舞い戻る光
気が重い……。
天真音にフラれて、会社へ行くのが気まずい。
かと言って、そんな理由で休むわけにもいかない。
どんな顔すればいんだろう……。
考えてても仕方ないな。そろそろ行くとするか。
さて、天真音がどんな顔で出社してくるか。
いつもは楽しみな時間が、こんなにも苦痛な時間になるとは……。
あ、足音が聞こえる。心臓がフルアクセルだ。扉が、ひ、ら、く……。
「おはよう。神坂くん」
「ぶ、部長? お、おはようございます」
なんで部長がこんなとこへ?
今まで一度も顔出したことないのに。
「ここへ顔を出すなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
「さきほど沢城くんから連絡があってね。体調が優れないので休ませて欲しいとのことだ」
「そ、そうなんですか。なにも部長がいらっしゃらなくても」
「たまたま時間が空いてたのでな」
「わざわざ、ありがとうございます」
「神坂くん。人生悪いことばかりじゃない。何があっても、気を落とさずにがんばれよ」
「あ、はい」
「では失礼する」
体調不良か。天真音、大丈夫かな。
顔を合わさずにすんで少しホッとしたが、それよりも天真音のことが心配だ。
今まで、調子が悪そうなときでも休むことはなかった。
かなり具合が悪いんだろうか。
昨日はあんなに元気だったのにな。
もしかして、俺と会うのが気まずくて休んだのか……?
いや、天真音はそんなことしない。やるべきことはキチンとやる。
あとで連絡してみるか。さりげなく、普通に、上司として。
天真音が居ない一日が、こんなにも味気ないものだとはな。
覚悟を決めて電話してみたが、何回かけても出ない。
電話に出られないほど体調が悪いのか?
お見舞いに行こうにも、天真音の家がどこにあるのか知らない。
俺は、天真音のことを何も知らないことに気づかされた。
好きな動物、趣味は何なのか、スポーツは何かやっていたのか、花は好きか、一人っ子なのか。
天真音に聞きたいことが、次々と湧き出てくる。
一度フラれた。
だからなんだ。
また告白しよう。
俺は、天真音のことが好きだ。
簡単には諦められない。
そう思ったら気が楽になった。
フラれる前提で告白すればいい。何度でも。
天真音の迷惑にならない程度にがんばろう!
あの日から天真音が出社することはなかった。
体調が悪いとの連絡があった。分かるのはそれだけだ。
自宅の住所を会社に聞いたが、個人情報がどうとかで教えてもらえなかった。
明日から年末年始の休暇に入る。
これで、年が明けるまでは天真音の顔を見ることができない。
一人で過ごす年末年始は毎度のことだ。今までは何とも思わなかった。
だが、今年は一人で過ごすのをとても寂しく感じる。
いますぐ、天真音に会いたいな……。
もう大晦日になっちまった。
おせち料理は無くてもいいが、年越しそばくらいは食べよう。
そう思って買い物に来たが、夕方の街はすごい人だかりだ。
とっとと買い物して帰ろう。
うん? あっ、あれは……天真音じゃないか!
「天真音! 天真音!」
これだけ騒がしいと声が聞こえないのかな。
何度呼んでも天真音は反応しない。
このままでは見失ってしまう!
「すいません! ちょっと通してください! 後ろ失礼します!」
人生で、ここまで必死に人混みの中を走ったことはない。
おかげで、天真音に何とか追い付くことができた。
もう逃がさないとばかりに、天真音の肩に手をかけていた。
「天真音!」
「えっ?」
「天真音。体調はもういいのか?」
「あっ……」
「髪、短くしたんだな。似合ってるじゃないか」
「すいません……どちら様ですか。人違いではないですか……」
「何を言ってるんだ天真音。どう見ても天真音じゃないか。まぁ、髪型は変わってるがな」
「人違いです。わたしはその人ではありません」
そう言うと、俺に背を向けて突然走り出した。
「何で逃げるんだ……天真音!」
考えている時間はない。
とにかく追いかけるんだ。
絶対に見失ったりしない!
しばらく走ったところで追い付いた。もう走れない。限界だ。
天真音も限界だったのか、二人で近くのベンチに腰を下ろした。
「ハァハァ、な、なんで、ひ、人違いなんて、言うんだよ」
「そ、それは……本当に、ひ、人違い、だから、です。ハァハァ……」
「まだ、そ、そんなこと、い、言ってるのかよ」
「ほ、本当の、ことですから」
「告白で、気まずいのは、俺の方だ。天真音が、逃げなくていいじゃないか」
「告白? 告白されたんですか?」
「は? なんでだよ。告白したのは俺だろ」
「え? そうなんですか……」
そのまま黙りこんでしまった。
一体どうなってんだ? 告白されたことを覚えてないのか?
もしかして……本当に人違い?
だとしたら、俺のしたことは、通報レベル……?
「信司さん。付いてきてください」
「あ、あぁ」
通報は免れたようだな。
それに、俺の名前を知ってるってことは、やっぱり天真音じゃないか。
どういうつもりなんだ。
とりあえず、付いていけば分かるだろ。
ここは……街で一番大きな病院じゃないか。
なんだってこんなところへ……。
「信司さん。心の準備をしておいてください」
「どういうことだ?」
「とにかく、今は黙って付いてきて」
話し方、表情、いつもの天真音じゃないようだ。
俺は言われた通りに後を付いていく。
エレベータに乗り、降りた先の長い廊下を歩いていく。
天真音が、ある病室の前で立ち止まった。
「ここよ」
その病室の名札には【沢城天真音】と書かれていた。
「な、何なんだこれは……」
「ここが、天真音の病室だったところよ」
「だった?」
「えぇ……もうここには居ないわ」
「そりゃそうだろ! いま俺の目の前に居るんだからな」
「わたしは天真音じゃない。
「双子……?」
「天真音と間違えるのも無理無いわ」
「冗談じゃないんだよな?」
「こんな冗談の何が面白いの?」
「そ、そうだな。じゃあ、天真音はどこに居るんだ。ここには居ないってことは、退院したってことか?」
「ここには居ないって言うのは間違いだったわね。もう、どこにも居ないのよ……」
心臓が氷に包まれたような感覚。
もう、どこにも居ない……その言葉が意味するのは……。
「う、うそだろ……そ、それは冗談だよな? ほら、あれだ。ドッキリってやつだろ? なんちゃって~とか言いながら、天真音がおどけながら出てくるんだろ? そうなんだろ!」
「そうだったらどんなに良かったか。でも、冗談でもドッキリでもない。天真音は、もう居ないのよ……」
「信じられるか! クリスマスの時は元気だったじゃないか! 何でそんなことになるんだ!」
「静かにして。ここは病院よ。続きは、屋上で話しましょう」
真優美に促されるまま、病院の屋上へと向かった。
いま聞かされた事に、俺の思考回路がついてこない。
何も考えられない状態で屋上に着いた。
「何から話したらいいかしら」
「天真音はどうして……」
「癌よ。気づいたのは、入社してしばらくしてから」
「いまの医療なら、癌は治療できない病気じゃないんだろ?」
「そうね」
「じゃあ、なんで天真音は……」
「何となく分かるでしょ。体のアチコチに転移してたのよ」
「そうなのか……」
「発見した時にはかなり進行してたのよ。余命宣告を受けたわ。でも、天真音も先生も諦めなかった。先生は色んな治療法を施してくれたわ」
「でも、そんなに状態が悪いようには見えなかったが」
「そうね。夏くらいまでは、順調に治療が進んでると思われてた。秋くらいかしら。体調が優れない日が増えてきたのよ」
「秋くらいから? そんな風には見えなかったぞ」
「わたしよ」
「何がだ?」
「天真音が体調を崩したとき、わたしが出社してたのよ」
「は? 何を言ってるんだ?」
「様子がおかしいと思ったことは無かった?」
「様子がおかしい? あっ! そうか……二日酔いだと思ってたが、あの日からか?」
「その通り。あれがわたしの初出勤よ」
「確かに様子がおかしかったが、それでも仕事はそれなりに出来てただろ。初めてじゃ無理なレベルだったぞ」
「天真音が先生よ。それに、参考になる資料もあった。天真音が仕事中に動画撮ってたの知ってた?」
「撮ってた……じゃあ、あれは、そのために……」
「いつか、そんな日が来るって思ってたのね。だから、わたしでも初日から何とかなったのよ」
そうだったのか······。
ちょっと待て、それはまずいんじゃないか?
「会社にバレてたら大変な事になってたぞ!」
「バレてたわよ」
「えっ?」
「会社で知らなかったのは信司さんだけ」
「ど、どう言うことなんだ?」
「偶然なんだけどね。社長と父が同級生だったのよ。だから、病気が判明した時点で相談してたの」
「何を相談してたんだ?」
「天真音が癌を治療しながら仕事出来る環境。わたしをパートとして採用し、天真音が出社できない時に変わりに出社できるようにすること」
「良く受け入れて貰えたな……」
「天真音の、信司さんへの想いも伝えてあったの。それと、社長の奥さんも癌だったのよ。もし完治出来ないのであれば、出来るだけ本人の希望を叶えてあげたいって」
みんな知ってたのか……。
天真音の家を教えてくれなかったのも、誰も天真音のことを俺に聞いて来なかったのも、病気のことを知ってたからなんだな。
部長の、何があっても気を落とすなってのは、この事だったんだな。
「そこまでする理由はなんだ? 体調が悪ければ、普通に休めばいいじゃないか」
「体調が悪くて休む。そんな日が頻繁にあったら、信司さんはどう思うかしら?」
「心配するだろうな。何が原因か聞いただろうな」
「そうしたでしょうね。だから、みんなが協力した。天真音は、信司さんに知られたくなかったのよ」
「どうして……」
「それは、わたしにも分からないわ。何となく想像はできるけど、本当のところは、天真音にしか分からない」
「……天真音には会えないのか?」
「会えなくはないわ。でも、天真音は会いたくないんじゃないかしら」
「どうして?」
「苦しんで、疲れ果てて、痩けた顔を、信司さんに見られたくはないと思うの……」
「そうか。そうだな……」
ここまで聞いても実感が湧かない。
いや、信じたくないのだ。
クリスマスを最後に天真音には会っていない。
あの、悲しげに涙を流した顔が、最後に見た天真音の顔だ。
それを思い出していた時、見透かしたように真優美が口を開いた。
「クリスマスデートの後に、急に容態が悪化したの」
「そんな……俺が、デートになんか誘ったから……」
「それは違うわ。クリスマスデートに誘われた頃から、奇跡的に体調が良くなっていったの。デート当日の体調があまりに良くて、先生が驚いてたわ」
「症状が良くなってたのか?」
「そうじゃなかったみたい。医学的には良くなってた訳じゃない」
「じゃあ、なんで……」
「信司さんとのデートを実現させたかった。その想いが全てだったのかもね。ほんの一瞬でもいいから、輝きたかったんじゃないかしら」
花火大会での天真音の一言を思い出した。
あれは、花火を自分と重ねていたのか。
いま思えば、時間を無駄にする事を真剣に怒ったのも、そう言う意味があったんだな。
それだけじゃない。余命を言い渡されていたのなら、天真音の色んな言動が腑に落ちる。
「会いたいな……」
「信司さん……」
「こんな、こんな別れ方ってあるかよ……天真音の居ない日常なんて、考えられないよ……」
「受け入れて。そして、前に進むしかないのよ」
「受け入れられるかよ!」
「受け入れるしかないのよ……」
俺も真優美も、頬を流れる涙が止まらなかった。
その時、煌めく何かが舞落ちてきた。
その光が真優美の体に集まっていき、体全体を包み込んでいった。
その光に包まれた真優美が、笑顔で話し出した。
「天真音……まだ居たのね。うん。うん。そうね。分かってるわよ。え? う〜ん。一生のお願いってこのタイミングで使うもの? 分かった分かった。良いわよ。ちゃんと返してよね。あっ、余計なこと言っちゃダメだからね」
「な、なぁ、何言ってんだ? 大丈夫か?」
声をかけた瞬間、真優美の背中から輝く翼が現れた。
そして、髪が伸びていき、服が白いドレスに変化した。
「信司さん……」
その表情、その呼び方、それは、天真音だった……。
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