0日目-5

 わたしはちらりと、斜め前に座っているユミコちゃんを見てみた。ユミコちゃんの今日の本は、海の底にいる小鳥のお話みたいだった。

「……」

 すごいなぁ、と思った。

 ちらりと隣の席の子を見る。隣の男の子は昆虫図鑑を広げてうとうとしていた。目の前の本を見る。わたしが今日家から持ってきた本は、三ページくらいしか進んでいなかった。

 一時間目が始まる前に、わたし達は毎朝、家から持ってきた本を読む。先生が「漫画じゃなかったらなんでも良いよ」と言うから、男の子達は図鑑ばっかり、女の子はみんな可愛いお姫様の絵本を読む。

 もう一度ユミコちゃんを見る。ユミコちゃんは何故かゆらゆら揺れていたけれど、ちゃんとページを捲っていた。

「……」

 やっぱり、すごいなぁ、と思った。

 わたしは、お話を聞くのは好きだけど、自分で読むのは苦手だった。長いお話だとなおさら。他の子達も、アニメは観るけど本は読まない子が多い。お姉ちゃんやお兄ちゃんがいる子は漫画も読むみたいだけど、「小説や絵本は全然読まない」と言っていた。

 このクラスの中で、ちゃんと本を読めるのは多分、ユミコちゃんだけだ。

「……」

 ユミコちゃんはすごい。音読が上手でいつも先生に褒められてる。漢字テストも満点ばっかり。あと、いつもヘアゴムとか洋服とかがウサちゃんいっぱいで可愛い。

 トイレにも一人で行けて、移動教室も一人で行けちゃう。なんでも一人で出来ちゃう。休み時間もいつも一人でゆらゆらしながら本を読んでる。

 周りの子達と全然違うユミコちゃん。いつもお家ではなにしてるんだろ? 好きなアイドルとかいるのかな? もっと、ユミコちゃんのこと知りた

「橋本さん」

「!」

 先生に呼ばれてはっと顔を上げた。先生は少しだけ怒った顔をしていた。

 小さく「ごめんなさい」と言って、自分の本を読む。本の中ではツバメくんが金ピカの王子様にぷりぷりと怒っていた。


   * * *


 チャイムの音で、先生は教科書を閉じた。給食当番の子達がばたばたと廊下に飛び出していく。

「走っちゃ駄目でしょーがー!」

 先生の怒鳴り声を聞きながら、わたし達は机の上の物を片付けた。

 今日の道徳の授業では、手と足がない人のお話を読んで、みんなで感想を言った。一番多かったのは「可哀想」だった。わたしも勿論そうだった。でもユミコちゃんは違った。

 ユミコちゃんは、「大変そう」と言った。

「――とあちゃん? きいてる?」

「! ご、ごめん。ぼーっとしちゃってた」

 慌てて謝ると、「だからさー」とホナミちゃんが笑いながら言った。

「『たいへんそう』って、ななせさんのいいかた、ひどくない? 『たいへんそう』って、たいへんにきまってんじゃん。たいへんだから、『かわいそう』なんでしょ?」

「う、うーん……」

 わたしもそう思っていたけれど、改めて言われると、なんかもやもやした。でもなんて言ったら良いのか分からない。

 どう答えようか考えていると、ホナミちゃんは机を動かしながら「あ! それよりさー」と楽しそうに言った。

「きのうの『こいスペ』みた? たっつん、めっちゃかっこよくなかった!?」

「え、あ、うん。かっこよかったね」

「でっしょーっ! 『たっつんにあたまポンポンされたら、こいにおちないおんなはいない』って、みんないってたもん!」

「そうなんだ」

 ホナミちゃんの話は続く。わたしはホナミちゃんの話に、いつも通り「うんうん」と首を縦に振った。

「はーい。じゃあ一班から来てー」

 先生の呼び掛けではっとすると、わたしは慌ててマットを机に広げた。席に着いて先生に呼ばれるのを待ちながら、わたしはユミコちゃんを見る。ユミコちゃんは、唇をきゅっと結びながら、うつむいて自分の席でじっと呼ばれるのを待っていた。

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