0日目-1

 女の子の泣く声が部屋に響く。

 一人の女の子が、木の椅子の上で膝に顔を埋めて、泣いている。

『泣かないで、ユメちゃん』

「……っ」

 女の子――ユメちゃんは首を横に振った。ボクがどうしたら良いか分からなくて困っていると、ユメちゃんは左右に着けている髪飾りのウサギのように、ぴょこん、と椅子から飛び降りた。枕元に置いている白色と黒色の双子ウサギのぬいぐるみを抱っこすると、また椅子の上に飛び乗った。

 ユメちゃんが双子ウサギに「ねえ、」と言った。

「ともだちって、どうやったらできるとおもう?」

『ともだちのつくりかた?』『そんなのわかんないよ』

「ユメ、わかんない。いつもまってるのに、だれも、はなしかけてきてくれないんだよ」

『まってるだけじゃだめだよ?』『そんなのできないよ』

「ユメ、このままずっと、ひとりぼっちなのかな」

『……』『……』

 ユメちゃんがしょんぼりと口にした言葉に双子ウサギが黙る。

 ボクは明るくユメちゃんに語りかけた。

『ユメちゃん、ボク、ユメちゃんのお話が聞きたいな。今日もボク達に、お話、聞かせてよ』

「……ん!」

 ユメちゃんはぱっと顔を上げると、椅子に双子ウサギを置いて本棚へ向かった。

「ずっとなやんでてもだめだよね! なによもっかな?」

『なんでもいいよ?』『すきなのよみなよ』

「どうしようかな? うーん……ん!」

 ユメちゃんは一冊の絵本を引っ張り出すと、双子ウサギを抱っこして椅子の上に戻った。

「きょうのおはなしは、『ほしをしらないねこ』です!」

 ユメちゃんの声に、みんなが『わぁいっ』と声を上げる。

『このおはなし、すき。またきける、うれしい』

 ベッドに寄りかかっている灰色の大きいウサギのぬいぐるみが言った。桃色のウサギの柱時計も『うんうんっ』と針の音を響かせる。クリーム色のウサギの枕もわくわくしているのがボクの方まで伝わってくる。

『きみは?』『これでいいの?』

 ユメちゃんの腕の中、双子ウサギがボクに訊く。ボクは『もちろん』と笑った。

「『だれもしらないちかのおくふかくに、にひきのねこがいました。』」

 ユメちゃんがお話を読み始める。上半分の左右にいる髪飾りのウサギが、ユメちゃんが本を読み上げるたびに、ぴょんぴょん、跳ねる。

 ボク達はそんなユメちゃんを見つめながら、静かにユメちゃんの声を聞いた。


   * * *


『星を知らない猫』

 誰も知らない地下の奥深くに、二匹の猫がいました。

 真っ白猫と真っ黒猫の二匹はずっと一緒でした。

 ある日、真っ黒猫が目を覚ますと、真っ白猫はそばにいませんでした。

 真っ黒猫は真っ白猫を探しに行きました。


 水晶に訊いても分かりません。

 虫に訊いても分かりません。

 風に訊いてもどこ吹く風。

 水に訊いても冷たい知らん顔。

 真っ黒猫はだんだんと、ぶるぶるしてきました。

 それでも真っ白猫を探しに行きます。


 鳥に訊いても分かりません。

 鼠に訊いても怖がられるばかり。

 蛇に訊いても分からない知らない興味ない。

 真っ黒猫はぶるぶる震えながら、不思議な気持ちでした。

 まるで真っ白猫は、真っ黒猫が見ていた夢なのかと思いました。


 真っ黒猫が辿り着いたのは、綺麗な綺麗な青空の下でした。

 初めて見た空に、真っ黒猫は泣きました。

「こんなに明るいと、真っ白な猫さんは見つけられないよ」

 真っ黒猫は泣きながら身体をまんまるにして眠りました。


 真っ黒猫は夢を見ました。

 真っ白猫が笑いながら真っ黒猫にお話しする夢でした。

「ずっと暗い場所にいると、真っ黒な猫さんが見えないね」

「見えなくないよ」

 真っ黒猫は自分の言葉で目が覚めました。


 空には満天の星が広がっていました。

 ずっと暗い地下の奥深くにいた真っ黒猫は、初めて見た星に目をきらきらさせました。

 黒い空と白い星は、真っ黒猫と真っ白猫でした。

「猫さんは、ずっとそばにいたんだね」

 真っ黒猫が笑うと、白い星がちかちかと笑い返しました。


   * * *


「『まっくろねこがわらうと、しろいほしがちかちかとわらいかえしました。』――おしまい!」

 ユメちゃんが読み終わると、みんなは『ぱちぱちぱちぱち』と言葉で拍手した。

「まっしろねこさんは、まっくろねこさんのこと、だいすきだったんだね」

『すきならなんでおいてったの?』『なんでつれてってくれなかったの?』

「まっくろねこさんも、まっしろねこさんのこと、だいすきだったんだね」

『すきだから、そばにいたい。そのきもち、わかる』

「まっしろねこさんは、まっくろねこさんに、ほしをみせたかったんだね」

 ユメちゃんが本の表紙をなでる。真っ黒の猫と真っ白の猫が、真っ暗闇の中で仲良く眠っていた。

 みんなが感想を言い合う。ユメちゃんはもう一度本を開くと、お話を読み始めた。みんなはユメちゃんが読んでくれるお話を聞きながら、もっと感想を言い合う。

 この時間がボクは好きだ。みんなで一緒にいるのが当たり前。これからも、これまで通り。みんなで泣いてるユメちゃんに寄り添って、ユメちゃんが笑う時にみんなで笑い合う、そんな時間。

 幸せだなって思う。

 パパもママも知らない、泣き虫で嘘吐きなボク達だけのユメちゃん。ユメちゃんが笑ってくれるなら、ボクはなんだってする。キミのためなら、ボクはなんだって出来ちゃうんだ。

 だから、好きじゃないお話だって、笑顔で聞けちゃうんだよ。

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