第1話『ポール・アスペクター』

「へ――っくしょい!!」

 パラティヌス南端国メーテスの主街道。

 造り酒屋の行列は、よそよそしく男のくしゃみを黙殺した。

 男は素知らぬ顔で斜め上に視線を向けたが、その実、目は全く違う場所を透視していた。

 そこではNWSのリーダーたちが盛り下がっているのが見えた。

(ったく、しょうがねぇなぁ……)

 俺がいないと、盛り上がるきっかけも作れねぇんだからなぁ。

 5班リーダー、ポール・アスペクター。

 自他ともに認めるお祭り男である。

 ゆるいくせっ毛に顔のパーツが特徴的なポールは、謎のスタッフジャンパーを掻き合わせてほくそ笑んだ。

(ま、いいことは黙ってないとな!)

 やがて行列はポールを前に押し出した。

「おばちゃん、ノンアルコール甘酒二つね!」

 不愛想なおばさんは、テイクアウト用の丈夫なガラスのコップに、おたまで気持ち多めに甘酒を注いだ。二つ分400Eエレメンが桝に入ったのを確認して甘酒を渡す。

「あんがとさん」

 ポールは列を離れると、人々の死角になる路地へ急いだ。

 そして、そこから童話の里へテレポートしたのだった。


 童話の里の喧騒をよそに、東端にある正門では、番兵二人が気の毒なくらい真剣な面持ちですっくと立っていた。

 その数メートル手前でテレポートしてきたポールは、彼らに甘酒のコップを差し出しながら近づいた。

「やぁ、お疲れさんっす」

 番兵が黙礼する。

「これ、差し入れ。ノンアルコールの甘酒。あったまるよぉ」

「いえ、警備中ですので」

 固辞する二人に、ポールがせっせと懐柔にかかる。

「まぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ、ご両人。ここは一つ、宴会主催の万世の秘法を立てて、ほっこりしてくださいよ」

「……では遠慮なく」

 番兵たちが飲むのを満足して見届けたポールは 、コップを受け取って、造り酒屋の棚にテレキネシスで返却しておいた。

 心置きなくサプライズで気持ちよくなったポールを待っているのは、仲間の非難のはずである。

(非難、悪口、オールオーケーっしょ!)

 

 篝火が焚かれた広場では、陽気な楽隊の音楽でダンスが始まったところだった。

 ぐるりと見渡すと、噴水の向こうに招き寄せる手があった。

 ちゃかちゃか走って行って、仲間たちと合流するポール。

「はぁ~、とうちゃこぉ」

「おっせえぞ、ポール」

 一言釘を打つタイラー。

「ホントよ、何やってたの?」

 オリーブも遠慮なく尋ねた。

「悪い悪い。本屋で時間潰すつもりが、うっかり長居しちまってさぁ」

 しらばっくれるポールを疑う者はいない。

「何飲む?」

 トゥーラが注文を聞いてくれる。

「やっぱビールでしょ。黒ビールね」

「了解」

「いつものサプライズじゃないかって、みんなで噂してたんだ」

 ナタルが時間潰しの話題をポールに振った。

「あたた、期待させて悪かったね」

「本屋で絶好のネタでも見つけたか?」

 アロンが笑いながら聞くと、ポールは勢い込んだ。

「それがさ、聞いてよ。本の情報誌のネタなんだけど、『万世紀文庫』ってのが出るらしいよ。百年単位で国内外のノージャンルの代表作家の短編を文庫化するんだってさ。もう、これもんよ」

 ポールが口の端から人差し指を下になぞった。垂涎もの、と言いたいらしい。

「その情報で喜ぶのはポールだけじゃん!」

 キーツが指摘すると、ポールは人差し指を横に振った。

「チッチッ、お楽しみはここからここから! いいかい、この文庫は投票、つまり他薦で編集するって話なんだな。これぞカオスでしょ」

「票は何票まで認められるの?」

 トゥーラが興味を惹かれて問う。ポールが何度も頷く。

「3票までだって。でもってノージャンルだから、口語体では詩とか俳句とか、あるいはポップスの楽曲とか、抒情歌の詩も含まれるって言うんだな」

「そりゃあカオスだな。収拾つかないんじゃないか?」

 マルクが疑問を口にする。ポールは腕組みして述べた。

「まぁねぇ、ちょっとした意識調査みたいなもんだね。じゃないと専門家の選から漏れたり、ラインナップでも代り映えしなくなるし、どこかで梃入れも必要だよね」














 


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