0日目-4
水色のウサギの時計が鳴り響く。
ユメちゃんは「んー」ともぞもぞしながら布団を被った。それでもユメちゃんが止めないと水色ウサギは鳴り止まない。しばらくすると、諦めたユメちゃんがのそのそと起き上がった。ドレッサーの前までよたよた歩いてアラームを止めると、「んーっ」と大きく伸びをした。
「おはよう、みんな」
『おはよう、ユメちゃん』
ユメちゃんはぽにゃっと笑うと、ぽてぽてと部屋から出て行った。
『……』
……寂しい。ユメちゃんが学校に行く朝は、いつも寂しくなる。
学校がない日は、ユメちゃんは起きたらまずボクの上に座るんだ。双子ウサギを抱っこして、ボクの上でもうひと眠り。そうしてしばらくして、やっと目が覚めて、パパさんとママさんが用意してくれた朝ご飯を食べに行く。それから、友達のことを考えて泣いたり、本を読んでくれたり、きちんと宿題をしたりして、パパさんとママさんのお仕事が落ち着く夜まで過ごす。
でも学校の日は遅刻しちゃいけないから、ユメちゃんはボクに座らない。双子ウサギを枕元に置いたまま、挨拶だけして、お話しはしてくれずに、家を出る。
『きょうはどうかな?』『きょうもできないよ』
『ともだち、つくる。むずかしい、わからない』
みんなが話し始める。太陽が起きているのにユメちゃんがいない間は、動けないボク達は話すことでしか、時間を埋められない。
ボクはみんなの話を聞きながら、ぼんやりと廊下の音に耳をすませた。
ユメちゃんが一人でご飯を食べる音。食べ終わったお皿を流しに置く音。洗面所に行く足音と、水が流れる音。しゃこしゃこ歯を磨く音の後に、ぱしゃぱしゃと顔を洗う音。
ユメちゃんがドアを開けると、みんなは慌てて黙った。
『おかえり、ユメちゃん』
誰にも聞こえないのにね。
ユメちゃんは濡れたパジャマを脱ぐと、しょんぼりした顔でクローゼットに向かった。選ばれた今日の洋服を見て、ボクはユメちゃんが落ち込んでいる理由が分かった。
『今日も体育なんだね』
体育がある日、ユメちゃんはウサギが付いていない靴下を履く。前に気付いたパパさんが理由を訊いたら、ユメちゃんは「転んじゃったら可哀想だから」と言っていた。
『昨日は縄跳びだったんだよね? 今日はなにをするんだろうね』
「むー」
ユメちゃんは唇を尖らせながら服を着ると、ボクに座ってウサギがいない靴下を履いた。すぐに履き終わってボクから飛び降りる。ドレッサーの前に座ると、月とウサギとリボンの飾りが付いたヘアゴムで髪を結び始めた。月ウサギとリボンの髪飾りは、幼稚園にいた頃から使っているユメちゃんのお気に入りだ。
「むー」
ウサギの形の鏡の前で、ユメちゃんが目の前の自分を「むー」と見る。なかなか左右で同じ高さに結べない。
手伝ってあげたくてもどかしくなる。でもボクが手伝ってあげてもパパさんとママさんみたいには出来ないんだろうと気付いて、ちょっと落ち込んだ。
ボクがそんなことを考えているなんて思いもしないユメちゃんは、なんとかいつもの髪型に結ぶと、「ん!」と少しだけ嬉しそうに笑った。昨日のうちに準備したランドセルを背負って、そばに置いていた体操着袋を掴む。
「いってきますっ」
『いってらっしゃい、ユメちゃん』
ユメちゃんは硬い笑顔で、部屋から出た。
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