変わりゆく光

「おはよーございます! 信司さん」

「お、おい。会社では」

「二人きりなんだからいいじゃないですか」

「そうかもしれんが……。他で言わないように気をつけてくれよ」

「はーい! で、お返事がないですよ?」

「あぁ、おはよう」

「大事なとこが抜けてますよ?」

「おはよう。あ、天真音」

「ふふっ。いいですねぇ。テンション上がります!」

「朝の挨拶だけだぞ。ここからはいつも通りに呼べよ」

「それは残念」


 彼女にはならないと言いつつ、やたらと恋人感を求めてくる。

 俺をどうしたいんだ?

 俺はどうすればいいんだ?

 好きになっちゃいけないんだろうが、この気持ちをクールに処理出来る術を俺は持っていない。


「では、朝の御用聞きに行きますよ。先輩」

「そうだな。では、今日も一日がんばりますか」

「はい! はりきって行きましょー!」


 そう言えば、今日はあの光が見えないな。

 あれは気のせいだったんだろ。

 冷静に考えれば、人の背中が光るわけが無い。


「おはよーございます! 何か御用はございませんかー!」

「おはようございます。何かございますか」


 総務九課開設の頃は少なかった依頼も、時が経つにつれ増えてきた。

 最近では社内の評判も良いらしい。

 総務九課の、と言うより主に天真音の評判だが。

 この調子なら、他の課への引き抜きもあるかも知れんな。


「なぁ、沢城」

「なんですか?」

「このまま行けば監獄脱出も早いかも知れんぞ」

「二人で同じ部署へ行きたいですね!」

「いや、俺はまだまだ先だろうな」

「脱出は、わたしだけですか?」

「そうだな。まずは沢城が」

「嫌です!」

「ど、どうした。なに怒ってんだ」

「嫌ですからね! 脱出する時は二人一緒ですからね!」

「俺は、沢城をもっと良い部署へ配属させてやりたいんだよ」

「わたしは信司さんと一緒に仕事がしたいんです! 信司さんのいる部署が、わたしにとっての良い部署なんです!」

「お、おい」

「わたしと一緒に居るのが嫌なんですか!」

「そう言う事じゃなくてだな」

「嫌なんですか!」

「い、嫌じゃないよ。お、俺も一緒に仕事していければと思ってるよ」

「じゃあ、そんな事言わないでください!」


 まさか、怒り出すとは思わなかった。

 部署が変わっても会えなくなる訳じゃない。

 ここまで怒る理由が俺には分からない。


「わ、分かった」

「分かればよろしい。と言うことで、今晩食事に連れてってください」

「どう言う流れだよ……」

「そしたら許します!」

「では、今晩食事にお誘いいたします」

「やったー! 今日は居酒屋行きましょう」

「そんなとこで良いのか?」

「会社帰りに居酒屋って、夢だったんですよねぇ」

「叶えやすい夢だな」

「今日、信司さんが叶えてくれます!」

「だ、だから呼び方」

「いいじゃないですか。誰も気にしませんよ」

「勘違いされると思うんだがな……」

「わたしは勘違いされても構いませんよ」

「えっ、いいのか?」

「違います! って言えば良いだけじゃないですか」

「あぁ、そうだな……」


 一瞬、彼女になっても良いって意味だと思った俺が居る。

 天真音の言動が俺には理解できん。

 結局なにがしたいんだろ?

 サッパリわからん!


「さて、夢に向かってがんばりましょー!」

「叶えやすい夢で良かったな」

「世の中には、がんばっても叶えられない夢もありますからね」

「確かにな。天真音の一番の夢ってなんだ?」

「とっても普通ですよ」

「なんだ?」

「お嫁さんになることです!」

「それなら叶うだろ」

「そんな簡単じゃないかもですよ」

「そうだな。簡単じゃないかもな」

「それより信司さん。呼、び、か、た」

「あっ」

「良いんですよ。じゃんじゃん名前で呼んでくださいね」


 名前で呼ばれるのがそんなに嬉しいのか。

 本人が嬉しいんなら良いか。

 勘違いされても良いって言ってるしな。

 さて、今日は居酒屋か。

 最近は、天真音と食事に行くのが楽しみになってきてるな。

 がんばって仕事終わらせるか。




「天真音は何か飲むか?」

「わたし、お酒飲んだことないんですよね」

「そうなのか?」

「居酒屋も初めてなんですよ」

「そうだったのか」

「わたしの初めてがいっぱいです!」

「俺にも初めてがあるぞ。女性と二人で飲むのは初めてだ」

「やったー! わたしが信司さんの初めての女性ですね!」

「その言い方は勘違いされちまうぞ……」

「信司さん。エッチなこと考えたでしょ〜」

「いやいや、世間一般にだな、初めての女性と言ったらそう思うだろ!」

「慌てる信司さん、可愛い〜!」

「からかうなよ」


 顔が赤くなってるのが自分でも分かる。

 天真音にからかわれるのは嫌じゃない。

 嫌どころか、楽しいと感じている。

 そこに、天真音の笑顔があるからだろうな。


「これが、うわさのカルーアミルクですか」

「女性に人気らしいな」

「では、乾杯しましょー!」

「あいよ。乾杯」

「かんぱーい!」

「どうだ?」

「美味しいかも」

「飲みすぎて倒れるなよ」

「倒れたら信司さんが送ってくださいね」

「倒れるなよ」

「どこかに連れ込んで襲っちゃダメですよ」

「襲わねえよ」

「それは残念」

「どっちなんだよ……」

「あははっ! 倒れるほど飲まないから安心してください」

「様子見ならがら飲めよ。初めてなんだからな」

「はーい!」


 居酒屋のメニューが珍しいのか、料理が運ばれる度に天真音のテンションが上がっている。

 楽しんでるようで良かった。


「そうだ、天真音」

「どうしました〜?」

「最近、仕事中に動画撮りまくってるけど、何か意味あるのか?」

「ありましゅよ。意味ありまくりでしゅ」

「あったのか。どんな意味があんだ?」

「動画を観てぇ〜、仕事の反省点やぁ〜、効率化出来るとこがにゃいか考えてりゅんでしゅよ」

「そ、そうなのか。それは思いつかなかったな」

「しょれだけじゃ〜にゃいんでしゅけどね」

「まだ意味があるのか。って言うか、大丈夫か?」

「わたしと〜信司しゃんの〜メモリアルを残してりゅんでしゅよ〜」

「酔ってるな。そんな恥ずかしいことをサラリと言うなんて」

「にゃんで恥ずかしいんでしゅか〜。素敵なメモリアルでしゅよ」

「かなり酔ってきたようだな」

 

 白い頬が綺麗なピンク色になってる。

 ほんの少ししか飲んでないはずだが、酒は強くないようだな。

 まあ、初めてだから仕方ないか。

 うん? 今にも寝ちゃいそうな顔になってきてるぞ。

 少し早いがお開きとするか。


「天真音、大丈夫か?」

「大丈夫れしゅにょ」

「大丈夫じゃなさそうだな」

「ちょと眠くなてりゅらけれしゅよ」

「ちゃんと喋れてないぞ」

「しょでしゅか?」

「今日はもう帰ろう」

「信司しゃん。立てましぇん……」

「おいおい。家はどこだ? 送るぞ」

「大丈夫でしゅ。父に電話しゅれば迎えに来ましゅから……」

「じゃあ早く電話しろ」

「はぁ〜い」


 何やら動きが怪しいが、何とか電話出来たみたいだな。


「もしゅもしゅ。お父しゃんでしゅか? お迎えお願いしましゅ」

「おい、場所言わずに切っていいのか?」

「大丈夫れしゅ……」

「場所言わないで分かるのかよ。おい、天真音。ダメだ、寝ちまった」


 折り返しの電話もない。

 こんなんで来るわけないだろ。


「沢城さんいらっしゃいますか?」

「えっ? あっ、はい。ここです!」

「迎えの方がおいでですよ」

「いま行きます!」


 電話して五分経ってないぞ。

 早すぎるだろ。

 とにかく、天真音を連れてかないとだな。


「ほら、天真音。迎えが来たぞ」

「むにゃ……信司しゃん……しゅきです……」

「はっ? えっ? なに?」


 しゅき? それは、好きと言ってるのか?

 そんな訳ないな。聞き間違いだな。

 恋愛感情は無いって言ってたしな。


「あっ、沢城の父です」

「は、はじめまして。おなじ課の者です」

「娘がお世話になっております。ご迷惑お掛けして申し訳ありません」

「いえいえ。こちらこそお世話になっております。いつも助けてもらって感謝してます」

「神坂さんのおかげで、毎日楽しいと聞いております。これからもご迷惑お掛けすると思いますが、娘のことを今後も宜しくお願い致します」

「こ、こちらこそ宜しくお願い致します」

「こんなにお酒に弱い子だったとは。天真音、大丈夫か?」

「あっ、お父しゃんだぁ」

「歩けるか?」

「はぁ〜い」

「ご迷惑をお掛けしました。それでは、失礼致します」

「あっ、はい。お気をつけて」


 それにしても来るのが早かったな。

 場所も、事前に聞いてたのかもな。

 飲んだことないって言ってたから、娘が心配で近くに居たのかもな。

 

 それよりも気になるのは、天真音の背中から出てたあの光だ。

 帰るときに急に見えだした。

 花火大会の時も帰り際だったか。

 あの時よりも大きく、ハッキリと、翼のように見える。

 天真音が天使なら分かるが、どちらかと言うと小悪魔だ。

 俺に、オーラとか見える能力が開花したのかな?

 いや、そんな訳ないな。楽しくて飲みすぎたか。

 こんなこと言ったらヤバい人だと思われそうだ。

 俺の胸の中にしまっておこう。

 

 さて、一人で飲んでても仕方ないし、俺も帰ろう。

 そうだ。今日のことで少しからかってやるか。

 俺ばかりじゃなくて、天真音にも照れた顔を見せてもらわんとな。

 明日、天真音に会うのが楽しみだ。

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