永遠の輝き
「天真音……」
「はい。天真音です!」
いつもと変わらぬ笑顔がそこにあった。
突然の出来事に、次の言葉が出ない。
ただ涙を流すしか出来なかった。
「お姉ちゃんに無理言って、体を貸してもらいました!」
「そうか……」
「あら、その顔は信じてませんね」
「そんな簡単に信じられるかよ」
「ですよね〜。じゃあ、これでどうですか?」
それから天真音は、二人しか知らない思い出を語り出した。
初めて行った回転寿司での会話、花火大会での間接キスなど、確かに天真音にしか語れない思い出だった。
「天真音、本当に天真音なんだな……」
「だから言ったじゃないですか。天真音ですって」
「あぁ、天真音だ」
「せっかく会えたんですから、泣いてないで笑ってください!」
「……笑えるかよ」
「それは残念」
確かに嬉しいと思う気持ちはあった。
だが、病気を隠していた天真音に対する苛立ちもあった。
「天真音。何で隠してたんだ? 言ってくれれば良かったじゃないか!」
「……ごめんなさい」
「仮の彼氏には、言う必要も無かったって言うのか」
「違う! 違うの……」
「何が違うんだ?」
「信司さん。二年前に会ったの覚えてないですよね?」
「二年前……?」
「わたしが学生のときに会ってるんですよ」
「どこでだ?」
「街で絡まれてた女の子。思い出せますか?」
必死に記憶の引き出しを開けていく。
「もしかして、ナンパされて泣いてた女の子を助けた……あれが、天真音か?」
「ピンポーン! 大正解です!」
「そうか……だが、それがどう関係するんだ?」
「わたしね、その時に恋しちゃいました。わたしの王子様が現れたって」
「えっ?」
「二年前から、信司さんのこと好きだったんです」
「そ、そうなのか」
「何か困ったことがあったらって、名刺くれたの覚えてます?」
「そう言えば渡したような……」
「だから信司さんの会社知ってたんですよ」
「ちょっと待て。じゃあ天真音は、俺が居るから今の会社に?」
「はい! 追っかけました!」
「もしかして、あの部署を希望したのも……」
「そうです! 信司さんが居るなら、部署はどこでも良かったんです」
「そうだったのか。ん? ちょっと待て。なんで総務九課だって知ってたんだ」
「受付で、名刺の部署に在籍してるか確認したんですよ。そしたら、総務九課に居るって教えてくれました」
「ちゃんと確認してたのか。で、何で隠してたんだ? 今の話からは答えが出ないぞ」
「それはですね……信司さんとの時間が欲しかったからです。病気のことを知ってたら、食事やデートに付き合ってくれました?」
「そうだな……知ってたら、治療に専念するように言っただろうな」
「ですよね。だから隠してました。信司さんとの時間を無駄にしたくなかったんです」
「でも、治療に専念してれば……」
「余命宣告されたんですよ? 諦めはしませんでしたけど、覚悟はしてたんです」
天真音が隠してた理由は理解した。
理解はしたが、納得できなかった。
「なぁ、天真音はそれで良かったのか? その時間を俺なんかに使って、後悔してないのか?」
「しませんよ〜。とっても幸せな時間を過ごせましたから!」
「だったら、なぜ仮の恋人なんだ? 普通の恋人なら、もっと幸せな時間を送れたんじゃないのか?」
「そうですね。でも、ダメなんです」
「ダメなことはないだろ」
「病気に負けちゃったとき、普通に退社したことにしたかったんです。普通に恋人になっちゃったら、退社してもお付き合い続きますよね?」
「そうだな。退社しても、恋人だからな」
「仮の恋人なら、居なくなっても問題ないでしょ? そんな奴いたなぁって感じにしたかったんです」
「そんなこと考えてたのか。でも、俺は天真音のことを好きになった。それは考えなかったのか?」
「わたしなんかを好きになって貰えるとは思いませんでした」
「好きになったから、クリスマスに告白したんだ」
「とても嬉しかったです。でも、それが悲しくもあったんです。もう、わたしに残された時間は、多くはなかったから……」
「その涙だったんだな……。天真音の話を聞いて、ようやく全てが腑に落ちたよ。天真音、良くがんばったな」
「はい! がんばりました!」
クリスマスの夜、フラれたんじゃなかったんだな。
そう言えば、あの時渡せなかったプレゼントが、コートに入れっぱなしだったな。
確か胸ポケットに……あった。
「がんばった天真音にご褒美だ」
「何ですか?」
「目を閉じててくれ」
「分かりました」
包みから出した指輪を、左手の薬指にはめた。
「えっ? 信司さん、これは……」
「天真音。俺のお嫁さんになってくれ」
「何言ってるんですか……天真音はもう」
「一番の夢なんだろ。お嫁さん」
「あっ……覚えててくれたんですね」
「忘れないよ」
「で、でも……」
「俺と天真音の魂が結ばれるんだ」
「信司さん……」
「ほら、返事はどうした」
「……はい! 喜んで、お受けいたします!」
「いい笑顔だ」
俺は、その笑顔に引き寄せられた。
そして、それが当たり前であるかのように唇を重ねた。
「ファーストキスだな」
「はい……ファーストキスです」
「そして、誓いのキスだな」
「そうですね。あっ、お姉ちゃんの体だった。怒られちゃうかな……」
「後で俺が謝っとくよ」
そう言いながら抱きしめ、もう一度、唇で天真音を感じた。
「信司さん。ありがとうございました。天真音は、とっても幸せな時間をいただきました」
「俺の方こそありがとうな。天真音に会えて幸せだった」
「もう、時間が来たみたいです」
「行くのか」
「はい」
「そうか」
「一つお願いがあるんです」
「言ってみろ」
「お姉ちゃんのこと、宜しくお願いします」
「何をお願いされたんだ?」
「黙ってろって言われたんですけど、お姉ちゃんも信司さんのこと好きみたいなんです」
「はい?」
「やっぱり双子ですね。一緒に仕事してて好きになったみたい」
「俺は天真音と結婚したばかりだぞ」
「もうすぐバツイチになりますよ」
「バツイチか。確かにな」
「信司さんにはこれからの人生があります。いつまでもわたしに縛られて欲しくないんです。とは言え、他の女性と一緒になられるのは複雑なんです……。でも、お姉ちゃんとなら心から祝福できます」
「なるほどな。天真音のお願いなら聞いてやりたいが、こればっかりは約束できんぞ」
「上手くいくように見守ってます」
「そうしてくれるか」
「じゃあ、そろそろお別れです」
「あぁ……」
「信司さん。大好きです……」
「俺も、天真音が大好きだ……」
抱きしめていた腕の中から、天真音が翼を広げて離れていく。
いつもの笑顔を浮かべて翔んでいく。
「天真音……天真音! 天真音ーーー!」
天真音との日々が次々と思い出される。
楽しい思い出ばかりが浮かぶ。
天真音の笑顔が溢れてくる。
俺を呼ぶ天真音の声が聞こえる。
俺は、まだ目覚めない真優美を抱き抱えたまま、その場に座り込んで泣き崩れた。
「真優美! これはこっちか?」
「そうよ。そこに置いておいて」
「ようやく個展を開けたな。おめでとう」
「ありがとう。信司さんには世話になったわね」
「俺は大した事してねえよ。真優美の実力があったからだ」
真優美が画家だと知ったのは、天真音が居なくなってしばらくしてからだ。
あの頃はまだ売れない画家だったが、一枚の絵をきっかけに評価され、こうして個展を開けるまでになった。
「あれから二年か。時が経つのは早いもんだな」
「そうね。あっという間だったわね」
「やっぱり良い絵だな。この絵には愛がある」
「あの時の気持ちが入ってるのよ」
「意識がないと思ってたんだが、まさか全部ご存知だったとはな」
「わたしが体から出されるなんて知らなかったのよ。幽体離脱ってやつ? お陰様で、なかなか良いもん見せてもらったわよ」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「でも、それがあったからこの絵が描けたのよ」
「お役に立てて光栄です」
「これからもお手伝い宜しくね」
「まだこき使われるのかよ」
「わたしのファーストキスは安くないのよ」
「まだ言うのかよ」
「一生言うわよ。三人の大事な思い出だからね」
真優美はそう言いながら、代表作となった絵を見つめた。
夜空に翼を広げた天使。
その表情は、観る者を幸せな気持ちにさせる。
天使が胸に当てた左手には指輪が煌めいていた。
「まだその指輪してたんだな」
「天真音の形見だからね。わたしのはいつ買ってくれるの?」
「まだまだ先の話だな」
「あら残念。いいわ、待っててあげる」
その時、あの夜に見た光が降り注いできた。
「これは……」
「天真音? 来てるの?」
「真優美のお祝いに来たんじゃないか」
「もう貸さないからね」
光は天使の絵を包み込んだ。
「天真音。元気にしてたか? こっちは何とかやってるよ」
天使が二人に微笑みかけたように見えた。
一瞬輝きを増した光は、二人を包み込んだ。
そして、徐々に空へと昇っていった。
「聞こえた?」
「あぁ、お幸せにって」
「天真音にバツイチ押し付けられちゃった」
「嫌なら返品してもいいぞ」
「嫌とは言ってない」
「真優美は素直じゃないな」
「天真音が素直すぎるのよ」
「確かにな」
天真音。あの時言ってたな。王子を救いに来た天使だって。
俺にとって天真音は、本当に天使だった。
天真音は俺を救ってくれた。
ありがとな。
またいつでも翔んで来い。
二人で待ってるからな。
じゃあな。また会える日を、楽しみにしてるよ。
翔べない天使が翔んだ夜〜あなたに恋して幸せでした〜 かいんでる @kaindel
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