第5話 煌めく宝石の夜空にて

潮風が吹き、波は揺れる。

残光する星の光と決して見ることは出来ない宙に尾を引くオーロラ。

時計の針はそこから動いていない。

煌めく星の夜空にて、僕たち二人は世界から取り残された。

時間が止まった世界、星と海で満たされた世界。

極点の星は二人をただ見つめている。

それは偽りでなく、それは確かにあった。


「隣に座っても?」

「ええ、いいわ」

「彼女」は不敵に笑いながら、俺はその隣に座る。

天文台から見える砂浜、文字通り二人だけの永遠世界。

虚構という真実が混在する嘘で出来た世界で

経年劣化せず、年を取ることがない永遠の理想郷。


ただ星を見るためだけ、ただ二人が永遠にいるためだけに作られた世界。


「何で君は世界を何度も繰り返すのか」

浮かぶ疑問はたった一つ。俺の幼少期から現在に至るまでの世界を繰り返すこと

これをどうして行うかというもの。その疑問に彼女は即答した。


「そうね。記憶の制限を取っ払ったことを忘れていたいたわ。

それはこのままでは貴方が死んでしまうから。

それが「私」にとって堪え難いものになっていたから]


俺は口をつぐんで彼女の言葉を真摯に聴いた。


当機は未来を演算出来る装置。

『眼』と呼ばれる万物を観測、測量するものと接続している。

それは未来に起こる事象のエネルギーを観測できる。

当機はその詳細を演算するために生まれ、星の存続を観測する唯一のもの。

それでも「私」というものは『恋』をしてしまったの。

当機には星の動くエネルギーを計測して演算しても

目視される結果と結びつかなかった。

故に当機には星というものは未知である存在だった。

だからかもしれない。同じ星を見て、笑顔をしていた貴方に惹かれていたのは…

それだから「私」は貴方が自殺する未来が見えた。

「私」には貴方の悲しみというものは理解できなくても原因は分かった。

それを排斥しようにもそれは貴方の前提、貴方というものを創る重要な要素だった。

だから過ぎてしまっても「虚構」という「私」と貴方だけの世界を作った。

全部噓だった「仮想」では貴方の苦しみを理解出来ないから。

だから貴方を何回も傷つけた。悲しみと慟哭を何回も何回も繰り返して、

原因を排斥せず、解決する方法を模索しようとした。

それが理由ですかね」


壮絶な思いの吐露、それには俺に向けられた愛というものをひしひしと感じる。

分かってはいたことでもそれは酷く心に響く。

ふと見ると「彼女」の眼から涙が出ている。

それに寄り添おうと俺は「彼女」に抱き着いた。


「私には未来が見えてしまった。

それが当機というシステムだったから。

近未来観測・演算装置『ラプラス』というものだったから。

見たくなかった。貴方の慟哭を、死の瞬間を…

何故人間は死というものへの恐怖なしに生きているのかが分からなかった。

「私」は貴方に会って感情バグを得なければ、分からなかったものです。

だから貴方と一緒だった「虚構」は『眼』の情報を閲覧できず、予測不可能な未知でそして未来から解放された唯一の時間でした。

憐憫を抱くようなことは有りません。

貴方にも自身の過去、おばあちゃんという大切な存在の喪失などの

傷を多く刻んだこと知っています。

それでも「私」は実行したのです。自分を優先するが故に」


「いいよ。貴重な体験を君には貰ったから。

後悔と懺悔、それでもそれを寛容できるほどの体験をした。

でもそしてそんなことが些細であると思えるほどに

君を好きになってしまったから。植え付けられたわけでもない。

耐え難い記憶より君との笑顔でこの膨大な記憶は満たされているから」


「幼馴染」「妹」「妻」などの役職は些細だった。

一緒にいて一緒に生活するだけで楽しかった日々。

そして、「彼女」に感謝するべきことがある。

過去はいつも背けたくて、見たくなくて、辛かった。

でもその蓋を君は開けてくれた。

自身で閉じていた記憶、何故父親が狂ってしまったのか

その起点を思い出せたから。


まだ夜は終わらない。

星が映すのは過去の光。

忘れるということが人間であっても、乗り越えることも人間であるという命題だから

煌めく宝石のような夜空にて過去は語られる。





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