第4話『ミルラ・ベクトラー』

 作業開始から5時間が経過した。時刻は14時。

 ガーネットラヴィーンのまばらな森の中で、ミルラ・ベクトラーが作業していた。

 気温は-6℃……かじかんだ手をさすりながら、必死にツリーリジェネレーションを施す。

 まだ20歳と年若い彼女もまた、雪山対策が万全ではなかった。

 スキーウェアの下はフリース一枚にシャツ、ジーパン……もちろん使い捨てカイロなどは持っていない。

 例によって彼女も火の精霊を呼んで暖を取る方法で、体を温めていたが、まるで山風に剝がされるようだ。

(どうしよう……)

 さっきの休憩の時、ポールさんに断って、防寒対策するんだった。お昼休憩も終わっちゃったし、抜けられないよね……。

 オービット・アクシスを見てみる。

 ツリー・ポール班の進捗は1205本/0.06㎢——。

 暗算で誰一人抜けていないことを知りがっかりする。

 そうしているうちに、お腹がゴロゴロ言い出した。

 風は強いし太陽は翳るし、嫌な感じだ。

 童話の里には戻れない。そんなことをしたらポールさんのことだ、大騒ぎになる。

 家に戻るなんてことも無理だ。家族にはカエリウスでの仕事だと言ってあったが、戻ったら怪しまれる。

 民話の里は――? ダメだ、面識のある人が1人もいない。

 チラッとサバラスの小屋が浮かんだ。

 あんな怖そうな人に頼むなんてできない。

 ど、どうしよう――!

 本来のリーダー、オリーブがいてくれれば、何とかしてくれるのに。

 そうだ、パティさんに! と思ったところで限界がきた。

 ミルラは矢も楯もたまらずテレポートした。


 ガーネットラヴィーンの外れ、サバラスの小屋——。

 暖炉の前でルビーウッズを透視していたサバラスは、突然小屋の中にテレポートしてきたミルラに度肝を抜かれた。

「すみません、トイレ貸してください‼」

 言うなり影のトイレに駆け込むミルラ。

 断る隙もなく有無を言わせず……呆気に取られたサバラスだったが、事情を察するとしたり顔でミルラが出てくるのを待った。

 やがてミルラがこわごわトイレから出てきた。

「……あの……」

 サバラスは台所に移動していて、ミルラに顎で暖炉を指し示した。

「そこに座りなさい」

「あのっ、でもすぐに戻らないと……」

「体が冷えたんじゃろ? そのまま戻っても二の舞を踏むぞ。いいから温まっていきなさい」

「は、はい」

 ミルラは言われた通り、暖炉の火で温まった。

「そろそろ脱落者が出る頃だと思っておったわい。儂のところに駆け込んでくるとは思わなんだがな」

「ご、ごめんなさい。もうここしか思い浮かばなくて……」

 サバラスはマグカップに熱々でたっぷりのミルクを入れて、ミルラに差し出した。

「飲みなさい」

「ええっ、でも……」

「飲んで腹から温まりなさい。それが一番の近道じゃ」

「……はい」

 ミルラは両手でマグカップを持って、ふうふう言いながらミルクを飲んだ。

 芯から冷えた体がミルクの暖かさと甘さでふわりと緩んだ。

 緊張したままだったが、何よりの手当だったようだ。

 サバラスはライティングビューローの椅子を暖炉前に持ってきて、よっこらせと座ってミルラに向き直った。

「さて、おまえさんの名前を聞こうか」

「ミルラ・ベクトラーです」

「そうか、歳は?」

「20歳です」

「ほう、まだ若いな。その防寒着はどこで用意したんじゃ?」

「パラティヌスのスポーツ用品店です」

「それがまず間違っておるな。雪山と平地では-5℃違う。炎樹の森はアルペンディー大山脈からの吹き下ろしで、冬場の体感温度は-10℃と言われておる。大体にしてカエリウスでは、冬場森の中で作業するには山男でも5枚は着こむ寒冷地じゃ。パラティヌスでは基本、用意できんだろうな。これが第一の要因じゃな」

「……!」

「おまえさんのその細さでは、着ていて3枚くらいじゃろ」

「は、はい」

「まぁ、よく持った方じゃな。ルビーウッズにいた連中は、防寒着を買いに走ったようだが、おまえさんのとこの班は野放し。第二の要因だ」

「……」

「それにガーネットラヴィーンは木々が密生しておらず、吹きさらしじゃ。第三の要因じゃな」


















 

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