1日目-3
暗い部屋の中に三人の笑い声が聞こえてくる。
ボクはベッドにもたれながら、目を閉じて三人の声を聞いていた。
「……ごめんね」
小さく呟いた。
ユメちゃんの隠しごとを増やしたくなかった。けれど家に一人でいるユメちゃんに急にトモダチが出来るのはおかしいから、ママさんとパパさんには秘密にしてもらうしかなかった。それに……――――……ね。
抱っこしている双子ウサギを見下ろす。なにも言わない赤い目に、ボクの姿が少しだけ映っていた。
「ごめんね」
もう一度、小さく呟く。ボクの声がみんなに聞こえているのか、ボクにはもう分からない。
ボクは双子ウサギを枕元に置くと、部屋の隅っこに置かれている大きいおもちゃ箱の蓋を開けた。魔法使いさんが手伝ってくれたおかげで、昨日の夜までごちゃごちゃしていた箱の中には、ボクが入れそうなくらいの隙間が出来ていた。
――「また、あえる?」
帰ってきたパパさんとママさんを「おかえりなさい」と出迎えた後、ユメちゃんとボクはひっそり遊んだ。話していたら気付かれちゃうから、ユメちゃんがいつもみたいに本を読んで、ボクは小さく拍手をしたりユメちゃんとこしょこしょお話ししたり。部屋の中で誰にも知られないように遊んだ。夕ご飯に呼ばれた時、ユメちゃんが泣きそうになりながら言った。
「あしたも、ウサくんといたい。あさっても、がっこうがおわったあとも」
ユメちゃんはボクの服の裾を掴むと、さくらんぼ色の唇と声を震わせながら、言った。
「まだ、ウサくんと、はなれたくないよ……」
初めてのユメちゃんのわがままだ、と思った。
いつもいない友達の話をして、誰にも迷惑を掛けないように考えてて、大好きなママさんとパパさんに嘘を吐いてしまうキミの、最初のわがまま。
「――……また明日、ユメちゃんが起きる時に会いに行くよ」
ボクは笑う。嘘にならないように、ボクの願いを口にする。
「そばにいるよ。キミがボクを忘れるまで、ずっと」
ボクはちゃんと笑えているかな? キミを悲しませないかな?
ユメちゃんがボクの言葉に嬉しそうに笑ったから、ボクも笑った。良かった。ボクはちゃんと笑えてたみたいだ。けれど、それが少しだけ悲しい。
ユメちゃんにはきっと、ボクが笑う理由が分からない。
――「またあした、ユメと、あそんでねっ」
三人の楽しそうな話し声を聞きながらおもちゃ箱の中に入る。ユメちゃんが起きるちょっと前にここから出れば、お話に出てくるような“不思議な友達”になれる。膝を抱えてなんとか隙間に入ると、静かに蓋を閉めた。真っ暗になった箱の中で目を閉じて明日を待つ。箱の外から聞こえる笑い声が、ボクの夜をもっと暗くしている気がした。
* * *
ドアを開く音がした。耳をすませると、ユメちゃんがベッドにぽすんと座り込む音が聞こえた。
「シロウサさんクロウサさん、きょう、すっごくたのしかったね!」
ユメちゃんの声に応える声はない。それでもユメちゃんが嬉しそうに笑っているのが分かった。
「ユメ、しょうがくせいになって、はじめてたのしかった! はやくあしたこないかなっ」
毎日泣いていたユメちゃんが、笑いながら明日が来ることを待っている。
「よにんでたべたおひるごはんもおいしかったね!」
お昼ご飯はコーンフレークだった。双子ウサギを連れて、ユメちゃんとざくざく音を立てて食べた。ボクが牛乳を上手にかけられなくて零しそうになって、ユメちゃんが慌てて助けてくれたんだ。少しだけ机を汚しちゃったボクに、ユメちゃんは「後で拭けば大丈夫だね」と笑った。
「あしたも、ウサくんと、シロウサさんとクロウサさんと、よにんでごはんをたべようねっ」
うん。
心の中だけで、キミに返す。
――そばに、いるよ。これからも、ずっと。
「あしたはなにしてあそぼうかな? ウサくん、どうしたら、いっぱいいっぱいわらってくれるかなっ?」
ユメちゃんが笑いながら、トモダチのボクと遊べる明日を待つ――ずっと部屋にあった白ウサギの椅子がなくなっているのに。
「なんのおはなしよもうかな? どんなおはなししようかな?」
ユメちゃんは泣かない。
「はやくウサくんにあいたいなっ」
ウサさんがいないのに。
「………………………………良いんだ、これで」
誰にも聞こえないように、ボクはボクに呟いた。
……ユメちゃんは寂しくなくなった。それで良かった。
――本当に? 本当に、これで良かったの?
…………ユメちゃんが泣かないなら、良かったんだよ。
――ボクは? ボクは本当に、これで、それで、良いの?
……………………ボク、は、キミが笑ってくれるなら。それだけで、良いから。だから、
――……寂しくても、泣いたり、しない。
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