第4話『炎樹の森の主』

「クックック……」

 アンバーフットの顛末を透視していたサバラス老人は、あまりの痛快さに腹がよじれるほど笑った。

 誰があんな見晴らしのいい場所で、アースフォローアップをしようと思うだろうか?

 カエリウスの人間には思いもつかないことをやってくれる。

 サバラス老人はその中心人物であるオリーブがいたく気に入った。

 突然、10㎢もの土地の地力が上がった。これは事件だった。

 今頃、民話の里では泡を食っていることだろう。

 そっちは放っておいて、またガーネットラヴィーンの方を透視しようとすると、くぐもった声が聞こえた。

(うるさいのう……)

 森の深部で主が呟く。

(おお、起こしてしまったか)

 親し気にサバラス老人が返す。

(お前の仲間か、サバラス。ピーピー喧しいぞ。何とかしろ)

(すまんのう、彼らは森の平和を取り戻すためにやってきた、余所者だ。森中のどんぐりの木を治して回っている。冬眠中のあんた方には迷惑だろうが、目をつぶってくれんか)

(いつまでかかる……?)

(来年の夏まで、と彼らの代表は言っていたな)

(我は構わんが、赤熊や双頭鷲の機嫌までは知らんぞ)

(それは困る。双方に言い含めてくれんか?)

(幻獣たる本性は曲げられぬ)

(餌を確保するためだと云えばいい)

(——確かに餌では森中が難儀したようだが)

(そうだろう? 余所者だが腕は確かだぞ。おまえさん方のテリトリーはわからんとしても、気配くらいはわかるだろうさ。大目に見てやれば森にたっぷり恵みを落としてくれるぞ)

(……期待しよう!)

(ああ、そうしてくれ)

 そこで主との会話は途切れた。

 暖炉の火が爆ぜた。

 サバラス老人はよっこらせと立ち上がって、新しい薪をくべる。

 赤々と燃えるオレンジの炎。

 さて、と。

 また椅子に腰かけて、パイプをくゆらせる。

 ガーネットラヴィーンの連中は粒が揃っているな。ルビーウッズの連中は慎重派が多い。アンバーフットの連中はバランスが取れているぞ。

 評を下しながら、サバラス老人は考えた。

 NWSの代表があんまり若いんで、つい危ぶんでしまったが、なかなかどうして骨のある連中じゃないか。

 儂がもう少し若かったら、指導して回るんだが。

 生憎、若い頃の重労働が祟って、膝を悪くしている。

 サバラスは軍を退役後、鉄鋼業で身を立て、40歳半ばで万世の秘法に転身した苦労人だった。

 因果界に昇った頃には、同年代や若い連中もまぁまぁいたが、国の内情不安のせいか、みんな一様に昏い影を背負っていた。

 職人気質のサバラスは、根が単純なので、同年代のそこはかとなく暗い憂鬱さとソリが合わず、一人で黙々と修法行に励んだ。

 長年連れ添った妻は、万世の秘法を取り巻く事情がわからなくて、男を作って蒸発した。

 一人息子は兵役についているうちに、首都マーチで出合いがあって、嫁を連れて帰ってきてくれた。

 しかしその頃にはもう過疎化の波が地方に来ていて、病気がちだった孫を総合病院で診てもらうため、息子家族はやむなく首都マーチに移住した。

 一緒に行こう、と息子は再三サバラスを説得したのだが、サバラスは頑として首を縦に振らなかった。 

 万世の秘法の仕事は引きも切らずあったし、今さら首都暮らしで惚けてしまいたくなかったのだ。

 嫁も孫もかわいがっていたのに。

 二人の哀しそうな顔が忘れられない。

 そうまでして残った万世の秘法ではあったが、民話の里の活きの悪さはもう風土病と言ってよかった。

 過疎化が極まったような、しんとして民話の里にいると、寒々しい気配がひたひたと迫ってくる。

 サバラスは森の監視に使っていた無人の小屋を、見様見真似で改装して無断で住み着いた。

 それからもう5年が経過していた――。

 NWSの連中の若さ弾ける笑顔や行動を見ていると、サバラスの中にあった精神の若さが掘り起こされるようだった。

 儂もすっかり頑なになって、若い連中を未熟者扱いしてきたが、NWSの連中には果てしない展望と底抜けの明るさがある。

 そのうち仲良くなりたいもんだが。

 そして、その機会は意外に早くやってくるのだった。



















 

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