遠ざかる光

「先輩、おはようございます」

「おはよう。いつもの元気はどうした?」

「あれ? そんなにいつもと違いますか?」

「いつも元気に入ってくるだろ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です!」

「体調悪いんなら言えよ。早退してもいいんだからな」

「わたしの体調は良いですよ! 今日もがんばりましょー!」

「ならいいんだが。無理はするなよ」

「はい! ありがとうございます!」


 少し元気になったようだが、何か違和感があるな。


「なぁ、天真音」


 あれ? 聞こえなかったか?


「天真音!」

「あっ、はい! わたしですね!」

「他に誰が居るんだよ」

「なんでしょうか?」

「昨日は大丈夫だったか? かなり酔ってたみたいだけど」

「あぁ〜昨日ですか。先輩にはご迷惑お掛けしました。かなり酔ってたみたいで、あんまり覚えてないようです……」

「記憶にないほど酔ってたのか」

「面目ないです……」

「まぁ、倒れなくて良かったよ」


 体調が悪いと言うより、二日酔いなのかも知れんな。

 からかってやろうと思ってたが、今日はそっとしといてやるか。




「先輩! 今日は色々とすいませんでした!」

「あぁ、大丈夫だ。そんな日もあるさ」

「明日も宜しくお願いします!」

「こちらこそ宜しくな。気をつけて帰れよ」

「はい! それでは失礼します!」


 今日はいつもの天真音じゃないみたいだったな。

 物品運ぶ場所間違えたり、人の名前間違えたり、他にも細かいミスが目立ってた。

 何か無理してる感じにも見えた。

 二日酔いなのに無理してがんばってたんだな。

 明日は元気になってるといいが。




「信司さん! おはよーございます!」

「おぉ、おはよう。天真音」

「昨日は何かすいませんでした! 今日はいつもの天真音ですからご安心ください!」

「気にするな。天真音、体調悪い時は無理しなくていいんだぞ」

「ありがとうございます! 今後も昨日みたいな日があったら、宜しくお願いしますね」

「あぁ、任せとけ」


 それからは、時々調子の悪い日があったものの、徐々にそんな日も無くなっていった。

 時々食事には行っていたが、デートらしいものをする事もなく、それでも楽しいと思える日々を過ごしていった。

 そして秋が過ぎ、冬になった。

 俺は、思い切ってクリスマスデートなるものに誘うことにした。

 仮とは言え恋人だ。このイベントはスルーできない。


「なぁ、天真音」

「何ですか?」

「あぁ〜あのな、その〜クリスマスって知ってるか?」

「信司さん。バカにしてるんですか?」

「いや! 違う!」

「じゃあ何なんですか?」

「も、もし、クリスマスの夜空いてたら、ちょっと豪華な食事にいかないか?」


 天真音が、呆然とした顔で俺を見つめている。

 これは、ダメかも知れないな……。


「信司さん。デートに誘ってるんですか?」

「そ、そうだ。あ、天真音が嫌なら断ってもらっていいんだぞ」

「嫌な訳ないです! あまりに想定外だったので驚いたんですよ」

「おっ、おぉ、そうか」

「初めて信司さんからデートに誘ってくれましたね。とっても嬉しいです!」

「喜んでもらえて何よりだ」

「楽しみにしてますね!」


 良かった。ダメだったら気まずい空気に支配されるところだった。

 そうだ! クリスマスデートと言うからには、やはりプレゼントが必要だよな。

 早速今日から探しに行くか。




「何がいいんだ。サッパリわからん……」


 思わず独り言が出てしまう。

 女性にクリスマスプレゼントなんて送ったことがない。

 いや、クリスマスに限らず、プレゼントと言うものを買ったことがない。

 何が欲しいのか聞くのも野暮だしな。

 そうだ! 思い切ってコレにするか。

 クリスマスデートが決まった時に決意したんだ。

 天真音に告白すると!

 本気だと分かってもらうには、このくらいの物じゃなきゃ伝わらんのじゃないだろうか。


「すいません。これをクリスマスプレゼントにしたいのですが」

「ありがとうございます。サイズはおいくつですか?」

「え〜っと。あっ、このくらいのサイズでお願いします」

「このくらいで大丈夫ですか?」

「毎日見てるんで大体分かります」

「そうですか。ではご用意致します。少々お待ち下さいませ」


 買ってしまった。

 喜んでくれるのか、ドン引きされてしまうのか、それは分からん。

 ここまで来たら、なるようになれだ!




 ついにクリスマスデート当日になった。

 今日を楽しみにしてたのだが、今は緊張で爆発しそうだ。

 今までのデートとは違う。

 今日は告白すると決めている。

 緊張しない方がおかしい。


「信司さん! お待たせしました!」

「大丈夫だ。そんなに待ってないぞ」

「今日はどこへ行くんですか?」

「ちょっと高級なレストランだ。今日は特別なデートだからな」

「やったー!」

「じゃあ行くか」

「はい! 行きましょー!」


 本格的な高級レストランはマナーとかが分からん。なので、あまり気を使わなくて良さそうな場所を選んだ。

 それでも、俺みたいな安月給が頻繁に行ける所ではない。


「いい雰囲気ですね。デートって感じがします」

「その笑顔が見れたなら、苦労した甲斐があったな」

「信司さんと居るから笑顔なんですよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

「信司さんが笑顔なのはどうしてですか?」

「天真音が笑顔だからだ」

「良くできました!」

「彼氏っぽくなっただろ?」

「はい! いい感じです」


 緊張でギクシャクするかと思ってたが、意外と自然にできてるじゃないか。

 天真音も楽しそうにしてる。

 告白するにはいい雰囲気だ。

 さすがに店内で決行するのは恥ずかしいな。

 帰り際にさりげなく告白するとしよう。


 


「天真音、どうだった?」

「おしゃれなお店でしたね。料理も美味しかったし、最高でした!」

「そうか。それは良かった」

「信司さんはいかがでしたか?」

「気に入ったよ。また一緒に行けるといいな」

「また……か。そうですね」

「うん? また行くのは嫌か?」

「そ、そうじゃないですよ。また、行けたらいいですね!」

「また行こうな」


 ここまでは順調に来た。

 さて、問題はどのタイミングで告白するかだな。

 どうしたものか……。


「信司さん」

「なんだ?」

「せっかくなんで、こんなものを用意しました!」

「こ、これは……」

「世間一般で言うところのクリスマスプレゼントです!」

「お、おぉ、そうか」

「どうぞお受け取りください!」

「あ、ありがとうな」

「どういたしまして!」

「開けてみていいか?」

「どうぞ!」

「マフラーか。手編みだったりして」

「手編みですよ」

「え? 本当に?」

「わたしの、最初で最後の手編みです」

「最後なのか?」

「もう編めませんよ。こんなに大変だとは思いませんでした」

「そうか。それは大事にしないとな」

「はい! 大事にしてください!」


 ここだ! この流れで告白して、プレゼントを渡す!


「なあ、天真音」

「なんですか?」

「き、聞いてほしいことがあるんだ」

「なんですか?」

「仮の恋人として、いつも楽しい時間を過ごさせてもらってる」

「わたしもですよ」

「その時間は、いまや俺にとって無くてはならないものになった」

「それは、わたしも同じ気持ちです」

「そして、一つの結論に辿り着いた」

「結論?」

「お、俺は、天真音のことが好きだ!」

「えっ……」

「か、仮じゃなくて、本当の彼女になってくれないか?」

「あ……」


 固まっている……ど、どうなんだ……。


「信司さん……」

「おっ、おぅ」

「わたしなんかを好きになってくれて、とっても嬉しいです」

「そ、そうか。じゃあ、これからは本当の」

「でも、ごめんなさい。信司さんの彼女にはなれません」


 そうか……。何となく、天真音も俺を好きなんじゃないかと思っていたが、俺一人で舞い上がってただけだったか。


「そ、そうだな。俺なんかが彼氏じゃな。ははっ」

「違うんです」

「違う?」

「わたしも、好きです! 大好きです! でも、彼女にはなれないんです……」

「ど、どういうことなんだ?」

「ごめんなさい……信司さんは、もっと良い人に出会えると思います。仮の恋人は、その時のための練習ですよ」

「何を言ってるんだ? 俺は天真音のことが」

「信司さん! わたしじゃ駄目なんです! この話は、これで終わりにしましょ」

「天真音……」

「今日はありがとうございました」


 この状況が理解できなかった。天真音の言っていることが理解できなかった。

 俺に出来るのは、遠ざかる天真音の背中を見つめることだけだった。

 その背中には、綺麗で大きな翼のような光が輝いていた。

 いや、本当に見えていたのかどうか。ショックで見えた幻想かもしれん。

 だが、天真音が帰り際に見せた、頬に流れる涙は見間違いじゃない。

 その涙が意味するのは何なんだろう。

 何がなんだか分からないが、フラれたってことだけは分かった。

 

 これから、どうすればいいんだろうか。

 天真音にどう接すればいいんだろうか。

 こんなことになるなら、告白しなければ良かったな。

 そうすれば、今まで通りの楽しい日々が過ごせただろう。

 慣れないことはするもんじゃないな。

 ポケットの中のプレゼント……無駄になっちまった。

 本当に、慣れないことはするもんじゃないな……。

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