第3話 墓参

 その日、八条紗菜は亡き母の四回忌の追善供養が無い事を嘆き、それを定めたという聖徳太子に愚痴を呟きながら墓参りに訪れていた。未だ彼女は二十六歳ではあるのだが母の遺産を相続しているせいか専用のリムジンを専用の運転手に運転させて八王子にある墓所を訪れていた。一人で母との対話がしたくて運転手は駐車場で待たせ母の墓の前で手を合わせる。

 彼女が母に聞きたかったこと、たった一つの重大事、それは母が誰に殺されたのかという事だった。あれから既に四年が経過し捜査する人間も年を経るごとに減らされ警察は既に犯人捜しを諦めているのではないかと思わされるほど警察は捜査への熱意を失っていた、少なくとも彼女はそう思っていた。

 

「こんにちは、良い天気ですね」


 そこに現れたのは、捜査本部の本部長を務める川西源一郎、彼は彼女に対し務めて親身に接してはいたのだが如何せん結果を全く出せず彼女の信頼は地に落ちつつあったのだった。


「晴天ですね。天も母の死を嘆き雨でも降らせたら良いのにと思わずにはいられませんが。また今年もいらして下さったのですね、亡き母の為にありがとうございます」


 彼女は晴れ女と周囲から呼ばれるほど彼女が出歩けば必ず雨は止む。それほど雨とは縁がなかった。晴天が彼女の所為だという何の根拠もない。ため彼女はその根拠を天が彼女を嫌っているのだと思うことにしていた。そうでなければ母の命日くらい雨を降らせてくれても、母の為に泣いていると思わせてくれても良いのにと思わずにはいられなかった。


 一頻り紗菜の母であった八条鈴の墓に手を合わせると、それではこれで失礼しますと言い残し本部長は帰って行った。


 邪魔されたと少々機嫌を損ね、また母との対話を再開し、事件当時を振り返る。しかし、その時傍にいなかった紗菜にとっては他人から聞いた状況を整理し犯人を推測するしか他なかった。結局証拠からは誰が犯人かも分からず、誰が母の死によって一番利益を得たかを考えてもそれは結局自分に帰結することになってしまい犯人は自分だということになってしまう。既に彼女の父は他界し彼女に兄弟は一人もなく母の財産は全て彼女が相続していたのだ。その観点で犯人を捜せば紗菜自身が母を殺したことになってしまうのだった。だが、紗菜はいつかは母の財産を相続することになる。それが早いか遅いかの違いだ。借金も無く早急に現金が必要な事情もない。彼女が犯人でないことは誰の目からも明らかだ。そうでなければ既に逮捕起訴されていることだろう。少々の事情があれば容疑者とされ長時間に及ぶ取り調べの末自白を強要される自白偏重の取り調べを経て起訴され作られた証拠によって有罪とされてしまう。そういう冤罪事件が実際に行われている現状において、彼女が被告人とされていないのは警察もそれを理解しているのだからだと彼女は考えていた。


 結局霊媒師でもない彼女にいくら母の墓に尋ねたとしてもその答えは出ない。彼女もそんなことは百も承知でありただ頭の中を整理する為に墓参りを利用しているのだと母に謝罪する。


 もう帰ろうと立ち上がった時、突然男性の絶叫が周囲に響いた。


 声のした方を振り向いた彼女は一瞬の逡巡の後、声のした方角に走り出した。


 この周囲は全て八条家が買い取り全て一族の墓だけが存在していて一族以外の人が墓参りに来ることはない。その中央にひときわ巨大な創業者である八条信長の墓石があり、その後ろに回った時に紗菜は男が倒れているのを見つけた。男は背中に包丁が刺さっておりそこから血が流れだしていた。

 

 それは叔父の陽太であった。叔父の陽太は借金があり、彼が相当追い込まれていた現状に鑑みれば彼が母を殺害した第一候補だと考えていた。その叔父が殺されるとは信じ難かった。裏の組織に借金をしていた叔父をその組織が殺すことはない、何故なら彼にはまだ遺産が入ってくる可能性があり、彼を殺害してしまえば債権が焦げ付いてしまう結果となるからだ。一つ分かったことは叔父の陽太は犯人ではなかったという事だろう。そして恐らく母を殺した犯人が彼を殺したと彼女は確信していたのだった。


 まだ生きているのか死んでいるのか恐怖で触れることさえできず直ぐにスマホを取り出し救急車を呼ぶのか警察を呼ぶのか、彼女はパニックに陥っているようで、迷いに迷った末、叔父である祖父信長の次男の隆に電話していた。隆は兄弟の中では一番常識的で理知的な人物、母を亡くした紗菜に親身になり相続等の手続きも彼が手配し、彼女に対しても凄くも優しく接してくれてまるで本当の父のようだと常々感謝していた。


 『すぐに警察に電話しろ』


 彼の忠告に従い、警察に電話を掛ける。

 五分もせず警察が駆けつけ周囲は騒然とし始めた。警察に事情を話したが、彼女は第一発見者であり疑われるのではないかと心配したがすんなり警察は返してくれ、その心配が稀有だったと帰りのリムジンの中で安堵した。


 翌日早朝メイドの料理した朝食を食べ出勤の準備をしていると誰かの来訪を告げるチャイムが鳴る。直ぐに対応したメイドがいつになく慌ただしく小走りで彼女のもとへやって来た。


「警察の方が‥‥」


 それだけ言うとメイドは俯き黙ってしまった。

 これはただ事ではないと紗菜は自ら玄関に赴く。


「八条紗菜、八条陽太殺害容疑で逮捕する」


 逮捕状を掲げた警察官がはきはきと明瞭な声で告げた。

 紗菜は第一発見者だ、当然これは予測していた。しかし、参考人ではなく逮捕状が既に簡易裁判所から取得されている現状に鑑みれば昨日の時点で紗菜が容疑者だと目されていたことは間違いないだろうと彼女は考えていた。

 だとすれば、逮捕状の請求者は指定警部以上であり、昨日会った階級は警視である本部長の川西源一郎が逮捕状を請求したのは当然として彼も母の殺しに何らかの関係があるのではと訝しがる。それも、警察による母殺害の捜査が一向に進まない点、今回の早すぎる逮捕状の発布、叔父である陽太を殺害していないにもかかわらずかけられた容疑が母を殺した者が紗菜を陥れているのではないかと考えられた。おそらく川西も母の死に関係していることになる。


「分かりました。弁護士に連絡しますので少々お待ちください」

「駄目だ。手錠を掛けろ。午前七時五分逮捕」


 同行していた女性警察官が紗菜に手錠をかけた。


「あの、ミランダウォーニングスとかないんですか?」

「はぁ、ここは欧米か? タカトシもびっくりして突っ込むぞ。日本にある訳ないだろ」


 流石日本の司法制度は遅れてるな、ゴーンも裸足で逃げ出すわけだとアメリカ育ちの紗菜は呆れ果てた。


「でも接見交通権は認められてるでしょ、電話かけます」


 少々強硬に電話を掛けようとする紗菜。無実なのだ、早くしなければならない。出来なければ一通り自白を取った後で漸く弁護士との接見を認められることになりかねない。そうなってしまえば、その自白を覆すこと自体が難しくなってしまうのだ。ここがアメリカなら弁護士同席の上での取り調べが認められるのになぜ私はこの司法的発展途上国日本で生活しているのだろう。母の殺害犯が見つかったらアメリカに戻ろうと決心する紗菜であった。


「駄目だ、取り調べの後だ、お前は逮捕されたのだぞ、そんな自由は認められん」


 いや、逮捕された被疑者に接見交通権が認められるのだろうと反論したかったが、あまりの警察の高慢な態度に反論すればさらに対応が悪くなることが恐ろしく反論できなかった。これでは冤罪で有罪とされてしまう。犯人でなくても犯人にされてしまう冤罪がはびこっている日本は住むべき土地ではないと決意を新たにした。


「なぜ私が殺したことになったのでしょう」


 でも、紗菜はこれだけは知りたかった。

 知らなければ反論の仕様もない。


「取り調べの時に教えてやる」


 それでは遅いと紗菜は続ける。


「例えば緊急逮捕時は逮捕理由を告げることになってますが、その理由に殺人罪という罪名だけではなく殺人罪になる理由も含まれると解釈できるのではないでしょうか? だとすれば例え逮捕状があって逮捕理由が殺人罪だとしてもなぜ殺人罪になったかを告げても問題ないのではないでしょうか」

「そんな義務はない! それを教えたらお前に余計なことを考える時間を与えることになるだろ?」


やはり詭弁は通じなかったようだ。それとも良く分からない質問には強硬な態度をとることが日常なのかもしれない。


「余計な事って何ですか?」

「逃亡の手段とか噓を考えることだ。安心しろ、取り調べでたっぷりと教えてやる」

「もちろん可視化の為に録画はされるんですよね?」

「欧米か! 全部がそうだと思うなよ。ちゃんと白状するような犯人だけ録画するに決まってるだろ」


 その言葉が聞きたかった‥‥


 その光景を見ていたメイドは紗菜の言いつけ通りその光景を録画していた。

 私が連行されたら動画を弁護士に渡してくれ、これで取り調べを録画してもらえるから、そう言づけていた。

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