第3話 絶望に染まる、曇天の空…
天文台は森の中にある。
誰も入らない森の奥、潮風が吹くいい立地にあった。
家からは少し遠く山道であるためか少しキツイが、
もう三年以上も通っているから慣れてしまった。
俺がそれを見つけたのは偶然であった。
中学一年生夏休みで虫に関する研究を行おうとした時に
見つけたもので今と殆ど変ってかった。
あの地球儀のようなものもそんなのがあるとは知なかった。
ただ自分だけの秘密基地という高揚感と
その時からの家の窮屈さを感じていただけなのかもしれない。
両親が離別したのは俺が小学4年生の9月。
もうその時から父親は仕事をしておらず、酒に溺れていた。
悔しかった、寂しかった、辛かった、でももうそれも感じないほどに
時は過ぎてしまった。
唯一の心の支えだったのが、おばあちゃんだろう。
おばあちゃんの手料理は美味しくて、暖かかった。
クリスマスや誕生日も一緒に祝った。
何かの行事には必ずおばあちゃんが来てくれた。
だから星空という思いを馳せるものがあったとしても
心の支えは常におばあちゃんだった。
家へ戻るとおばあちゃんは勝手口から出てくると、いつもの如く𠮟ってきた。
「空、心配かけないで頂戴。私はもう心配でどうにかなりそうだったわ。
お父さんもそうだと思う。だからお父さんにも謝ってね」
「ごめんなさい。でも父親に何か言いたくない」
「そんなこと言わないの」
「今日も学校だから。少ししたら行く」
何か聞いたことのある会話だが、差して気にしない。
私は自分の部屋に戻り、お風呂に入って着換えをする。
おばあちゃんが作ってくれたご飯を淡々と食べる。
もう数年父親の顔を見てない気がする。
親子の溝はもう塞ぐことなど出来ないくらいに広がっていた。
俺はいつものように家を出た。
おばあちゃんはいつも俺が学校へ行くのを見守ってくれる。
「今日、七夕夏祭りがあるでしょ?空も友達といったらどう?
そろそろ空も恋愛とかするだろうから、彼女とでも行ってきたら?」
「生憎と彼女もいないし、まだ恋というものも分からない。
けどそういうなら気晴らしで行ってくるよ」
「そう。なら浴衣用意しとくわ」
「うん、ありがとう・行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
いつもの朝、変わり映えない日々。
今日は曇り空。いつもよりも考えることは多い。
あの謎の地球儀とその夢。
不安になって家に急いで帰ったとしてもおばあちゃんは死んでいなかった。
安堵した。もう壊れてしまうのは嫌だから。
いつものように学校へ行き、帰る。
うちの高校は期末テストが速い。それは学校全体で七夕夏祭りを盛り上げようと
期末テストを前にずらしたらしい。
それによって生徒は苦しむ羽目になっているが、
祭りを憂いなしで楽しめるほうがいいらしい。
私にはその感覚が分からなかった。家族を忘れられればそれでいい。
楽しいことなんて一つもなかったから。どう相手に接していいかが分からない。
また、失うんじゃないかと心の底で恐怖する。
俺にはまだそれが根底にあるからこそ
楽しめない自分がいるのではないかと思ってしまう。
夕方、学校の終わりに言われた通りに浴衣を来て、夏祭りに出かけた。
風情のある浴衣と涼やかな潮風。
過去を少しだけ忘れられるような楽しげ雰囲気。
熱気のある屋台はわたあめ、かき氷、焼きそば、金魚すくいに至るまで
定番のものが多く並ぶ。
中には屋台でバイトする同級生の姿を見かけた。
各々がこの祭りを楽しんでいる。
空凪人生は古くから
常世思金神は知恵を司る神で多くの思慮を兼ね備えた神として知られている。
全くもって彦星と織姫に関わりのないが、仕方ない。人間はそうゆうものだ。
俺は祭りを楽しんだ。少ない騒がしいイベント。
その騒がしさも悪くないと感じていた。
「彼女か」
神社の境内の階段に座り一人で、恋について考える。
神社の階段の脇には狛犬と同時に笹が刺してあり、短冊が多くかかっている。
その願いは様々で見応えのあるものばかりだった。
俺は短冊におばあちゃんの健康祈願を書いていた。
俺には大層な願いはない。ただ天体関係には進みたいとは思っていた。
でも俺には人を信じることさえ出来ない。
だから俺にはおばあちゃんが言うような彼女なんて出来ない。
でも憧れはある。人並みにはあるだろう。
そう考えていると…
どん、と大きな音がなった。
それは大きな花火。七夕夏祭りの最後を飾る花火だ。
あの打ちあがる火は刹那の瞬間のためにある。
燃え上がり、そしてきえていく美しさは星にも引け劣らない。
大きな熱量がそこにあって、静かな星空とは違った空。
少し曇天だが、曇天でも尚輝ける人が生み出した星。
いい気晴らしにはなっただろう。
花火は終わると続々と静かに、そして片時の宴を振り返りつつ家へと帰る。
俺もその波に乗っかって帰路についた。
「ただいま。いい気晴らしになったよ」
玄関の扉を開けて、俺は中に入る。
返事はない。
俺は暗い廊下を歩いておばあちゃんに呼びかける。
返事はない。
焦燥感が俺を揺さぶる。
あの夢は超次元的な技術でできていた。
それ故に目が眩んでしまったのではないかと自問自答する。
答えはもうとっくに出てしまった。
それでもそれを信じるわけには行かない。
失いたくなかった。俺を信じる人、大切にしてくれた唯一の人。
言葉なんて出なかった。
その事実を全身が、白波 空という人物全てが拒絶していた。
この家で大きな部屋。居間と呼ばれる部屋でそれは倒れていた。
恐る恐るそれに近づく。
「おばあちゃん?」
返事はない。
「返事してよ。どっかに行かないでくれよ」
返事はない。
「親孝行したかった。一緒に旅行でも行きたかった。
大人になった姿を見せたかった」
返事はない。
それにそっと触れる。
冷たくて、手には血がつき、死の色が残っていた。
全く同じ風景、けれどこの実感は夢とは異なるものだった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
おばあちゃんと俺が慕うものはただの屍となっていた。
発狂と過度な吐き気が俺を襲う。
荒れ狂う感情の濁流の中で俺は最後の証明をしてしまった。
「学校」「夏祭り」「花火」「死体」「発狂と吐き気」、
これらの最悪の事実によってこれは証明された。
あの地球儀の形をした夢を見せる装置は未来を見せる道具であることを…
生きる希望、心の支えを失ってしまった少年は曇天の中、吠え続ける。
警察車両のサイレンの中、宴の裏で起こった悲しい事件は表へと出た。
被害者:白波 喜久子 死因:胸部の刺突による失血死
容疑者:白波 陸 職業:無職
悪魔は理解した。
これが空にとって重大なものであると…
悪魔は思案した。
この結果を回避するにはどうすればよかったのだろうかと…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます