。


「遅いぞ! 昨日より三十秒遅い!」


 ジョンが叱咤激励、いや、𠮟咤叱咤し僕を追い込みます。


 ジョギングが終れば剣の特訓です。剣は前世、異世界で師匠に特訓してもらったのでその復習です。


「おっ、チャンバラか? 地球のドラマの影響だな」


 通りかかった父が寄って来ました。

 そうです、ここでは地球のドラマが見れるのです。吹き替えですが。

 ずっと大昔の時代劇だと思っていたのですが地球のドラマでした。だって、車にタイヤがあると馬鹿にしてたのですから。そうです、それ程地球人と私達は似通っているのです。ただ遺伝子が少し改良されていて寿命と脳の体積と病気に対する抵抗が違うとのことです。もう一つ、決定的な違いは僕達の体の中にはナノボットが入っています。そのナノボットが傷や病気を治療し駆逐するそうです。


「うん、チャンバラもっと頑張るっ!」


 一応子供っぽく振舞います。父に剣術を教えようかと言われたのですが‥‥


「うん、僕子供だからまだいい」


 そう言って断りました。まずは以前覚えた剣術の復習だと思ったからです。


 そして午後からは勉強です、仕方がありません。

 前世で異世界に行った時には賢いと褒められたのですが、さすがに文明の進んだ世界では地球の知識は通用しませんでした。もうすぐ行く予定の学校が怖いです。


「勉強教えようか? 数学も物理学も得意だぜ」


 い、いや流石に犬に勉強教えてもらうのはちょっと‥‥

 前世の常識があるからかなりの抵抗があります。


「犬より賢くなれよ」


 犬に直接言われると物凄く馬鹿にされた気がします。


 寝る前に今日の魔力を練り上げ全て使ってしまいます。それが体内の魔素含有量を増やす第一歩です。


 兎に角、可能な限り早く転移魔法を使用可能にし転移しないと紗菜が殺されてしまいます。

 転移魔法が使えたら他の魔法も使えるはずです。結局魔力が足りないだけですから。



 ▼△▼△▼



 あれから一週間、紗菜が殺されてないか心配です。


「チチ、いつ地球行く?」

「チチって言うな、スズ。未だ行けないんだ」


 妹はなぜか前世と名前が一緒です。偶々でしょう。


「ノブ、早くしろ、紗菜殺される」

「お兄ちゃんと言いなさい」

「アニ、煩い」


 もう勝手にしろ。紗菜が心配で焦っているのは分かるのですが、少しはこっちの事情も考えてほしいです。


「おーい、ノブぅ、元気かぁ? ジョンもスズも元気か?」


 ん?

 見ると近所に住む同じ年の女の子ネネでした。この国の名前は同じ文字二文字が多いのです。


「もう勉強してる? もう直ぐ入学だよ」


 はっきり言って勉強はあまりしてません。今はそれどころではありません。

 体を作り魔力を増やすことが急務です。


「あんまりしてないな」

「そんなチャンバラばっかりしてるからだよ、うちのお父さんが子供だなって言ってたよ」


 くそっ!


「ネネちん、アニ、頑張ってる! アニ、こうこく!」

「そうなの? って意味不明」 


 妹が庇ってくれてます。多分『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』と言いたかったのだと思います。彼女は昔からめんどくさがりなので短縮したのでしょう。

 ネネちんはことあるごとにうちにやって来て僕の邪魔を、いえ、僕にに構ってくれてます。



 ▼△▼△▼



 あれから数か月経ち、待ちに待った入学です。学校は一つしかありません。全ての居住区の学生は官公庁や学校がある一番巨大な居住区に住み学校に通うことになります。妹のスズとジョンと暫しのお別れです。


「アニ、怠るな。危険」


 相変わらずの短縮形、もはや意味不明です。


「ノブ、乾坤一擲、自分の身は自分で守れよ」


 なんか、犬が賢そうなことを言ってます。

 ジョンには紗菜のことも話してるのです、実は信頼できる奴なんです。



 中央の公園にバスが来ているそうです。新入学生全員集合し一緒にそのバスに乗って最大ドームに向かいます。


「は~い、ノブ。今日からずっと一緒ね」


 いや寮が同じというだけで部屋は別ですのでずっと一緒という訳ではありません。

 実はちょっとこの娘苦手なんですよね。


「ハハハ、ソダネ」

「どうして棒読みなのよ、嬉しくないの?」


 嬉しくないとは言える勇気がありません。どうしても前世の記憶があるので子供の言う事を真っ向から否定できないのですよね。それが苦手な理由かもしれません。


 バスが到着したので乗り込みます。

 地球のバスとの大きな違いはタイヤが無い事ではありません。この星のバスははっきり言ってスペースシャトルよりも遥かに高性能な宇宙船です。ただ、出力があまりないので宇宙空間まではいけません。つまり空間をそれ程歪ませる力が無く星の引力から脱することができないのです。


 バスは月表面の真空の空間を進みます。

 月だと思うと感慨一入かんがいひとしおです。前世では皆が行きたかった(?)月です。なぜでしょう、いるはずもないのにウサギとかぐや姫を探してしまいます。恐らくかぐや姫は数百年前の僕達の先祖だったのでしょう。とは言え彼女は未だ生存しているかもしれません。だって僕達寿命が長いですので。



 一時間ほどで月最大のドームに到着しました。

 ドームの中は地上百階建以上のビルが整然と並んでいます。沢山の人が歩道を歩いて‥‥ません、動く歩道でした。月にもこんな巨大な街を作るなんて地球の技術では考えられません。どんな難しいことを勉強させられるのか学校に行くのが怖くなってきました。


 学校は外にグラウンドなど無い一つのビルでした。一階から二十階までが教室で二十一階から上が寮、三十階から三十二階までが食堂やレストラン、喫茶店などの飲食街や各種店舗となっているようです。その上にも様々な施設があるようです。更にその上には高級官僚などのが居住するコンドミニアムだそうです。一階に一家族の広さです。



 一通り説明を受け寮の鍵を渡され解散です。相部屋などはないようです。

 寮の部屋で一息つくと日課のランニングに向かいます。トレーニングルームが三十三階にあるので向かいます。


「なんだお前、ここは俺達の縄張りだ」


 小学生に絡まれました。

 文明が発達してもいじめはなくならないようです。


「今度の新入生です。走っているだけなのでお構いなく」


 走り出そうとすると後ろから蹴られ前のめりで倒れました。僕小学生を相手にしている暇などないのですが。


「お構いなくだ? 構うかどうかは俺様が決めるんだ!」


 如何にも我儘で自分勝手に育てられてきたのだろうと憐みを感じます。そういえば、長男も我儘に育てたせいか、この子と変わらなかったなと思いだしました、懐かしいです。

 そう思ってしまえばこの我儘なガキも可愛く感じてしまいます。


「うん、分かったよ。それじゃね」

「待て待て待て、まだ行っていいとは言ってないだろ」

「それで用は何だい?」

「生意気な奴だ、泣かせるぞ」

「え、泣けば行っていいのかい? えーんえーん。ほら泣いたからもう行くよ。じゃあね」


 もう小学生なんかに構っている暇はないんです。一刻も早く紗菜を助けないと。

 その為にはまずは体作りなのです。


「お前絶対泣かす!」


 おっ、追いかけてきます。良い訓練になりそうです。


「ま、待て、もう追わないから待ってくれ」

「何? なんか用?」

「お前面白いやつだな、俺が友達になってやる」

「そんな上から話す奴などいらない」

「じゃあ、なってくれ? いいだろ?」


 恐らくランナーズハイで気持ち良くなって僕と一緒に居ると気持ち良いと勝手に脳内変換しているのでしょう。吊り橋効果ですね。


「いいよ。でも僕今年から1年だよ」

「俺も一年だ」

「うそ?」


 信じられませんでした。彼は既に体が大きかったのです。もし僕が彼くらい体格が良かったらもう地球に転移出来てたかもしれません。


「不思議か? 俺が体が大きいのが不思議なんだろ? 秘密教えてやるよ」


 気になります。

 どうしたら大きくなるのでしょう。

 遺伝子操作が確立したこの世界。違法な手段を使えば一度に大きくなることは可能かもしれません。しかし、政府が禁止しています。いったいどんな手段があるというのでしょう。







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