翔べない天使が翔んだ夜〜あなたに恋して幸せでした〜

かいんでる

舞い降りる光

「先輩! 早く行きましょー!」

沢城さわしろは朝から元気だねぇ」

 

 俺は神坂こうさか信司しんじ。入社五年目のサラリーマンだ。

 朝から元気な沢城天真音あまね。入社して三ヶ月の新人だ。

 

「シャキシャキ仕事して昇進しましょうね。先輩」

「俺が昇進するなんて有り得ないよ」

「またそんなこと言う! 一回くらいの失敗で諦めないでください!」

「三回だ。それも、会社がピンチになるレベルを三回だ」

「あぁ~そうでした~」

 

 順風満帆の業務成績で浮かれてた俺は、クビになってもおかしくない失敗を、去年一年で三回もやらかした。

 それまでの業績を考慮してくれたらしく、クビにはならなかったものの、島流し同然の配置転換となった。

 

「先輩! ドンマイですよ! がんばって昇進です!」

「なあ、沢城はここがどんな部署か分かってるのか?」

「総務九課! 仕事は雑用! 今年四月の新設ながら、早くも監獄と噂される部署です!」

「そうだ。そこへ降って湧いたのが沢城だ」

「降って湧いたとは随分なお言葉ですね。監獄に囚われた王子を救うため、颯爽と舞い降りた天使ですよ」

「誰が王子で誰が天使だ」

「先輩が王子でわたしが天使ですよ」

「はいはい」

「と言うことで、朝の御用聞きに行きますよ! 監獄脱出への第一歩です!」

「前向きすぎて頼もしいよ」

 

 九課の朝は、各課へ雑用を聞きに行くところから始まる。自ら雑用を探しに行くのだ。

 電球の交換、窓ふき、お昼ご飯の注文、備品の修理など、雑用が無くなることはない。

 

「みなさーん! おはようございまーす! 何か御用はございませんかー!」

「おっ、来たな元気娘」

「おはよー沢城さん」

「今日も笑顔がかわいいねぇ」

 

 沢城は社内で評判がいい。正直、総務九課は沢城のおかげで何とかやれてる。

 救いに来た天使と言うのも間違ってないかもな。

 

「早速だけどコピー頼んでいいかな?」

「はーい! お任せください!」

「そこにある荷物を倉庫に運んでもらっていいかしら?」

「かしこまりましたー! ほら、力仕事は先輩の出番ですよ」

「おっ、おう。わかった」

「もっと元気よく返事してください! はい喜んでー! 復唱!」

「居酒屋かよ……」


 総務九課に配属になった時に辞めるつもりだった。

 しかし、今は目標があるから辞めるつもりはない。

 沢城をここより良い部署に配属させてやる。

 それまで辞める訳にはいかない。

 それにしても、なぜ新入社員がこんなところに配属されたんだ?

 今さらだが、沢城に聞いてみるか。

 倉庫で荷物整理しながらなら自然に聞けそうだ。


「なあ、沢城」

「なんですか? 先輩」

「お前、何でここに配属されたんだ? 入社前から何かやらかしたのか?」

「入社前からって何ですか。わたしは何もやってませんよ」

「じゃあ何でだ? 新人が配属されるようなとこじゃないぞ。思い当たることはないのか?」

「ありますよ」

「あるのかよ」

「わたしが総務九課への配属を希望したからです!」

「はぁ? どういうことだ?」

「そのままの意味ですよ。わたしが希望したんです」

「だ、か、ら、何でこんなとこ希望したのかって聞いてんだよ」

「新設の部署があるって聞きまして、面白そうだなぁって思ったんですよ」

「面白そうって……」

「新しいこと始めるって、何かワクワクしません?」

「業務内容が雑用じゃなきゃワクワクしたかもな」

「業務内容も聞かずに決めちゃったんで、雑用って聞いたときはさすがに笑っちゃいましたけどね」

「そこ笑うとこかよ」

「だって、雑用ですよ。そんな部署聞いたことないですよ」

「人の話みたいに笑ってるお前を尊敬するよ」

「思い出したら可笑しくなっちゃいました!」


 あの笑顔を見てると、この状況を楽しいと錯覚してしまう自分がいる。

 沢城には人を楽しい気分にさせる才能があるらしい。


「この部署を希望して後悔してないのか?」

「してないですよ。こうやって先輩と仕事してるの楽しいです!」

「そうか。ならいいんだけど」

「先輩は楽しくないんですか?」

「俺が楽しいって顔してたことがあったか?」

「ないです。いっつもドンヨリした顔してます」

「それが答えだ」

「人生楽しんだもん勝ちですよ。どんな状況でも楽しいことはあるはずです!」

「監獄に飛ばされて給料ダウン。趣味と呼べるものはなし。遊びに行くような友達はいない。ペットは飼ってない。彼女もいない。どこに楽しいことがあるんだ?」

「先輩。なかなかにネガティブですね」

「そりゃネガティブにもなるさ」

「そうだ! わたしが彼女 (仮)になってあげましょうか?」

「なんだ(仮)って」

「仮の彼女ですよ。本当の彼女じゃないですよ」

「彼女もどきに何の意味があるんだよ」

「先輩がわたしに高級な食事おごってくれたりとか、何かプレゼントしてくれたりとか、恋人気分が味わえます!」

「それって、お前のメリットしかないんじゃ……」

「あはは。バレました?」

「まったく。彼女もどきじゃなくても、食事くらいおごってやるよ。高級なのは無理だが」

「本当ですか! じゃあ、今日はお寿司がいいです! 廻るやつで良いですよ」

「今日はって……毎日おごったりしないからな!」

「それは残念」


 沢城は本当に楽しそうに笑う。俺はその笑顔に癒される。

 感謝の意を込めて、近いうちに食事へ連れてってやるか。


「食事は連れてってやるよ。俺はいつでも空いてるから」

「じゃあ、今日連れてってください!」

「今日? 確かにいつでも空いてるとは言ったが」

「わたしも毎日空いてますから!」

「だからって毎日はおごらんからな!」

「わかってますよぉ。とりあえず今日連れてってくださいね」

「わかった。帰りに廻る寿司な」

「やったー! これで仕事もがんばれるってもんですよ!」


 本当に楽しそうに笑うやつだな。

 社内であの笑顔に惹かれるやつは多い。

 入社して三ヶ月で既に三人に告白されたらしい。

 そして、三人は見事に散ったそうだ。


「沢城は彼氏とかいないのか?」

「いませんよ。いたら先輩と食事行くと思います?」

「そうだな。俺と食事行ったって楽しいことなんてないわな」

「そんなことないですよ。先輩といるの楽しいですよ!」

「こんなのといて楽しいのかよ」

「先輩はわたしといて楽しくないんですか?」

「なんで怒ってんだよ。まぁ、楽しくないことはない」

「なら良いです!」

「喜んでもらえて何よりだ」


 人生楽しんだもん勝ちか。

 少しは沢城見習ってみてもいいかもな。

 こんな風に考えられるのも沢城のおかげだ。

 今日は腹一杯食べさせてやるか。




「本当に回転寿司で良かったのか?」

「今日は回転寿司が良かったんです」

「そうか。それなら良いんだが」

「先輩。何食べても良いんですか?」

「遠慮しないで好きなもん食え」

「やったー!」

「食べ過ぎて倒れるなよ」

「倒れたら先輩が運んでくださいね」

「倒れるなよ」

「運ぶときはお姫様だっこでお願いしますね」

「倒れるなよ」

「そのままベッドまでお願いしますね」

「倒れるなよ」

「でも襲っちゃだめですよ」

「くだらんこと言ってないで食え!」

「はーい! いただきまーす!」


 そう言えば、人と食事するのは久しぶりだ。

 やはり一人で食べるよりは良いもんだな。

 そう思えるのは、楽しそうに食べる沢城を見てるからかも知れん。


「先輩。なにニヤニヤしてるんですか」

「うん? ニヤニヤしてたか?」

「思いっきりしてましたよ」

「そうか。気づかなかったな」

「はは〜ん。わたしが彼女 (仮)になって嬉しいんですね」

「嬉しいと思える要素にはなり得ないな」

「それは残念」


 そう言って笑う沢城がとても魅力的に見えた。


「彼女 (仮)じゃ嬉しくないですよね」

「彼女もどきだからな」

「じゃあ、本当の彼女になってあげましょうか?」

「はぁ? な、なに言ってんだお前」

「だから、先輩の彼女になってあげましょうか?」

「い、いやいやいや、突然何言い出すんだよ!」


 そんな真剣な顔で俺を見つめるな!

 彼女いない歴=年齢の俺には対処方法がわからん!


「冗談ですよ! なに顔真っ赤にしてんですか」

「だ、だろうな。わ、分かってたさ!」

「やっぱり、先輩といると楽しいです!」

「そ、そりゃ良かったな」


 楽しそうに笑ってやがる。

 こっちは心臓が高速稼働して破裂しそうだってのに。

 しかし、からかわれてるのに嫌な気持ちにはならないな。

 なぜか心地良さを感じてしまう。


「先輩ごちそうさまでした!」

「満足したか?」

「はい! 慌てふためく先輩も見れましたし満足です!」

「慌てふためいてない。捏造された記憶は捨てろ」

「はいはい。そういう事にしておきます」

「そういう事にしといてくれ。じゃあ明日またな」

「はい! また明日から昇進目指してがんばりましょー!」


 笑顔で手を振る沢城が輝いて見えるな。

 お前がいてくれて助かったよ。ありがとな。

 沢城のために、明日も雑用がんばるとするか!

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