3日目-1

 水色ウサギの時計が鳴り響く。

 ユメちゃんは「んー」ともぞもぞしながら、のそのそと起き上がった。

「おはよう、ユメちゃん」

 ぽにゃぽにゃした顔で目を擦っていたユメちゃんは、ベッドの端で頬杖をついてたボクに気が付くと、ぽにゃっと笑った。

「おはよう、ウサくん」

 ユメちゃんはぽてぽて歩いてアラームを止めると、「んーっ」と大きく伸びをした。

「おはよう、みんな」

 ユメちゃんはみんなにも笑うと、ほてほてと部屋から出て行こうとした。

「今日は一人で食べるの?」

 枕元の双子ウサギを抱っこして訊く。

 ユメちゃんは悲しそうに笑った。

「がっこう、いけなくなっちゃうから」

「……そっか」

 双子ウサギを抱き締める。

 そんなボクに気付かないユメちゃんは、「あさごはん、たべてくるね」と部屋から出て行ってしまった。

 双子ウサギを見下ろす。どうせ今日も『きょうはどうかな?』『きょうもできないよ』と言っているんだ。

「……」

 キミが寂しくないように、ボクはトモダチになりたかった。けれど、なんだかもやもやする。

 いつもみたいにベッドにもたれかかるように座り込んだ。抱っこしたままの双子ウサギを見つめる。騒がしいくらいだった部屋の静かさに胸が苦しい。願っちゃいけないことを願ってしまいそうになる。

「……」

 目を閉じて、耳をすませる。ユメちゃんが準備していく音が聞こえる。このまま、本当の人間みたいに眠れたら良いのに。

「――ウサくん?」

 ユメちゃんの声に目を開けた。

「どうしたの?」

 双子ウサギを抱き締めながら訊くと、ユメちゃんはもじもじとうつむいた。

 首を傾げる。恥ずかしがっているように見えるけど、なんで恥ずかしいのか分からない。立ち上がろうとした時、ユメちゃんが「まって!」と大きな声を出した。びっくりして固まったボクに、ユメちゃんは顔を真っ赤にして、こしょこしょと言った。

「…………きがえ、する、から……こっち、みないで……」

「? ……あっ、ごめんねっ」

 慌てて膝を抱えて顔を埋めると、ユメちゃんが服を脱ぐ音が聞こえた。

 そうやってしばらく待っていると「もういいよ」と言われた。顔を上げる。ユメちゃんは濃い桃色の細かいチェック模様とウサギのワンピースを着ていた。

 赤い顔のままユメちゃんがベッドに座る。今日の靴下にはウサギが付いていた。

「……ん」

 両足にウサギがつくと、ユメちゃんはドレッサーに向かった。鏡の前に座り、月ウサギとリボンの髪飾りを手に取る。

「ん……む……」

 思うようにならないのか、ユメちゃんは何度も結んでは解いた。桃色ウサギの柱時計を見てみると、ユメちゃんが家を出る時間まであと少しだった。

 双子ウサギを枕元に置いてユメちゃんへ近付く。月ウサギの片割れを手に取って、いつも見ているユメちゃんを思い出しながら髪を結んでみた。

「……ウサくん?」

「……うーん」

 結び終わって、ユメちゃんが首を傾げる。いつもより低いところにユメちゃんのぴょこんが出来てしまった。ママさんとパパさんみたいには出来ないだろうなと思ってはいたけど、本当に出来なかったことが悲しい。

「難しいね」

「うん」

 二人でしょんぼりする。どうしようかと考えていると、ユメちゃんはなにか思いついたのか、「あっ」と言って自分で結ぼうとしていた左のぴょこんになれなかったぴょこんを解いてしまった。ボクが結んだ右のぴょこんに合わせて結び直す。

「これならどうかなっ?」

 いつもより少し低いところにぴょこんを作ったユメちゃんが笑いながら振り向いた。

「うんっこっちのユメちゃんもかわいいよっ」

 今日のユメちゃんは垂れ耳ウサギだと思いながら笑いかける。ユメちゃんは「んぅ」と唇を結ぶと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「ユメちゃん、どうしたの?」

 顔を覗き込む。ぱちっと目が合うと、ぷいっと顔を背けられてしまった。声をかけようとすると、ユメちゃんは赤い顔のまま「ちこくしちゃう!」と立ち上がってランドセルを背負った。

「ユメちゃんっ」

 ユメちゃんが恥ずかしがっている理由がよく分からないまま慌てて呼びかける。うつむきながら振り向いたユメちゃんに、ボクは笑いかけた。

「行ってらっしゃい」

「! ――うんっ! いってきます!」

 まだ赤い顔のまま、ユメちゃんはそう言って笑って、部屋から出て行った。

「……難しい、ね」

 人見知りで他の人に近付けないボク達のユメちゃん。でも本当のユメちゃんはとても優しくて、優しすぎて誰にも近付けない、泣き虫な女の子で。

 ボクは、キミの代わりに笑ってあげることしか、出来ないのかな?

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