救えない思い出

第5話 赤いフードの少年

第5話 



____季節は、最も容易く過ぎ去っていく。


気がつけば、仁科さんと出会ってからすでに二年が経過しようとしていた。


夢喰い狩りの仕事も増えてきて、裕福とは少し言い難いが____ある程度、収入にも余裕が出てきたし。


仁科さんも無事に大学に受かったし。


僕らの夢術の連携も取れるようになってきたし。



あとは______



「あとは、仁科さんの無茶する癖さえ治せれば…!」


「……潮、怒ってるか?」


彼が少し罰が悪そうに上目遣いで僕を見てきた。


……今、彼が居るのは、病院のベッドの上。


ガチガチにギプスで固められた右足は、天井から吊られている。


僕はひらひらと手を振った。


「いやいやぁ、怒ってませんよぉ。

まさか仁科さんが夢喰い狩りの最中に無茶して、足の骨折ったからと言っても____ねぇ?」


「やっぱ怒ってるだろ……」


彼の小さな呟き。


____とはいえ、そろそろ彼に無茶しすぎだということを自覚してほしいのも事実。


僕はちらりと仁科さんの方に目を向けた。


彼は小さな子犬のように、体を縮めて震えている。


多分怒られるのが怖いのだろう。

……震えているのも無自覚なのだろうけど。


一つため息をついた僕は、彼に言葉を投げかけた。


「とにかく、反省はしてくださいよ?

仁科さんに怪我されたら、嫌なんです」


 「はい……」


「無理はもうしないで下さい」


 「無理もうしない……」


「怪我しないようにして下さい」


 「怪我もうしない……」


彼は親に怒られている子供のように僕の言葉を繰り返す。


「分かったなら、良いんです。

仁科さんの頑張りは、僕も知ってるところですし___あ、洗濯物持って帰りますからね」


明日のお見舞い時に持ってくるべきものを数えながら、僕はリュックを背負った。


「……潮も、だけどな」


小さな呟きが、仁科さんから聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだろう。


__そう、願っている。




* * *




「今日も、目覚めなかったな……」






そんな言葉が鼓膜を揺らしたのは、僕が病院前の階段を降りている時だった。


“目覚めなかった”。


その言葉に、肩が無意識に震える。


「……っ」


脳裏を掠めた、一人の少女の姿。


僕が救えなかった、幼馴染澪ちゃんの__その姿。


救えなかった__そう言っても、実は彼女は死んではいない。


いや……死ぬことすらできないというのが正しい表現なのだろう。


澪ちゃんは、“ 今、仁科さんが入院してるこの”病院にて、こんこんと眠り続けているのだ。


だが、7年前__澪ちゃんが眠りについたそのすぐ後、「もう目覚めない」という診断を聞いた。

もう救えない__死ぬことすらできない彼女。


そんな彼女の姿が、ふと脳裏によぎってしまったのだった。


「……っ、ぅ……」


襲いくるフラッシュバックと、吐き気。


助けられなかった。救えなかった。

僕のせいだ。


そんな言葉が、脳裏でガンガン響いていた。


……駄目だ、考えちゃ。


僕は首を振って、その考えを押し出す。


それから、顔を上げた。


件の呟きを洩らした__その人物に向き合うために。


僕は階段を駆け降りる。


その人物は、僕の知っている人だったから。


澪ちゃんの__実の兄。

といっても、僕より三つ下だけれど。


僕の目の前で赤いフードを揺らす彼は、その子に酷似していた。


彼の名を呼ぼうとして__息が詰まる。


それでも、掠れた声で、彼の名前を呼んだ。



「___風磨、くん?」



振り返った少年が___桜坂風磨おうさかふうまくんの目が、僕と合った。

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そしてまた空が青くなって、 灰月 薫 @haidukikaoru

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