「だから、……ばいばい。きらりちゃん」

 と優しい顔をして、笑って、三つ葉は言った。

 きらりは少しの間、無言だった。

 言葉を話さずに、ずっとなにかを自分の頭の中でよく考えていた。

 それから時刻は三時になって、喫茶店の中にある時計から鳩が出て、ぽっぽーと鳴いて時間を知られてくれた。

 そのあとで「……はい。ばいばい。三つ葉さん」と小さく笑ってきらりは言った。

 それが二人の本当に人生で最後の出会いと別れの瞬間だった。

 それ以降の人生で、二人はどこかで偶然出会ったりすることはなかった。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしてます」

 お会計は三つ葉が払った。

(きらりは自分が奢るつもりだったから、小さながまぐちの財布を取り出したのだけど、それを三つ葉は断った)

 喫茶店の外に出ると、雨は上がっていた。

 別れ際に三つ葉はもう一度、きらりのことをぎゅっと抱きしめてくれた。それから、三つ葉のおでこに優しいキスをしてくれた。

「少しの間だったけど、妹に会えたみたいで嬉しかった。きらりちゃんに会えて本当によかった」

「私もお姉ちゃんにまた会えたみたいで嬉しかったです。三つ葉さんと出会えて、私は本当に幸せでした」

「……ばか。そんなこと言うから、泣いちゃったじゃないか。せっかく絶対に泣かないって、そう決めていたのにさ」

 とにっこりと笑って、泣きながら三つ葉は言った。

 その三つ葉の涙を見て、同じように絶対に泣かないで、笑顔で三つ葉とさよならをしようと思っていたきらりは泣いてしまった。(でも、それでよかったときらりは思った)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る