第5話 極限状態の狂乱は

 ◆DAY?◆

 

「もう、あれから何日が経った……?」

 

 もう頭も働かないし呂律ろれつも回らない、今朝からはずっと頭を波打つような頭痛が鳴り止まないんだ。

 

 目眩めまいや立ちくらみ、次々と体の平衡感覚が失われていき、心臓は破裂しそうだ。

 

「落ち着くんだ、落ち着くんだ、落ち着け……っ!!」

 

 心をむしばみ、何度もうなり声を上げては。

 

「だめだ、いやだめじゃないっ!!」

 

 とにかく、水分を摂らないと———

 

 ◆DAY??◆

 

 ああ、何だったんだっけ。

 

 ああ俺は今、何をしていたんだっけ。

 

 あれから何日経った、どれだけ歩いた。

 

 もう何も分からない。何のために歩いているのか、どこへ向かって歩いているのか。

 

 ——そもそもゴールなんてあるのか。

 

「分から、ない……」

 

 ついに足が止まる、限界が来たのだ。何もかもが分からなくなった。

 

 なぜ歩くのか、なぜ痛いのか、なぜ苦しいのか、なぜ熱いのか、なぜ節々が痛むのか。


 ——自分は一体何者なのか。


 そうして俺は考えるのを、辞めた。



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「ガッハッハッハッ、明日は宴だなァ!!」

 

「そうっスね、親玉!!」

 

「あれ、どうしたんだァ?」

 

(あぁ……人…が、いる……!?)

 

「ヒェヘッヘッェ〜、このガキの面見ろよォ、真っ青だぜェ〜、まったくなんて顔してやがるんだァ?」

 

「こいつ、荷物も何も持ってねえじゃねェか、縛り付けて売っ払ってやろうぜェ!!」

 

「いや、こんな死にそうなガキ一匹なんぞ売れん、ほっとけ。いやそれにしてもこんな所になぜガキが一人でいるんだァ?」

 

 聞き慣れない嫌な、声が耳の中に響く。

 

 するとその瞬間、ジャラジャラとした金属音が足元を横切って。

 

 ——その二つの影は、俺の目に焼きついた。

 

 そこには鎖で繋がれ、引きずられて通り過ぎる二人の子供の姿があったんだ。

 

「おいガキ!! チンタラ歩いてんじゃねえぞオラァ!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!」


 必死に謝り続ける少年の金髪は、泥だらけで、体は酷く痩せ細っていた。

 

「やめろ、この子をいじめるな!!」


 悪漢たちの前で両腕を開いて立ちはだかる女の子の服は、ボロボロだった。

 

「おい、お前まだ自分の立場が分かってないみてえだなぁぁぁぁぁ!!」

 

 ゴンッという打撃音が鳴り響いた、その瞬間、俺の脳内から全身に強い雷電が走った。

 

「はあ…はあッ……!!」

 

 左胸が痛かった。ズキズキと、心臓をまさぐられるような痛みだった。


 腹の中からドクドクと、引き裂かれそうな勢いの痛みはグサグサと。

 

「オイオイオイ、こいつ悶え苦しんでやがるよォ!!」

 

「ほっておけ、間に合わなくなるぞ」

 

 ドクン…ドクン……

 

「おい、待てよ———」


 鋭い眼光を向け、ぎゅっと絞らせる声。

 

「ああん、こいつ今なんか言ったかァ?」


 鋭い目つきで睨みつける悪漢たち、でも俺はもう止まれない。

 

「何だ何だァ、食いもんはやらねえぞ?」

 

「その子たちを放せと言っているんだ!!」

 

 悪漢どもは、その顔面を押し寄せて威嚇いかくの表情を見せる。


「オイオイ、何馬鹿なこと言ってんだよォ? こいつらはオレたちの”奴隷”、殴ろうと何しようと全部オレたちの勝手だろォ?」

 

「そんなにやめて欲しいならなぁ、”対価”を払ってみせろよ、オレたちの”所有物”をとやかく言おうとしてるんだ、それなら対価を払うのが筋ってもんだよなァ?」

 

「対価、なんだよそれ———」

 

 ドクン…ドクン……


 じゃあお前らは、その子たちに対価を払ってあげていると言うのかよ。

 

「じゃあ決闘をしよう、お前らが負けたらその子達を解放する。俺が負けたら、死ぬよ」


 俺は人差し指を天にかざす、悪漢たちの顔はポカンとしていた。


「おいおい、何馬鹿なこと言ってんだァ?」

 

「それとなあ、あとは———」

 

 嘲り笑った俺の目は、ふらっと横を向く。

 

「この子達をどれだけ痛ぶっても構わない、なんなら殺してもいいや」

 

 悪漢たちは、ぶっと噴き出した。

 

「オイオイ、こいつマジモンのイカれ野郎じゃねえかッ!!」


「残念だったなあ、せっかく見逃してやろうって気分だったのによォ〜、まさか自分から死にに来るとはなあッ!!」


 不意打ち狙いの突撃。その悪漢の大腕からは剣が突き出される。


「いいぜェ、そんなに死にたいなら俺様が今すぐ殺してやるよッ!!」

 

 ——カキンッ!!

 

 俺はその剣撃に対して、咄嗟とっさに道端に落ちていた木の棒を突き立てた。

 

「何ッ……!?」


 ——そうか、ここは。


「殺すか、殺されるかの世界だったんだな」


 咀嚼そしゃく音。男の腕は少しばかり引きちぎれ、血飛沫が舞う。


「こいつ、噛みやがったッ!?」

 

 そのままドンッと巨漢の腹を蹴り飛ばした隙に、おんぼろな剣を強奪する。


「勘違いするな、見逃してやるかやらないのかを決めるのは俺の方だ———」

 

 ドクン…ドクン……

 

「オイッ、何やられてんだぁ!! 囲めェェェッッ!!」

 

 数十の腕が同時に振りかざされる。


 繰り出される剛腕の嵐に立ち向かうは一本のひ弱な剣、この無数の刃を一つでも喰らえば終わり、後はなぶり殺される運命。

 

 それでも、今はなぜか負けることなんて全くと言っていいほどに考えられない。

 

「うわぁぁぁ、腕がぁぁぁぁぁ!!」

 

 また一つと剣を奪った、すなわち。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁあ、こいつは一体何なんだッ!?」

 

 四方八方に駆け巡り、流星の如く流れるような弧を描き空を駆け回る。

 

「何っ、武器が壊されただとッ……!?」

 

 “何かを思い出した感覚”

 

「何をやっている、相手はたかが弱ったガキ一匹だぞォォォッ!!」


 また人の頭を足場にして飛び回り、また一つと武器を破壊する。

 

「うあぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 “この手に握られた懐かしさ”

 

 次々と切り崩しては飛び上がり、飛び回っては切り倒す。

 

 “何か足りない物が満たされた瞬間”

 

 ドクン…ドクンッ……

 

 “この舞い上がるような高揚感は”

  

「オイオイオイオイッ、どうなってんだ!?どんどん殺られていくじゃねェか!?」

 

 たとえ武器が変わろうと、力が無くなろうとも同じことだ。

 

 “この手に握られた二本の剣”

 

 ——あの時の感覚が俺を呼び覚ます。


「こいつらは俺の、獲物だ」

 

 神様かなんだかは知らないが、よくもこんな無理難題を押しつけてくれたな。

 

「上等じゃねえか、やってやるよ。このクソハードモードの世界を生き延びてやる!!」

 

 バタリと人の山の横に倒れ込むと、同時に心臓の高鳴りは収まった。


 この高鳴りは、ピンチを乗り越える高揚感でもあったけど。何かそれとは違う違和感のような、何か悪い前兆のような、ぞわぞわとした謎の気持ち悪さを感じた。

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