微かな光
「先輩! おはよーございまーす!」
「おはよう。今日も元気だな」
「今日もはりきって行きましょー!」
「あぁ、よろしく頼むぞ」
「はい!」
こうして一日が始まる。
沢城と仕事をしてるうちに、俺の仕事に対する意識も変わってきたようだ。
自分のためでなく、人の助けになる仕事も悪くない。
「おはよーございます! 何か御用はございませんか!」
「おはようございます。御用があればお伺いします」
「ちょうど良かった。二人ともこっち来てくれ」
「部長。おはようございます」
「部長さん。御用は何ですか?」
「急ぎで届けて欲しいもんがあるんだ。先方からの急な依頼でな、午前中に届けて欲しいんだ」
「届けるものは?」
「そこの紙袋だ。他に行ける者がいなくてな。悪いが行ってくれるか?」
「お任せください! わたしたちが確実にお届けします!」
「じゃあ頼んだぞ」
中身は知らんが、大きな紙袋が二つ置いてある。
これは一人じゃキツい。二人で行くのが正解だろ。
駅まで歩いて電車で三十分ってところか。
タクシー使わせてくれりゃ楽なんだがな。
「では行ってまいります。沢城、準備しろ」
「はーい! お出かけお出かけルンルンルン!」
「遊びに行くんじゃないんだぞ……」
夏真っ盛りの道中はなかなかキツい。
太陽の熱視線が突き刺さる。
「沢城、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ!」
「すごい汗だぞ」
「モデルじゃないんで汗は止められないですよ」
「夏は化粧流れたりして大変だろ」
「全然平気ですよ。わたし、化粧してないんで!」
「えっ? 全くしてないのか?」
「リップくらいはしてますよ。あと、眉整えたりとか、お手入れはちゃんとしてますよ」
「それじゃ本当にスッピンなんだな」
綺麗で白い肌は化粧だと思っていたが、まさかスッピンだったとはな。
良く見ると、確かに化粧の白さではないとわかる。
しかし、こんなにマジマジと見たことはなかったが、沢城って普通に可愛いな。
そう思ったら、なぜか目が離せなくなってしまった。
「せ~んぱい。何見つめちゃってるんですか?」
「な、いや、み、見つめてたわけじゃないぞ」
「彼女(仮)ですから、見つめるくらいはいいですよ」
「そ、そうか。すまん」
「あはっ、やっぱり見つめてたんじゃないですか~」
「さ、沢城って可愛いなと思ったら見つめちゃってたよ。ははははっ」
「おや? ようやく気づきましたたか?」
「否定しないんだな……」
「先輩にだけ可愛く見える魔法がかかってるんですよ」
「なんだそりゃ」
がんばって反撃したが、あっさり返されてしまった。
漫画だと、可愛いとか言われると照れたりするのにな。
しょせん漫画は漫画ってことか。
「それはさておき、わたしたちって、恋人どうしに見えてますかね?」
「平日の、この時間に、この服装で歩いてる二人が、恋人に見えるわけないだろ」
「それは残念」
「恋人どうしに見られたいのか?」
「彼女(仮)ですからね」
「どういう理屈だよ」
「彼女(仮)としての役目を果たしたいんですよ。そうだ! 先輩、デートしましょ!」
「何をどうしたらそうなる?」
「今度、花火大会あるじゃないですか? そこでデートしましょー!」
「いや、だから何でそうなる」
「わたし浴衣で行きますから、先輩も浴衣で来てくださいね」
「俺の話聞かずにドンドン進めちゃってるな」
「先輩どうせヒマなんでしょ? だったらいいじゃないですか~」
「予定の確認くらいして欲しいもんだな」
「先輩、予定あるんですか?」
「ない!」
「こういうのを無駄な時間って言うんですよ」
「人生には無駄な時間も必要だぞ」
「わたしの人生に無駄な時間は必要ないんです。時間を無駄に使いたくないんです」
「そ、そんなに怒るなよ」
えらく真剣な顔で怒られてしまった。
確かに、沢城は時間を無駄にしないようにしてるな。
良い心がけだよな。俺も今後は気をつけよう。
「ちゃんと浴衣で花火大会行くから機嫌なおしてくれよ」
「約束ですよ! 来なかったら彼女(仮)は解約ですからね」
「解約したらどうなるんだ?」
「もう先輩とお話しすることもないでしょう」
「そ、それは困る……」
「じゃあ約束守ってくださいね」
「絶対行きます」
「あっ、それとですね」
「まだ何かあるのかよ」
「せっかくなんですから、恋人気分で楽しんでくださいね」
「お、おぅ。こ、恋人気分でね」
待て待て待てっ! デートなんてしたことないんだぞ!
どうやって楽しめばいいんだよ……。
今からデートの勉強でもするか?
いやいや、見栄張って失敗するよりは、正直に言っちゃった方が良いだろ。
「なあ、沢城」
「何ですか? 今さらキャンセルはなしですよ?」
「いや、花火大会には必ず行く。そこでだ、沢城に言っておくことがある」
「おっ、何か深刻な顔してますね。ちゃんと聞きますよ。どぞ!」
「じ、実はだな。俺は、今まで女性とお付き合いしたことがない。当然、デートなんてしたことがない。恋人気分で楽しめと言われても、どうして良いかわからんのだ……」
「なるほど。何となくそんな気はしてました」
「えっ? そんな気がしてたのか?」
「何となくですよ。でも、そんなこと心配しなくても大丈夫です。何故なら、わたしも先輩と同じだからです!」
「はい?」
「お付き合いなんてしたことないですし、当然デートなんてしたことありません!」
「そ、そうなのか?」
「男の人と二人で食事行ったのも、先輩が初めてなんですからね」
「そ、そうでしたか」
「だから、何も気にしなくていいですよ。先輩の思うようにしてください」
「そうか。少し安心したよ」
「ホッとしないでドキドキしてくださいよ! わたしと先輩の人生初デートなんですから」
「ははっ、そうだな。仮の恋人でも、二人にとっての初デートだもんな」
「そうですよ。楽しみにしてますね!」
しかし、仮とは言え初デートが俺なんかでいいのか?
彼女にはならないと言ってるから、俺に恋愛感情は無いんだろうが、そんな男と初デートって。
沢城の考えてることは分からんな。
まあ、せっかくだから楽しんでみるか。
「遅いな。もう約束の時間だぞ」
沢城が時間に遅れるとは珍しい。
もしかして、からかわれてたのか?
もう少し待って来なかったら連絡してみるか。
「先輩! すいませーん! 道が混んでて遅れちゃいました〜」
「そうだったのか。姿が見えないから、また沢城にからかわれたのかと思ったぞ」
「さすがにそんなことしませんよ! わたしは楽しみにしてたんですからね!」
「分かった分かった。そんなふくれっ面で睨むなよ」
「だって〜先輩がそんなこと言うからです」
「悪かったよ」
「許します! では、二人の初デート行きましょー!」
何で遅れてきた方が上からなんだ?
まあいいか。疑った俺も悪かったしな。
それにしても、笑顔はもちろんだが、ふくれっ面でも可愛いな。
そんな風に思うなんて、俺は沢城のこと好きになってんのかな。
だとしても、彼女にはなってもらえんのだから考えないようにしよう。
「先輩! 綿菓子買ってください!」
「俺が買うのか?」
「彼氏が買ってくれるもんですよ」
「そっか。仮でも彼氏になるのか」
「そうですよ。じゃんじゃん買ってくださいね!」
「じゃんじゃんは買わんぞ」
「それは残念」
「そこそこは買ってやるから遠慮はするな。普段の感謝もこめて、今日は全部奢ってやるよ」
「やったー!」
いかん。どんどん沢城が可愛く見えてくる。
これが浴衣マジックと言うやつか。
このままじゃ好きになる可能性が高い。自制しなきゃな。
と言いつつ、目が沢城を追ってしまう。
制服の時は分からなかったが、胸はかなり小ぶりなんだな。
そこも俺の好みだな……って何考えてんだ!
「先輩。どこ見てんですか?」
「はっ! あっ、いや違うぞ! その、浴衣が可愛いとか、胸のサイズが好みだとか、そんな事思ってた訳じゃないからな!」
「先輩のエッチ〜。こんなちっちゃい胸が好みなんですか? コンプレックスなんですけど、先輩の好みなら良かったです!」
これって、どう考えてもセクハラだよな。
しかし、沢城は嬉しそうにしてる。
何はともあれ良かった。
「先輩」
「どうした?」
「この呼び方、恋人っぽくないと思いません?」
「まあ、そうだな」
「名前で呼んでもいいですか?」
「お、おぅ。かまわんぞ」
「やった! では、信司さん」
やばい。名前で呼ばれるのがこんなに破壊力があるとは。
今の俺に耐えられる攻撃ではなかった。
「どうしたんですか? 信司さん」
「い、いや。あまり名前で呼ばれたことが無いんでな」
「ふむふむ。つまり、信司さんは照れているのですね」
「そ、そう言うことになるな」
「信司さん、可愛いですね」
いたずらな笑顔で見つめるな! 可愛すぎるんだよ!
これは、何とか反撃しないとヤバい。
諸刃の剣だが、やるしかないか……。
「お、お前の方が可愛いぞ。天真音……」
「おっ?」
どうだ! 渾身の一撃!
「もう一回! もう一回呼んでください!」
「えっ……?」
「早く早く!」
「あっ、あぁ。天真音……」
「いやぁ~いいですね! 信司さん!」
「そ、そうか。あ、天真音が喜んでくれるなら良かった」
「一気に恋人っぽくなりましたね!」
そんな心からの笑顔を見せるなよ!
俺の心が暴走してしまうだろ!
「よ、よし。じゃあ行こうか。天真音」
「はい! 信司さん!」
そうだ、今はこの状況を楽しもう。
今日だけでもいい。仮でもいい。恋人として、天真音と楽しもう。
「天真音。このソフトクリーム美味しそうだぞ」
「ほほぉ。確かに美味しそうですね」
「食べるか?」
「食べます!」
俺も結構やれるじゃないか。
ちょっと彼氏らしかったんじゃないか?
「美味しい~。信司さんも一口どうぞ」
「おっ、いただきます」
「信司さん。間接キスですね」
「おっ、おぉ~、そうだな~。そうなるのかなぁ~」
「信司さんとキスしちゃいました」
「か、間接的にだけどな!」
「ファーストキスですよ」
「お、俺もだぞ。って、間接キスはファーストキスにならんだろ」
「それは残念」
天真音は楽しんでくれてるのかな?
あの笑顔だ。きっと恋人気分で楽しんでくれてるだろ。
さて、この後は花火を見てデート終了だな。
「そろそろ花火の時間ですね」
「そうだな。会場行くか」
会場へ着くと、俺たちを待っていたかのように花火が打ち上げられた。
「花火って綺麗ですよね」
「そうだな。夜空を彩る花だからな」
「でも、ちょっと切なくもあります」
「切ない?」
「一瞬だけ綺麗に輝いて、その後は消えちゃうんですよ。何か切なくないですか?」
「そう言われると切なくもあるな」
「でも、一瞬でも輝ければ、花火も幸せですよね」
天真音の寂しそうな顔を初めて見た。
こんな表情をすることもあるんだな。
もっと色んな表情を見てみたいもんだな。
うん? 気のせいか? 天真音の背中が光ってるような……。
花火見てて光が目に残ったかな。
「終わっちゃいましたね」
「あぁ。楽しめたか?」
「はい! 今日は、わたしの我が儘に付き合ってくれて感謝です!」
「いや、俺も楽しかった。誘ってくれてありがとな」
「それなら良かったです」
「そうだ。会社では今まで通りに呼んでくれよ。勘違いされちゃうからな」
「それは残念」
「二人で食事するときなんかは名前でいいから」
「わかりました! それじゃ、今日はこの辺で」
「おぅ。またな」
「はい! また会いましょう!」
「気を付けて帰れよ」
こうやって見送るってのも恋人らしさなのかな。
仮のってのが残念だが、こんな気分を経験させてくれた事には感謝しかない。
あれ? まだ目がおかしいのかな。天真音の背中がうっすら光って見える。
いや、目のせいじゃない。夜空を見ても光は見えない。天真音の背中だけが光って見える。
あの光は何なんだろう……。
きっと気のせいだな。考えるのはやめた。
さて、帰って寝るか。
明日からまた、天真音と一緒にがんばるぞ!
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