狩りする少年

第1話 桜庭見廻隊

第1話





弱肉強食。


僕の住んでいる世界では、それが顕著だった。


…だって、弱ければ本当に“喰われる”のだから。


夜な夜な人を喰らう、赫い目をした怪物。

それを僕らは「夢喰い」と呼ぶ。


________そして、それを狩るのが僕ら「夢喰い狩り」だ。



* * *




「……瀬川さん、こんなところにいたんですか」


ひどく不機嫌そうな声が、背中からかけられる。


僕_____瀬川潮せがわうしおは振り返った。


声の主は、齢15の少年。


メガネの下から、やけに目つきの悪い視線を放つ彼の名前は、仁科凪にしななぎという。


しゃがみ込んでいた僕は腰を上げた。


「ちょっとした偵察もどきです。

夢喰いを的確に狩るにも情報が必要ですからね」


…そう、僕らは“夢喰い狩り”だ。


“夢術”という個々の持つ魔法みたいな力を用いて、夢喰いを殺す。


それが僕らの生き方だった。


仁科さんは、僕と“桜庭見廻隊さくらばみまわりたい”というタッグを組む、仲間。


______とか言って、まだ二人で仕事してないんだけどね。


「…真面目ですね」


不機嫌そうだった仁科さんの頬が少しだけ綻ぶ。

……いや、不機嫌そうなのは彼の普通レギュラーなのだが。

むしろ笑ってる時の方が少ないのだが。


「でも!」


僕は勢いよく言った。


突然の叫びに固まった彼へ、指を突きつける。


「僕にタメ口使って下さいって何度言えばいいんですか!

僕ら同い年ですよ?」


彼が、呆れたように溜息をついた。


「そういう瀬川さんだって俺に敬語使うじゃないですか…。

そもそも俺は居候させてもらってるんでs……むむむっ」


僕は彼の口に特売のパンを詰める。


「僕はタメ口使って欲しいから言ってるんですぅ。

それに、僕は敬語じゃないと落ち着かないから使ってるだけですから!」


仁科さんは何か言いたげだったが、諦めて詰められたパンをもぐもぐする。


「…… ふぉいふぃいおいしい


彼がパンと格闘してる間に、僕は地面にもう一度しゃがみ込んだ。


「乱闘したような足跡と、ほんの少しの血痕。

ここであったのは間違いないですね。

……問題はそれが“夢喰い”絡みなのかどうか」


もしも夢喰い絡みだったら、桜庭見廻隊僕らの出番だ。


僕は足跡をなぞる。


さて、どちらだろうか。


「……夢術絡みだな」


____仁科さんが、即答した。


「少なくとも、片方は夢術を使ってる」


パンを飲み込んだ後、彼は僕のすぐ横にしゃがみ込んだ。


その彼に、僕は尋ねる。


もうこの展開はお決まりとなっていた。


「____仁科さん、その根拠は?」


メガネの下の目が、細められる。


「……足跡は、最近つけられたものだろう。くっきり残ってる。

靴底の形は二種類。

それぞれ左も右もあるから、二人以上はいたと考えて自然だろう。

一種類の足跡は比較的自然なつき方をしてる。

恐らく逃げ惑ったんだろうな」


彼の細い指が、もう一方の足跡を指した。


「…だが、こちらはつき方が明らかに不自然だ。

もう一方と比べて明らかに数が少ない。

最も、自然なつき方の靴を履いた奴が何人もいるとも考えられる。

…だが、それにしても。

不自然な方こっちは、足跡の間隔が広すぎる。

中には5メートルくらい離れてるやつもあるくらいだ」


ふむふむ、と僕は頷いた。


____そう、仁科凪が僕のタッグであるその所以の一つは、この頭脳明晰さだ。


幼少期から英才教育を受けてきたのか、夢喰いや夢術関係についての造詣が深い。


今まで彼のその知識に散々助けられてきた。


彼の話は、まだ続く。


「近くの木を利用したという可能性も捨て難いが…見る限り、利用可能な枝は掴んだら折れてしまいそうなほどに細い。

だが、不自然に折れた箇所がない」


ドヤァァと効果音がつきそうな彼の目が僕に向けられた。


僕はそんな彼に敬意を示して小さく拍手する。


「流石、仁科さん!

よっ、我らが天才!世界一ぃ!」


「……っ」


褒められ慣れてないのか、真っ赤になってそっぽを向いてしまう仁科さん。


……若干揶揄いが入ってるのには気付いてないんだろうな、多分。


僕は彼に拳を突き出した。


「んじゃ、今夜……夢喰いを狩りましょう、仁科さん!」


「…だな。

被害が出る前に」


被害が出る前に。


…また、誰かが死ぬ前に。

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